V2リーグ「ブレス浜松」のGMに就任!元日本代表・大林素子さんが明かした覚悟とは? 「私自身が一番驚いています」

V2リーグ「ブレス浜松」のGMに就任!元日本代表・大林素子さんが明かした覚悟とは? 「私自身が一番驚いています」

「ブレス浜松」の大林素子GM。写真:北野正樹

バレーボールの女子V2リーグ「ブレス浜松」(静岡県浜松市)のゼネラルマネジャー(GM)に5月9日、元日本代表のエースアタッカー、大林素子さん(56)が就任した。

 タレント活動のほか、スポーツキャスターや日本バレーボール協会(JVA)広報委員や日本バレーボールリーグ機構(Vリーグ)の理事を務めるなど、幅広く「バレー界の応援団」として取り組んでいた大林さんだが、特定のチームの運営に携わるのは1997年3月の現役引退後、初めて。Vリーグが来年に世界最高峰のリーグを目指して発足させる「SVリーグ」を前に、あえて下部リーグに所属し市民球団として地域に密着するクラブチームに参画する覚悟とは――。

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 「私自身が、一番驚いています」

 就任から60日。7月7日にVリーグ女子のV・サマーリーグ東部大会が行われている長野・松本市総合体育館で、GM就任について尋ねると、開口一番、そう返って来た。

 本人だけでなくバレー関係者も予想できない、意外な組み合わせ。数か月前まで、縁もゆかりもなかったチームとの出会いは、タレントとして所属するホリプロの関係者と、チーム関係者が親しかったことがきっかけだった。

 2012年に発足したチームは、2018-19年シーズンから2部リーグにあたるV2に参戦。創部10年目の22-23年シーズンは13勝7敗で、11チーム中4位につけた。だが、V1と呼ばれるトップカテゴリーのチームには、まだまだ大きな差がある。

 それでも、24年に発足する「SVリーグ」を目指すチームには、戦力の大幅補強に加え、ライセンス申請時に必要な「売上高4億円以上」という資金獲得が急務となった。

 八王子実践高校在学中に日本代表に選出され、1988年ソウル、1992年バルセロナ、1996年アトランタの五輪に出場した日本のエースアタッカー。選手としての実績や、バレー界だけでなくタレントとしても幅広く活躍する大林さんに白羽の矢が立ったのは当然だったのかもしれない。

「たまたま、私の名前が出たらしいのですが、チーム側は『多分、受けてくれないだろうな』と思っていたらしくて、私は逆に『えっ、私でいいのですか』と。話が進んでもお互いに『なんか、ウソでしょ』みたいな感じでしたね」とは大林さんの言葉だ。 引き受けた理由は、いくつかある。

「キャスターをやったり、JVAの広報委員を務めたりして、ビーチバレーを含めバレーを応援する気持ちを、マイクを通して伝えていくのが私の役目だと思っていたのです。でも、ある意味、自分の中で一通り出来た、やり遂げることは出来たという思いもありました。アテネ、北京、ロンドン、リオと4回の五輪解説もさせていただいて、これ以上自分に何があるのかなと。解説を辞めることはありませんし、進む道を変えるわけでもありませんが、次の目標が出来るのなら、もう一足、わらじを履いてもいいのかな、と考えました」と、決断までを振り返る。
  最終的に、決め手になったのは「ブレス浜松の本気度でした」という。

 昨季のV2女子で最多の入場者数を記録するなど、市民球団として地域に愛されるチーム作りを展開。「勢いがあり、地元に愛されているチーム。フロントからも、選手からもSVリーグ入りに向け、本気で飛び出すという覚悟を感じました。ならば、私も本当に覚悟して何かをやってやろうじゃないか、と思いました」と大林さん。

 リスクもあった。
「これまで、一つのチームに携わるということは、一切、やってこなかったんです。あえて、今ここでやることに関して、正直言ってリスクもあります。どうしてもそのチームの人になってしまうと、今まで選手に気軽に歩み寄れたところも、話をする時にはちょっと意識をしてあげないといけないのかなと思います」

 トップカテゴリー入りを目指し、しのぎを削るライバルチーム。これまで常に公平な立場でバレーを応援してきた大林さんならではの心配は、杞憂に終わった。初めてブレス浜松のGMとして訪れた大会となったサマーリーグ会場で、他チームの関係者や指導者、選手らはこれまで通り、大林さんを迎え入れてくれた。

 3部にあたるV3に今季から参戦する「アルテミス北海道」の成田(旧姓大懸)郁久美監督とは、アトランタ五輪で戦ったチームメート。就任2年でのスピード昇格をねぎらい、互いのチームの健闘を誓い合った。

 GMという肩書だが、通常のGMとは違ってチームの強化や育成方針などの決定権は持たない。週に2日ほどの浜松滞在時には、約250社のスポンサーを回り、今後のチームの活動方針などを説明し、継続した支援をお願いしている。

「現役時代は日立や東洋紡という企業スポーツのチームに所属していましたから、他の企業に挨拶にうかがうという発想はありませんでした。スポンサーさんやパートナーさんに支えられているチームなので、昨季のお礼と今シーズンの報告とお願いですね」
  チーム関係者によると、大林さんが訪問すると話が弾み、企業側の理解と協力は得られやすいという。

 それでも、単なる広告塔でいるつもりはない。
「私なりに覚悟を持って入ってきました。チームが今まで通りでは正直に言って勝てません。上を目指すためには必要な組織やその組み立てとかを変えなければいけないところがあるので、今、提案して一つずつ形にしているところです」と大林さん。
  具体的には、スカウトやトレーナーなどスペシャリストを招き、組織力を強化していくことなどといい、会議では議長になって大林さんが理想とするチームに近付けるための話をするそうだ。

 チームの現場とは、今は一定の距離を取っている。東京都を中心にタレント活動を行うとともに、これまでから会津大学非常勤講師として福島県も生活の拠点としてきた。新たな拠点では、時間的な制約もあるがチーム作りの難しさを知り尽くしているからこそ、コートから一歩離れた場所からチームを見守る。

「ボールを触って、直接、指導することはありません。もちろん、選手からアドバイスを求められたら助言はします」
「中途半端な状況で関わるのが、私は絶対に嫌なんです。やるならコートで生きなきゃいけないと思っていて。簡単に『コートに入る』なんて言っちゃいけない。だから私は指導者になろうと思ったことが一度もないんです」

 話題作りのため、試合中、ベンチ入りすることも考えないわけではないが「今は、その時ではないと思っています。今はやるべき形と仕事がありますから、私が立ち入ることは考えていません」と言い切る。

 水上真悠子主将は「誰もが知っているモトコさんが来てくださって、チームがSVリーグ参戦に向け本気なんだと選手も実感しました。でも選手はそこに気を取られることなく、自己研鑽に集中しなければなりません。もう少し、バレーに介入して下さるかなと思いましたが、自分の役割を考えて現場は監督、コーチに一任されていると理解しています」と、足元を見つめる。「今まで、チームを作るのってこんなに大変だとは思いませんでしたから、勉強になります。日立や東洋紡では日本一にもなれたし、スタッフもたくさんいて恵まれていましたね。限りある中で、特に母体企業がなく市民の方に支えられ、みんなの思いはあるけれど、その中で選手としてやっていることはすごいこと。入ってみないと分からないことがあります。Vリーグの改革にもフィードバックしたいと思います」。Vリーグ理事としても、新たな挑戦はプラスになる。
  大林さんの今も変わらぬ人気を裏付ける場面があった。

 サマーリーグの試合を2階の観客席で観戦中、短時間に数人の観客から声を掛けられた。

 写真撮影やサインに気軽に応じ、「今、ブレス浜松というチームにゼネラルマネジャーとして携わっているんですよ」と添えるのを忘れなかった。

 現役時代、182センチの長身と左腕を生かし、ライト側からレフト側まで走ってコート幅いっぱいを使った移動攻撃(ブロード)は、「モトコスペシャル」と呼ばれ、世界を席巻した。

 そのアタッカーが今、ブレス浜松や選手、そしてVリーグがさらに輝けるよう、目立たない場所から打ちやすい「トス」を上げることに専念する。

文●北野正樹(フリーライター)
【著者プロフィール】
きたの・まさき/2020年11月まで一般紙でプロ野球や高校野球、バレーボールなどを担当。関西運動記者クラブ会友。
 

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