ホーネッツの主力として、そしてステフィンの父として、デル・カリーがNBAに残した確かな爪痕【NBA名脇役列伝・後編】

ホーネッツの主力として、そしてステフィンの父として、デル・カリーがNBAに残した確かな爪痕【NBA名脇役列伝・後編】

キャリア序盤はチームをたらい回しにされたデルだが、ホーネッツで自身の居場所を見つけた。(C)Getty Images

「いつになったら自分に合うチームが見つかるのか不安だった」と語るデル・カリーにとって、シャーロット・ホーネッツこそ捜し求めていたチームだった。1988年、迎えたキャリア3年目のシーズンはトレーニングキャンプで手首を負傷するアクシデントに見舞われ、最初の19試合を欠場したものの、復帰後は持ち前のシュート力を存分に発揮する。

「ヴィニー・ジョンソン(元デトロイト・ピストンズほか)のように短時間で多くの点を叩き出す」と他球団の幹部を唸らせ、ステップバックして放たれる3ポイントの正確さはボストン・セルティックスのラリー・バードと比較された。翌89−90シーズンは控え起用ながら、平均得点を16.0点にまで伸ばし、守備でも12月30日のヒューストン・ロケッツ戦で当時の球団記録となる7スティールを決めている。
  91年は新人のケンドール・ギルに出場時間を奪われたが、92年からは3年連続で平均15点以上、3ポイント成功率4割以上と、安定した活躍を披露。93−94シーズンにはリーグ4位となる152本の長距離砲を成功させ、シックスマン賞に輝いた。

 チームも91年にラリー・ジョンソン、92年はアロンゾ・モーニングと2年連続で大物ルーキーが加入。当時黄金期を築いていたブルズと比較され“フューチャー・ブルズ”と呼ばれるほど急速に力をつけていった。

 しかし、ファンの期待とは裏腹に、エゴの強い若手スター2人は共存することができなかった。95−96シーズンの開幕前にモーニングはマイアミ・ヒートへトレードされ、前年の地区2位から同年は6位にまで転落する。

 それでも96−97シーズンは、トロント・ラプターズとの開幕戦でデルがキャリアハイとなる38得点を叩き出して勝利を収めると、以降もチームは好調を維持し、球団記録の54勝をマーク。グレン・ライスやブラデ・ディバッツといった新加入選手が実力を発揮した結果だったが、在籍9年目でチームのすべてを知り尽くすデルが、彼らを上手に溶け込ませたからでもあった。
  試合前の練習では、ライスとその息子グレン・ジュニア、デルとステフィン・カリー(現ゴールデンステイト・ウォリアーズ)の親子同士で3ポイント対決を行なうのが恒例だった。1月には得意の3ポイントで通算1万得点に到達し「ここまで点を重ねられたのは、ケガをすることなく、毎年コンスタントにプレーできたからこそ。次は1万5000点を目指すよ」と新たな目標を語った。

 ミルウォーキー・バックスに移籍した98年は、3ポイント成功率でリーグトップの47.6%を記録。現役最後の3年間はラプターズに所属し、37歳で選手生活を終えた。
  面白いことに、引退後のデルは3ポイントに対してこのような発言をしていた。「今の選手はミドルシュートが下手になった。みんな3ポイントを打つか、さもなければリムに向かって突進していくばかり。私が現役の頃はピュアシューターと呼ばれる選手が何人もいたが、今はそうではない。確かにディフェンスは昔より良くなっているけどね」。

 それが事実かどうかは別として、自信を持ってそう断言するくらいの技術をデルは持っていた。引退後の2004年にはバージニア州のスポーツ殿堂に迎えられ、07年にシャーロット・ボブキャッツ(現ホーネッツ)のコーチを引き受けたが、家庭を優先させるためシーズン前に辞任した。

 シャーロット地域においては今も重要な存在であり続け、若者を扶助する目的でデル・カリー財団を創設。妻のソーニャもモンテッソーリ教育の学校を運営している。

 プロのコーチ経験はなくとも、息子たちを一流の選手に鍛え上げた彼が優秀な指導者なのは明らかだ。高校時代まで、ショーン・マリオン(元フェニックス・サンズほか)のような奇妙なフォームでシュートを打っていたステフィンは、父から正しいフォームを伝授された。

 父の直接指導を受けたステフィンは、のちにこう回想している。

「それまでちゃんと決められていたんだから、フォームを変えられたのは苦痛だった。でも1か月半練習に取り組んだら、効果は覿面だったよ」
  息子たちだけでなく、娘のシデルも母と同じバレーボール選手となり、高校では州の代表選手となった。近年では息子の試合を観戦に来たソーニャまで「女優のタンディ・ニュートン似の美人ママ」として注目を集め、家族全員が有名人となっている。

 一家で誰が最高のシューターなのかとの質問に「以前なら私だったね」と答えていたデル。シャーロットで開催された昨年のオールスターでは、ライス、レイ・アレン(元シアトル・スーパーソニックス/現オクラホマシティ・サンダーほか)、マーク・プライス(元クリーブランド・キャバリアーズほか)ら往年の名シューターたちと組んで、3ポイントを1回決める度に1000ドルを寄付するチャリティ・イベントを開催した。
  しかしながら10本中2本を決めるにとどまり「記憶にあるよりずっと3ポイントラインが遠く感じた」と残念そうにコメント。3ポイントコンテストには初めてカリー兄弟が揃って参加したが、2人とも優勝には手が届かなかった。

 ところが、カリー一家総出で出場したオールスター・ウィークエンド初日のイベントでは、何とソーニャがハーフコートから見事なアンダーハンドシュートを命中させ、観客を大いに沸かせた。先の質問に対する正しい回答は、デルでもステフでもセスでもなく“ソーニャ”なのかもしれない。

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2013年12月号掲載原稿に加筆・修正
 

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