小さくても戦えることを証明した男たち!NBA歴代“スモールチーム”を選定<DUNKSHOOT>

小さくても戦えることを証明した男たち!NBA歴代“スモールチーム”を選定<DUNKSHOOT>

アイバーソン(右)を筆頭に、バークレー(左上)、ボーグス(左下)など各ポジションを代表する小兵選手を紹介。(C)Getty Images

NBAは選手の平均身長が約200cm、加えて圧倒的な身体能力も備えた超人たちが集う世界だ。そんな最高峰の舞台にあっても、身長のハンデを乗り越えてトップに上り詰めた小兵プレーヤーたちが存在する。
 
『THE DIGEST』の当シリーズでは、これまで様々なカテゴリー別にベスト5を選出してきたが、今回は各ポジションの基準から並外れて小さい“スモールプレーヤー”のベスト5を紹介する。

【ポイントガード】
カルビン・マーフィー

1948年5月9日生。175cm・75kg
キャリアスタッツ:1002試合、平均17.9点、2.1リバウンド、4.4アシスト

 身長わずか175cmと、バスケットボール選手とは思えないほどの小柄。1970年のドラフトでも2巡目(18位)指名だったが、「身長の低さだけで記憶に残る選手と思われたくない」と言っていた通りのキャリアを送った。

 正確無比のシュート力の持ち主で、ヒューストン・ロケッツのスターとして77-78シーズンは平均25.6点。平均5アシスト以上の年は2回だけという代わりに、平均20点以上を5回も記録する攻撃型PGとして鳴らした。

 フリースローの名手としても知られ、80-81シーズンは215本放って外したのは9本だけ。成功率95.8%はもちろんリーグ1位。現役最後の83年には92.0%で2度目の1位となり、78本連続成功の新記録も樹立した。

 ほかではロサンゼルス・レイカーズの本拠がミネアポリスにあった50年代の主力選手、スレイター・マーティンも身長178cm。こちらは正統派の司令塔でオールスターに7回も選ばれた。近年ではマーフィーと同じ175cmで、2016-17シーズンに平均28.9点をあげたアイザイア・トーマスが出色の存在だ。
 【シューティングガード】
アレン・アイバーソン

1975年6月7日生。183cm・75kg
キャリアスタッツ:914試合、平均26.7点、3.7リバウンド、6.2アシスト

 1996年のドラフト1位でフィラデルフィア・セブンティシクサーズに入団。身長183cmはトップピックとしては史上最小で、これは今後もそう簡単に破られないだろう。

 当初はPGとして起用されるも、そのメンタリティは完全にスコアラーであって、名将ラリー・ブラウンによってSGとしてエースを任された。体格には恵まれなくとも身体は強靱で、何よりハートの大きさはトップクラス。大柄な相手へ真正面から向かっていく姿は、世界中の小兵プレーヤーに勇気を与えた。

 平均31.1点を奪った01年にシクサーズをイースト1位に導きMVPを受賞。同年のファイナル第1戦では、シャキール・オニール&コビー・ブライアントを擁するレイカーズ相手に48得点を叩き出し、この年の王者にプレーオフ唯一の黒星をつけた。

 06年に自己ベストの平均33.0点、得点王に輝くこと4回。ディフェンスは弱点ではあったものの、敏捷さを生かしたスティールは得意で、01年から3年連続でリーグ1位を記録している。ファッションや髪型などで自分らしさを貫いたライフスタイルも、若い世代を中心として熱狂的に支持された。
 【スモールフォワード】
ポール・アリジン

1928年4月9日生(2006年12月12日没)。193cm・86kg
キャリアスタッツ:713試合、平均22.8点、8.6リバウンド、2.3アシスト

 NBAでジャンプショットを武器とした最も初期の選手の1人。50年にフィラデルフィア(現ゴールデンステイト)・ウォリアーズに入団し、朝鮮戦争による兵役で全休した2年間を除き、引退するまで10年間毎年オールスターに選出された。

 52年に1674点、57年は1817点をあげて得点王のタイトルを獲得。現役最終年の61-62シーズンも平均21.9点はリーグ12位と、まだ33歳で十分に余力を残していたが、引退してIBM(IT企業)へ入社。その理由がプロリーグでプレーするより、ずっと給料が良かったから……というあたりに、当時のNBAが未成熟だった状況が窺える。

 71年にリーグ創設25周年記念で選出されたオールタイムチーム(引退していた選手が対象)の10人にも選ばれた。50年代のNBAは今より全体的に身長が低かったので、193cmのアリジン以外にも、現代の基準では低身長のSFは少なくなかった。50年代後半から60年代後半にかけて活躍したクリフ・ヘイガンも193cm。60年代のスーパースター、エルジン・ベイラーも196cmだった。
 【パワーフォワード】
チャールズ・バークレー

1963年2月20日生。198cm・114kg
キャリアスタッツ:1073試合、平均22.1点、11.7リバウンド、3.9アシスト

 公称の198cmはかなり盛った数字で、自身も本当は194~195cmだと認めている。その数字が信じ難いほどリバウンダーとしての才能は傑出しており、3年目の86-87シーズンは平均14.6本でリーグ1位。ルーキーシーズンを除いて10本未満の年はなかった。

 上背こそないが、「冷蔵庫」と言われたほどの横幅と力強さを誇り、その体型から想像できない機敏さも兼ね備えていた。2年目から11年連続平均20点以上、シクサーズからフェニックス・サンズへ移籍した92-93シーズンには25.6点、12.2リバウンドをあげてMVPを受賞した。

 現在『TNT』の「Inside the NBA」で共演中のシャキール・オニールも「どんなに背が高くても、サイズのある選手でも彼を止められなかった」と賞賛している。鼻っ柱の強さも相当でトラブルも少なくなかったが、裏表がなく愛嬌のある性格で人気を集めた。

 ウォリアーズで活躍中のドレイモンド・グリーンもバークレー同様、公称198cmより小さいと見られるが、卓越したフィジカルとIQを武器にトップ選手に上り詰めた。
 【センター】
ウェス・アンセルド

1946年3月14日生(2020年6月2日没)。201cm・111kg
キャリアスタッツ:984試合、平均10.8点、14.0リバウンド、3.9アシスト

 身長201cmは、60~70年代のNBAであってもセンターとしては型破りの低さ。しかも本人の証言によれば、実際には「198cmもなかった」らしい。

 身体能力に恵まれていたわけでもないのに、それでもトップクラスのスター選手となれた理由は、バークレーと同じように横幅が広いだけでなく、身体の厚みも並外れていたから。いったんスクリーンをかければ梃子でも動かせず、相手チームの選手を跳ね返し続けた。

 68年にドラフト2位でボルティモア・ブレッツ(現ワシントン・ウィザーズ)に入団し、平均得点は13.8点でしかなかったにもかかわらず、リバウンドは驚異の18.2本。ウィルト・チェンバレンに次いで2人目となる新人王とMVPのダブル受賞を果たした。

 その後も優秀なリバウンダー&ディフェンダーとして活躍を続け、74-75シーズンは14.8リバウンドでリーグ1位。バスケットボールIQも高く、速攻の起点となるアウトレットパスを量産してブレッツを4度のファイナルに導き、78年に初優勝をもたらした。
 【シックスマン】
マグジー・ボーグス

1965年1月9日生。160cm・62kg
キャリアスタッツ:889試合、平均7.7点、2.6リバウンド、7.6アシスト

 オールスターや個人タイトルには縁がなかったとしても、NBA史上最低身長(160cm)の名選手を選ばないわけにはいかない。

 87年のドラフトでブレッツ(現ウィザーズ)が12位で指名した際には、史上最長身(231cm)のマヌート・ボルとチームメイトになって話題を呼んだ。単なる変わり種ではなく実力も確かで、シャーロット・ホーネッツ移籍後は先発PGに定着し、89-90シーズンはリーグ4位の平均10.7アシスト、93-94シーズンは同2位10.1本をマークしている。

 世界最高峰の舞台で14年間プレーし、通算6726アシストは歴代23位にランクされている。アメンボと形容された敏捷さでスティールも数多く奪ったが、当時のリーグスタイルから3ポイントはほとんど打たず、平均得点は最高でも94-95シーズンの11.1点にとどまった。

 身長のハンディキャップについて尋ねられた際には、このように答えている。「俺はずっと背の高いヤツらと戦ってきた。でも彼らは、俺のような小さい相手には慣れていなかった。だからアドバンテージは俺のほうにあったんだ」。

文●出野哲也

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