「ブラジルに30年も勝てないとは思わなかった」日本男子バレー、レジェンドたちが語る93年の大金星と龍神NIPPONの強さ「負ける要素が見当たらない」
2023年09月05日 06時43分THE DIGEST

「30年も勝てないとは思わなかった」と語る、当時の司令塔・松田明彦さん。写真:北野正樹
ネーションズリーグ(VNL)3位決定戦でイタリアを破り、世界大会で46年ぶりのメダルを獲得した男子バレー代表「龍神NIPPON」。予選ラウンドのブラジル戦で1993年以来、30年ぶりに勝利し開幕7連勝した勢いそのままの快進撃だった。
【PHOTO】2023男子日本代表キャプテン・石川祐希を特集! 今の日本代表を、懐かしい思いとともに頼もしく見つめているのが、30年前にブラジルに勝利したレジェンドたちだ。
「あの後、30年も勝てないとは思わなかったですね」と驚きの表情で当時を振り返ったのは、セッターの松田明彦さん(埼玉上尾メディックスJr.監督)だ。
「よく頑張りましたよ。こっちのオフェンスもディフェンスも機能していました。やられる時は、セッターのリマ・マウリシオに、面白いようにビュンビュン振られていましたが、日本のサーブが機能して、相手のレセプションを崩すというのが上手くいっていたんじゃないですか」と、当時の試合を振り返った松田さん。
VNLでブラジルを撃破した際、YouTubeでは【30年前 ブラジル戦勝利のメンバーは中垣内祐一、松田明彦ら 龍神NIPPON快挙】と紹介された。
しかし、松田さんの記憶では少し違う。
「中垣内(祐一)がいなくて、泉川(正幸)をオポ(ジット)に入れたと思います。中垣内は膝が悪くて、その試合には出場していなかったのではないでしょうか。泉川が入ると、ジャンプサーブもサーブレシーブも出来ますし。それで、フルセットで勝てたような気がします」
日本バレーボール協会(JVA)広報部に当時の資料を調べてもらったら、松田さんの記憶通りだった。1993年7月4日(日曜日)に大阪府立体育会館で行われた、第4回ワールドリーグA組の日本-ブラジル戦。
JVAの資料によると、出場した日本のメンバーは、松田さん、泉川さんのほか荻野正二、大竹秀之、青山繁、南克幸、多田幹世、黒澤義一、佐々木太一、成田貴志、大浦正文各選手。監督はミュンヘン五輪金メダリストで「世界の大砲」と呼ばれた大古誠司さん。
日本は第1セットを13-15で落としたが第2、第3セットを15-5、15-8で取って逆転。第4セットを6-15で奪われて迎えた最終セットを、15-11で奪って勝利。大会の通算成績を6勝8敗とした。負けたブラジルは9勝5敗だが、決勝ラウンド準決勝でイタリア、決勝ではロシアにいずれもストレート勝ちし、初優勝を果たした。日本は4位キューバ、5位オランダに続き6位だった。
この試合、「ピート」の愛称で人気を博した泉川さん(朝日大学バレー部監督)の活躍は、目を見張るものがあった。スパイク打数は両チームトップの96。ブラジルの打数トップだったガビオ(46打数)の2倍という驚異的な数字で、スパイクの得点も両チームトップの17点だった。
「中垣内さんの代わりに出場し、フルセットに全部出た記憶があります。ブラジルは92年バルセロナ五輪金メダリストがメンバーで、それまでコテンパンにやられていたんです。あの試合はみんな調子がよく、僕も(ブロックで)シャットされましたが、強気、強気で攻めたという印象があります」と泉川さん。
ブラジルにはバルセロナ五輪準々決勝で、ストレート負け。91年12月のワールドカップ決勝リーグで、3-1で勝利して以来、10連敗で、うち7試合で1セットも奪えなかった。エースの中垣内さんがコートに立つことが出来ないという非常事態に、失うものがない若い選手たちは果敢に向かっていったということだろう。
その後に行なわれたユニバーシアード大会で、ブラジル戦の勢いそのままプレーして優勝したこともあり、その試合は泉川さんにとって印象に残る試合となっている。後輩たちの30年ぶりのブラジル戦勝利の報に、「快挙を伝えるニュースを見て、自分たちが勝って以来だと、すぐに分かりました」という。
その試合の記憶があまりないというのは、現在、サントリーのウイスキー事業部のシニアスペシャリストとしてウイスキーの魅力を知ってもらう啓発活動を続け「ウイスキーの伝道師」と呼ばれている佐々木さん。それでもブラジルの強さは、今も忘れられない。
「試合にはもちろん勝つつもりで臨むのですが、勝てるとは正直に言って思いませんでした。前年のバルセロナ五輪で優勝したブラジルの全盛期でしたから。平均身長は高いし、動きがハチのように速いんです」と、“異次元のプレー”だったと証言する。
30年前にブラジルを破ったレジェンドたちの多くは、今もバレーに携わる。
松田さんは、23年6月からV1女子の「埼玉上尾メディックス」に普及担当として入団。地域と密着したバレー教室などを行うとともに、女子のジュニアチームを立ち上げた。
8月下旬の「Vリーグジュニア選手権」には登録選手12人で出場。大会前に計4日間各3時間の練習しか出来なかったが、2勝2敗でCグループ3位と健闘した。
「2年で日本一に導きます」と意気込む松田さんについて、畑﨑紗江主将(さいたま市立春野中3年)は「ネットで調べて、五輪を経験されている指導者ということも魅力でしたが、30年前のブラジル戦のことは知りませんでした。最初お会いした時の『楽しくやって勝とうね』という言葉が響きました」という。
男子日本代表は4日から沖縄県内で第6回の国内合宿に入った。レジェンドたちは、今の男子日本代表や9月30日から始まるFIVBパリ五輪予選兼ワールドカップ(国立代々木第一体育館)をどのように見ているのだろう。
「負ける要素が見当たらない」というのは、佐々木さん。
「個々のプレーも凄いのですが、いい選手が一気に集まりましたね。石川祐希、西田有志、高橋藍以外に、宮浦健人。MBの山内晶大の動きもすごくいいし、セッターの関田誠大のトスワークもいいですね。1人が目立つのではなく、全員がスタープレーヤー。ボールが落ちませんから、見ていて安定感があります。世界に負けないサーブも打てていますし、MBのブロックもいい。穴がないから、自国開催を味方にして普通に戦ってくれれば」と、パリ五輪の切符獲得に大きな期待を込める。
泉川さんは「高さをカバーする個々の技術があります。サーブも石川、西田だけでなく、宮浦もいい。アジア選手権でも優勝しましたし、いい結果で終わると期待しています。バスケットも素晴らしい試合をしていて、見ていて嬉しかった。バレーもあのような試合をどんどんやってくれれば、さらに人気は出て来ると思います」
松田さんは「今のチームは役割分担が明確になっています。レセプションでは、強いサーブに対して高く上げてハイセットにして、リバウンドを取っていい態勢に持っていって、日本の速いバレーに持ち込む。また、ミドルクイックも使えるしサイドも使える。パイプも使えるというような、パスをセッターに返してそこから展開するということが、明確に出来るようになっています。昔は、サーブレシーブが崩されてハイセットになれば、エースがバーンと打ってフォローに入れよとかいっていましたが、今は危ないと思ったらすぐにリバウンドを取る、という形になっています。個々の能力で、約束事みたいなものもしっかりと出来ているのかなと思います」
「石川や西田、宮浦らビッグサーバーも揃いましたね。当時、大きい選手はいましたが、ビッグサーバーは居ませんでした。近いといえば泉川でしたが、そのジャンプサーブにしてもルールで打つエリアが決められていましたから、打つコース、打てるコースはある程度限られてしまうのです」
名セッターらしく、俯瞰してチームの現状を分析する松田さん。
「オリンピックの切符を取りに行くのではなく、やはりメダルですよね。VNLでメダルを獲っているので、メダルを獲りに行くという気持ちでやってほしいと思います。それが、バレーの普及にもつながると思います」
ジュニア指導にあたる今だからこそ、改めて日本代表の飛躍を願う。
文●北野正樹(フリーライター)
【著者プロフィール】
きたの・まさき/2020年11月まで一般紙でプロ野球や高校野球、バレーボールなどを担当。関西運動記者クラブ会友。
【動画】30年ぶりの勝利を掴んだ龍神NIPPON! 歓喜に沸いたブラジル戦ハイライト
【動画】世界が注目する日本の頼れる主将・石川祐希のスーパープレー集!
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「あの後、30年も勝てないとは思わなかったですね」と驚きの表情で当時を振り返ったのは、セッターの松田明彦さん(埼玉上尾メディックスJr.監督)だ。
「よく頑張りましたよ。こっちのオフェンスもディフェンスも機能していました。やられる時は、セッターのリマ・マウリシオに、面白いようにビュンビュン振られていましたが、日本のサーブが機能して、相手のレセプションを崩すというのが上手くいっていたんじゃないですか」と、当時の試合を振り返った松田さん。
VNLでブラジルを撃破した際、YouTubeでは【30年前 ブラジル戦勝利のメンバーは中垣内祐一、松田明彦ら 龍神NIPPON快挙】と紹介された。
しかし、松田さんの記憶では少し違う。
「中垣内(祐一)がいなくて、泉川(正幸)をオポ(ジット)に入れたと思います。中垣内は膝が悪くて、その試合には出場していなかったのではないでしょうか。泉川が入ると、ジャンプサーブもサーブレシーブも出来ますし。それで、フルセットで勝てたような気がします」
日本バレーボール協会(JVA)広報部に当時の資料を調べてもらったら、松田さんの記憶通りだった。1993年7月4日(日曜日)に大阪府立体育会館で行われた、第4回ワールドリーグA組の日本-ブラジル戦。
JVAの資料によると、出場した日本のメンバーは、松田さん、泉川さんのほか荻野正二、大竹秀之、青山繁、南克幸、多田幹世、黒澤義一、佐々木太一、成田貴志、大浦正文各選手。監督はミュンヘン五輪金メダリストで「世界の大砲」と呼ばれた大古誠司さん。
日本は第1セットを13-15で落としたが第2、第3セットを15-5、15-8で取って逆転。第4セットを6-15で奪われて迎えた最終セットを、15-11で奪って勝利。大会の通算成績を6勝8敗とした。負けたブラジルは9勝5敗だが、決勝ラウンド準決勝でイタリア、決勝ではロシアにいずれもストレート勝ちし、初優勝を果たした。日本は4位キューバ、5位オランダに続き6位だった。
この試合、「ピート」の愛称で人気を博した泉川さん(朝日大学バレー部監督)の活躍は、目を見張るものがあった。スパイク打数は両チームトップの96。ブラジルの打数トップだったガビオ(46打数)の2倍という驚異的な数字で、スパイクの得点も両チームトップの17点だった。
「中垣内さんの代わりに出場し、フルセットに全部出た記憶があります。ブラジルは92年バルセロナ五輪金メダリストがメンバーで、それまでコテンパンにやられていたんです。あの試合はみんな調子がよく、僕も(ブロックで)シャットされましたが、強気、強気で攻めたという印象があります」と泉川さん。
ブラジルにはバルセロナ五輪準々決勝で、ストレート負け。91年12月のワールドカップ決勝リーグで、3-1で勝利して以来、10連敗で、うち7試合で1セットも奪えなかった。エースの中垣内さんがコートに立つことが出来ないという非常事態に、失うものがない若い選手たちは果敢に向かっていったということだろう。
その後に行なわれたユニバーシアード大会で、ブラジル戦の勢いそのままプレーして優勝したこともあり、その試合は泉川さんにとって印象に残る試合となっている。後輩たちの30年ぶりのブラジル戦勝利の報に、「快挙を伝えるニュースを見て、自分たちが勝って以来だと、すぐに分かりました」という。
その試合の記憶があまりないというのは、現在、サントリーのウイスキー事業部のシニアスペシャリストとしてウイスキーの魅力を知ってもらう啓発活動を続け「ウイスキーの伝道師」と呼ばれている佐々木さん。それでもブラジルの強さは、今も忘れられない。
「試合にはもちろん勝つつもりで臨むのですが、勝てるとは正直に言って思いませんでした。前年のバルセロナ五輪で優勝したブラジルの全盛期でしたから。平均身長は高いし、動きがハチのように速いんです」と、“異次元のプレー”だったと証言する。
30年前にブラジルを破ったレジェンドたちの多くは、今もバレーに携わる。
松田さんは、23年6月からV1女子の「埼玉上尾メディックス」に普及担当として入団。地域と密着したバレー教室などを行うとともに、女子のジュニアチームを立ち上げた。
8月下旬の「Vリーグジュニア選手権」には登録選手12人で出場。大会前に計4日間各3時間の練習しか出来なかったが、2勝2敗でCグループ3位と健闘した。
「2年で日本一に導きます」と意気込む松田さんについて、畑﨑紗江主将(さいたま市立春野中3年)は「ネットで調べて、五輪を経験されている指導者ということも魅力でしたが、30年前のブラジル戦のことは知りませんでした。最初お会いした時の『楽しくやって勝とうね』という言葉が響きました」という。
男子日本代表は4日から沖縄県内で第6回の国内合宿に入った。レジェンドたちは、今の男子日本代表や9月30日から始まるFIVBパリ五輪予選兼ワールドカップ(国立代々木第一体育館)をどのように見ているのだろう。
「負ける要素が見当たらない」というのは、佐々木さん。
「個々のプレーも凄いのですが、いい選手が一気に集まりましたね。石川祐希、西田有志、高橋藍以外に、宮浦健人。MBの山内晶大の動きもすごくいいし、セッターの関田誠大のトスワークもいいですね。1人が目立つのではなく、全員がスタープレーヤー。ボールが落ちませんから、見ていて安定感があります。世界に負けないサーブも打てていますし、MBのブロックもいい。穴がないから、自国開催を味方にして普通に戦ってくれれば」と、パリ五輪の切符獲得に大きな期待を込める。
泉川さんは「高さをカバーする個々の技術があります。サーブも石川、西田だけでなく、宮浦もいい。アジア選手権でも優勝しましたし、いい結果で終わると期待しています。バスケットも素晴らしい試合をしていて、見ていて嬉しかった。バレーもあのような試合をどんどんやってくれれば、さらに人気は出て来ると思います」
松田さんは「今のチームは役割分担が明確になっています。レセプションでは、強いサーブに対して高く上げてハイセットにして、リバウンドを取っていい態勢に持っていって、日本の速いバレーに持ち込む。また、ミドルクイックも使えるしサイドも使える。パイプも使えるというような、パスをセッターに返してそこから展開するということが、明確に出来るようになっています。昔は、サーブレシーブが崩されてハイセットになれば、エースがバーンと打ってフォローに入れよとかいっていましたが、今は危ないと思ったらすぐにリバウンドを取る、という形になっています。個々の能力で、約束事みたいなものもしっかりと出来ているのかなと思います」
「石川や西田、宮浦らビッグサーバーも揃いましたね。当時、大きい選手はいましたが、ビッグサーバーは居ませんでした。近いといえば泉川でしたが、そのジャンプサーブにしてもルールで打つエリアが決められていましたから、打つコース、打てるコースはある程度限られてしまうのです」
名セッターらしく、俯瞰してチームの現状を分析する松田さん。
「オリンピックの切符を取りに行くのではなく、やはりメダルですよね。VNLでメダルを獲っているので、メダルを獲りに行くという気持ちでやってほしいと思います。それが、バレーの普及にもつながると思います」
ジュニア指導にあたる今だからこそ、改めて日本代表の飛躍を願う。
文●北野正樹(フリーライター)
【著者プロフィール】
きたの・まさき/2020年11月まで一般紙でプロ野球や高校野球、バレーボールなどを担当。関西運動記者クラブ会友。
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