名手シャックが“犬猿の仲”であるモーニングに謝罪した過去を告白「俺が偽善者だった。彼が最高なんて知らなかった」<DUNKSHOOT>

名手シャックが“犬猿の仲”であるモーニングに謝罪した過去を告白「俺が偽善者だった。彼が最高なんて知らなかった」<DUNKSHOOT>

若手時代は犬猿の仲だった2人。しかしチームメイトとなった際に、シャック(右)はモーニング(左)に謝罪したという。(C)Getty Images

1992年のドラフトでオーランド・マジックから全体1位指名を受けたシャックことシャキール・オニール。彼がNBA入りした当時は、アキーム・オラジュワン(元ヒューストン・ロケッツほか)、デイビッド・ロビンソン(元サンアントニオ・スパーズ)、パトリック・ユーイング(元ニューヨーク・ニックスほか)といった歴代有数のセンターたちがペイントエリアを陣取っていた。

 もっとも、公称216cm・147kgという規格外のサイズと、それに似つかわしくないクイックネスを兼備していたシャックは、彼らと正対しても押し負けることなくリング下を支配。ルーキーイヤーの1992-93シーズンに平均23.4点、13.9リバウンド、3.5ブロック、フィールドゴール成功率56.2%をマークして新人王に輝くと、キャリア3年目(1994-95)には平均29.3点を叩き出し得点王に。アンファニー“ペニー”ハーダウェイやホーレス・グラントらとともに、マジックを創設6年目でNBAファイナルへと導いた。

 そのファイナルではオラジュワン擁するロケッツの前に4連敗でスウィープされ、翌1996年にはマイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズとのカンファレンス・ファイナルでまたもやスウィープ敗退負け。同年夏にFA(フリーエージェント)となり、ロサンゼルス・レイカーズへ移籍した。
  その後シャックはコビー・ブライアントとのスーパーデュオを形成し、2000~02年にかけて3連覇を達成。自身は3年連続でファイナルMVPに輝くなど、ペイントエリアを制圧した。

 そんなシャックには、アロンゾ・モーニングというライバルがいた。1992年のドラフト全体2位でシャーロット・ホーネッツから指名されたモーニングは、公称208cm・108kgとセンターとして上背こそなかったものの、シャックにはないミドル&ロングレンジのジャンパーが備得ていたうえ、キャリアを重ねるごとにビルドアップ。筋骨隆々の肉体を手に入れたことで、リーグ屈指のセンターへ成長した。

 1995年11月にトレードでマイアミ・ヒートへ移籍すると、チームの大黒柱かつ守護神としての地位を確立。1998-99、99-2000シーズンに2年連続でブロック王となり、最優秀守備選手賞も獲得と、リーグ史に名を残すビッグマンとなった。

 同じセンターながらプレースタイルの異なるシャックとモーニングは、新人時代からコート内で激しいバトルを展開。互いのことを毛嫌いしていたのは有名な話で、リスペクトという感情よりも嫌悪感の方が勝っているかのように競い合ってきた。 だが現地時間9月1日(日本時間2日、日付は以下同)にYouTubeへ公開されたポッドキャスト番組『The Big Podcast』で、シャックはモーニングとの仲についてこう話していた。

「俺とアロンゾ・モーニングは対立していた。だが、彼がマイアミ・ヒートへやってきたとき、俺は彼に謝罪しなきゃならなかった。『俺は偽善者だった。君が最高の男だなんて全然知らなかったんだ』と言ったんだ。

 彼がロッカールームへ入ると、俺は『おいみんな、この男は本当にすごいヤツなんだ。俺たちは数年前にこうするべきだったのかもな』と言ったのさ」

 2004年夏、レイカーズからトレードでヒートへ加入したシャックは、ドゥエイン・ウェイドの用心棒となってヒートをイースタン・カンファレンス上位チームへと引き上げる。

 モーニングはというと、2003年夏にニュージャージー(現ブルックリン)・ネッツへ移籍したのち、2005年3月にヒートへ復帰。シャックのバックアップ役に回る。ヒートは2005年のプレーオフこそカンファレンス・ファイナル第7戦の末にデトロイト・ピストンズに敗れたものの、翌2006年にイーストを勝ち上がり、球団史上初のファイナル進出を果たした。
  キャリア10年以上を誇るベテランとなった両選手は、ダラス・マーベリックスとの頂上決戦でエース級の活躍こそできなかったものの、シャックはシリーズ平均13.7点、10.2リバウンド、2.8アシスト、モーニングは同4.3点、3.2リバウンド、1.5ブロックを記録。特に3勝2敗で迎えた第6戦はシャックが9得点、12リバウンド、さらにモーニングは8得点、6リバウンド、5ブロックと鬼気迫る形相でブロックショットを連発し、ヒートの初優勝に貢献した。

 1992年のドラフト組には、同期のなかでシャック(平均23.7点)に次ぐキャリア平均18.3点をマークしたラトレル・スプリーウェル(元ニックスほか)や、計7度のチャンピオンに輝いたロバート・オリー(元ロケッツほか)といった選手たちがいる。

 だが実績と功績の両面で見て、シャックとモーニングがトップ2なのは間違いなく、この2人だけがバスケットボール殿堂入りを飾っている。そしてシャックの32番、モーニングの33番はヒートの初優勝に貢献した名選手として、いずれも永久欠番になった。

 現役時代の初期に犬猿の仲とも言われてきたシャックとモーニングは、ヒートで和解して共闘していったのだが、両選手の間にはもともと“自分にはない強み”があることを理解し、リスペクトの感情があったのかもしれない。

文●秋山裕之(フリーライター)

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