【名馬列伝】11度目の挑戦で悲願のGⅠを掴んだ世界的良血馬キングヘイローの長き苦闘と栄光

【名馬列伝】11度目の挑戦で悲願のGⅠを掴んだ世界的良血馬キングヘイローの長き苦闘と栄光

00年高松宮記念でクビ差の僅差で悲願のGⅠを制したキングヘイロー。調教師の坂口正大師は人目もはばからず涙した。写真:産経新聞社

日本競馬史上において、最良、最高といっても過言ではない血統背景をもって生を受けた選りすぐりのサラブレッドがいた。1995年に北海道・新冠町で生まれたキングヘイローである。

 母グッバイヘイローは、父にサンデーサイレンスを出したことでも知られるヘイロー(Halo)を持ち、ケンタッキーオークスをはじめ、米国のダートG1を7勝した名牝。欧米では現役馬、繁殖馬ともに売買が盛んであるが、このグッバイヘイローも現役を引退するとキーンランド繁殖セールに上場され、日本人エージェントによって210万㌦で落札される。日本経済がバブルのさなかにあったとはいえ、繁殖牝馬を2億円以上の価格で購買することに当時でも驚きをもって迎えられ、米国の競馬専門紙にもグッバイヘイローが日本へ輸出されるのを惜しむ記事が掲載されたという。

 父ダンシングブレーヴは、1980年代の欧州で最強と謳われた名馬で、86年にはカルティエ賞(日本のJRA賞にあたる)で年度代表馬に選出されている。歴戦の中でもその凄まじいまでの強さで語り草になっているのは86年の凱旋門賞(仏G1、ロンシャン・芝2400m)。最後の直線へ向いてもまだ12~13番手を進んでいた彼は、馬群の外へ持ち出され驚異的な末脚を繰り出すと、まとめて前を行く馬たちをごぼう抜きにし、2着に1馬身半の差をつけて圧勝して、全世界のホースマンを唖然とさせた。

 引退後、ダンシングブレーヴは当時の為替レートで総額約33億円ともいわれるシンジケートが組まれて種牡馬入りした。ところが翌年、マリー病という不治の奇病に罹患。生命は維持できたが、初年度産駒から活躍馬が出なかったことも重なり、シンジケートは売却に踏み切ることにした。その情報を得て手を挙げたのがJRAで、万全の療養体制をもってすれば種牡馬生活の続行は可能だと判断してリーズナブルな価格で購入。その後、日本軽種馬協会へ寄贈して、北海道の静内種馬場で供用されることになった。
  結果的に、この売買は英国の関係者を歯噛みさせることになる。

 日本へ輸出したあと、英国に残してきた産駒のなかからコマンダーインチーフ(英ダービー)、ホワイトマズル(伊ダービー)など、活躍馬が続出したのである。
 
 マリー病のために体調が不安定で、決して順調とは言えない暮らしの中、担当医師やスタッフによる全力のケアの甲斐あって、ダンシングブレーヴは種付頭数を制限しながらも種牡馬生活を続けることができた。その時代の米国でトップ戦線を走っていたグッバイヘイローと、欧州最強馬と呼ばれたダンシングブレーヴが遠く極東の日本で結ばれる奇跡。そのもとに生まれたのがキングヘイローだったのである。
  栗東トレーニング・センターの坂口正大厩舎に預託されたキングヘイローは当初、武豊を背にデビューする予定だったが、彼に先約が入っていたため、当時、まだデビュー2年目の福永祐一を鞍上に迎えることになった。
 
 キングヘイローと福永は期待に応え、新馬戦から3連勝で東京スポーツ杯2歳ステークス(GⅢ、東京・芝1800m)を制覇。一躍、翌年のクラシック候補の1頭に挙げられることになる。
 
 しかしここから世界的良血馬とヤングジョッキーのコンビは苦闘を重ねることになる。翌98年のクラシックで、第一弾の皐月賞(GⅠ、中山・芝2000m)こそセイウンスカイの2着に健闘したものの、続く日本ダービー(GⅠ、東京・芝2400m)では行きたがるキングヘイローを制御しきれずに暴走。逃げバテて2番人気という支持を裏切り、勝ったスペシャルウィークから2秒6も離された14着に大敗。福永はファンの厳しい非難の声にさらされた。
  その後もなかなか勝ち鞍には恵まれなかったキングヘイローは、柴田善臣に手綱を託して99年の東京新聞杯(GⅢ、東京・芝1600m)と中山記念(GⅡ、中山・芝1800m)を連勝。未完の大器もいよいよ本格化かと思わせたが、続く春の安田記念(GⅠ、東京・芝1600m)から天皇賞・秋(GⅠ、東京・芝2000m)まで、また凡走を続けてしまう。

 距離の使い分け、騎手の交代と、さまざまな試行錯誤がようやく実る兆しを見せたのは、その後に参戦したマイルチャンピオンシップ(GⅠ、京都・芝1600m)だった。再び福永祐一に手綱を戻して臨んだこの一戦。中団で折り合いをつけて進むと直線ではいったん先頭に立つ。結果としてエアジハードの強襲に屈して2着に敗れたものの、久々に持ち前のポテンシャルの高さを感じさせるレースを披露した。

 続くスプリンターズステークス(GⅠ、中・芝1200m)でも最後方から一気の追い込みで3着に食い込んだキングヘイローに、陣営はマイル以下に照準を絞ってGⅠ獲りに向かう意思を固めた。
  ついに6歳を迎えた2000年の如月。フェブラリーステークス(GⅠ、東京・ダート1600m)をひと叩きしたキングヘイローは、春のスプリント王決定戦となる高松宮記念(GⅠ、中京・芝1200m)に臨む。

 レースは稀に見る激戦となった。

 前を行くアグネスワールド、ブラックホークに対し、中団を進むディヴァインライトとキングヘイロー。この4頭が直線で激しい鍔迫り合いを繰り広げ、0秒1差の間に4頭が突っ込む激闘となったが、最後にひと伸びしたキングヘイローがディヴァインライトをクビ差抑えて、ついに11度目の挑戦で悲願のGⅠタイトルを手に入れたのだった。

 調教師の坂口正大は、再び手綱を託した柴田善臣とキングヘイローを迎えながら人目もはばからず涙を流した。そして、僅かに競り負けたディヴァインライトの福永祐一は馬上で静かに悔しさをかみ殺していた。
  キングヘイローはラストランの有馬記念(GⅠ、中山・芝2500m)で4着に健闘して現役を引退。翌春から北海道・新冠町の優駿スタリオンステーションで種牡馬入り。06年オークスと秋華賞の二冠をとったカワカミプリンセス、09年高松宮記念とスプリンターズステークスを制するローレルゲレイロなどを輩出し、世界的な良血馬の真価を見せた。

 2019年の3月19日、北海道新冠町の優駿スタリオンステーションに繋養されていたキングヘイローは、老衰によって24歳で没した。手にしたGⅠタイトルは一つにとどまったが、それが苦い思い出であったとしても、デビュー間もない福永祐一が真のプロへと飛躍する礎となったことを忘れてはならない。

文●三好達彦

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