なぜコビーはその数字を選んだのか? 初の欠番でもあり、現在は八村塁も着用している背番号8の歴史【NBA背番号外伝】

なぜコビーはその数字を選んだのか? 初の欠番でもあり、現在は八村塁も着用している背番号8の歴史【NBA背番号外伝】

コビーはルーキーイヤーの96年から10年間8番を着用。その間にレイカーズを3度の優勝に導き、17年に同番号初の欠番選手となった。(C)Getty Images

本来、背番号は選手をコート上で判断するための単なる符号に過ぎない。しかし、背番号には選手個々のアンデンティティを示す役割もある。自己表現やゲン担ぎのひとつとして、こだわりを持っている選手も少なくない。

 1桁台の背番号で、8番は長い間唯一永久欠番がいない番号だった。最初に欠番になった選手は2017年のコビー・ブライアント(レイカーズ)で、19年にバックスのマーカス・ジョンソンが2人目になった。

 コビーは96年にレイカーズに入団した際、第一希望の33番がカリーム・アブドゥル・ジャバーの欠番だったので8番を選んだ。これにはふたつ理由があり、ひとつは高校時代に参加したバスケットボールキャンプでつけた番号が143で、1+4+3=8になることから。もうひとつはイタリアに住んでいた少年の頃、憧れていた同国リーグのスター、マイク・ダントーニ(現ロケッツ・ヘッドコーチ)の番号だったからだ。8番時代に残した実績も申し分なかったコビーだが、24番に変更した06−07シーズン以降に、シーズンMVP(08年)や2度のファイナルMVP(09、10年)を受賞しており、引退後は8番ではなく24番が欠番になる可能性が高いかと思われていたが、異例の措置で8と24の両方とも欠番とされた。
  62年の新人王で殿堂入りもしているウォルト・ベラミーは、デビューから引退まで8番で通したが、欠番にはなっていない。これは移籍が多かったためで、最初に入団したシカゴ・パッカーズ(現ワシントン・ウィザーズ)でプレーしたのは4年半。ニックスには3年、ピストンズには1年、ホークスも4年半と、どのチームにも欠番として称えられるほど長く在籍しなかった。

 8番には、コビーを筆頭に悪く言えばセルフィッシュ、良く言えば自信に満ちた選手が多い。JR・スミスは8番をつけていたニックス時代がまさにそうしたプレースタイルだったし、同じくニックスOBのラトレル・スプリーウェル、さらにアントワン・ウォーカー(元セルティックスほか)、モンテイ・エリス(元ウォリアーズほか)も例外ではない。ウォーカーは05年、全盛期を過ごしたセルティックスに復帰した際、アル・ジェファーソンが8番だったため88番にしたほど、8という数字に愛着を持っていた。スパーズで44番が欠番のジョージ・ガービンもこのタイプで、キャリアの最後に在籍したブルズでは4+4で8番を選んだ。

 セルフィッシュではなくとも、8番=攻撃型の選手というイメージは強いだろう。80年代前半にオールスターに5回選ばれたジョンソンや、スコット・ウェドマン、エディ・ジョンソン、スティーブ・スミスらは、スーパースターとは言い難かったものの、どのチームでもスコアラーとして重宝された。スミスは201cmの大型ガードで、94年に世界選手権(現ワールドカップ)のアメリカ代表に選出されると、ここでも8番でプレー。2000年のシドニー五輪では4番で金メダルを手にした。
  そのほかにも88年8月8日生まれのダニーロ・ガリナーリ(サンダー)、ドラフト8位指名のルディ・ゲイ(キングス時代。現在はスパーズで22番)、チャニング・フライ(元サンズほか)、ボグダン・ボグダノビッチ(キングス)など、8を選んだ理由は様々だが優秀なシューターが揃っている。

 デロン・ウィリアムズはジャズにずっと残っていたら、欠番になった可能性もあった。イリノイ大時代は5番だったが、ジャズ入団時にカルロス・ブーザーが着用していたため、ドラフト3位指名ということで3を足して8にした。ネッツ移籍以降は徐々に成績が下降してしまったが、キャブズでの最後の1年に31番だった以外、ずっと8番をつけ続けた。近年はデロン以外にもパティ・ミルズ(スパーズ)、マシュー・デラベドーバ(キャブズ、現在は18番)のオーストラリア人コンビ、スペンサー・ディンウィディー(ネッツ)と8番のPGが増加傾向にある。ホーネッツでは15番だったケンバ・ウォーカーは、セルティックス移籍時にトム・ハインソーンの永久欠番だったため、5月8日生まれとの理由で8番にした。

 15年のスラム・ダンクコンテストにて史上2番目の若さで王座に就いたザック・ラビーン(ブルズ)は、ガードの両ポジションを務められるコンボガードで、現役の8番ではウォーカーと並び代表格と言えるだろう。
  ビッグマンでは、ビズマック・ビヨンボ(ホーネッツ)が無限(∞)の記号に似ているとの理由で8番。12−13シーズンに平均ブロック(2.83)でリーグ2位にランクしたラリー・サンダースもいたが、素行に問題があって早々にリーグから消えた。15年のドラフト3位でシクサーズ入りしたジャレル・オカフォー(今季途中に9番に変更)も、1年目に平均17.5点をあげたのがピークで以後は成績が下がり続けている。

 シューター/スコアラー以外では、“ラバーバンド・マン”ことミッキー・ジョンソン、リーグ初のロシア人プレーヤー、アレクサンドル・ボルコフ、01年にシックスマン賞を受賞したアーロン・マッキーなどが思い浮かぶ。また、50年に黒人選手として初めてNBAのチームと契約し、8年間プレーしたナサニエル・クリフトンは、14年8月8日に殿堂入りを果たしている。

 そして我らが八村塁(ウィザーズ)ももちろん8番。その理由も日本人には説明不要で、代表チームでもこの番号だ。

 コビーの事故死を受け、追悼の意味で8番をつける選手や、逆にディンウィディー(26番に変更)のように敬意を表して他の番号に変える選手もいるが、八村は8番を継続する。コビーの業績を称えるのには、背番号を空き番にする以外にも方法はある。自らが一流選手となって、背番号8のステータスを上げることもその一つで、それこそが八村に求められることであるはずだ。

文●出野哲也
※『ダンクシュート』2015年6月号掲載原稿に加筆・修正。

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