“神様”ジョーダンが背負い、現在は“キング”レブロンが着用。スーパースターに引き継がれる23番の歴史【NBA背番号外伝】

“神様”ジョーダンが背負い、現在は“キング”レブロンが着用。スーパースターに引き継がれる23番の歴史【NBA背番号外伝】

23番をバスケットのエースナンバーに昇華させたジョーダン。同番号を選んだ理由は、45番の兄の半分より少しでも上手くなりたいという思いからだった。(C)Getty Images

背番号23がマイケル・ジョーダンの番号であることは、NBAファンなら誰もが知っている。では、ジョーダンの憧れのNBA選手はデイビッド・トンプソンだったのに、なぜ彼は23番を選んだのか。それは兄ラリーの背番号が45で、「兄の半分より少しでも良い選手になりたい」との思いからだった。93年に一旦引退した後、95年に復帰した際に23番ではなく45番で現われたのもそれが理由だ。

「NBAの全球団が23を永久欠番にすべきだ」と発言したのはレブロン・ジェームズ(レイカーズ)だが、確かにそれぐらいの重みをもつ番号である。ブルズで欠番になっているのはもちろん、最後に2年間在籍したウィザーズでも、欠番にこそなっていないものの、ジョーダン以降は誰もつけていない。
  このほか、なぜか彼のとは縁もゆかりもないヒートでも、パット・ライリー球団社長の思いつきで欠番となっている。キャブズ時代に23番だったレブロンはヒート在籍時に6番に変更したが、もしヒートで欠番になっていなかったら、23番をつけていたかもしれない。高校でも23番で、その理由は言うまでもなくジョーダンに憧れていたから。高校の得点記録を塗り替えたレブロンの23は、彼の在学中に欠番になることが決まったという伝説がある。ヒートからキャブズへ復帰した15年に23番に戻し、レイカーズでも継続している。

 レブロンを含め、近年23番をつけていた選手はほぼ全員が、ジョーダンへのリスペクトを込めてこの番号を選んだのはほぼ間違いない。ジョーダン同様、オールスターのダンクコンテストを制したジェイソン・リチャードソンも、14年間のキャリアで一貫して23番。92年に目隠しダンクで優勝者となったセドリック・セバロスもそうだった。

 シカゴ育ちのアンソニー・デイビスにとっても、当然23は思い入れのある数字で、ペリカンズではこの番号だったが、レイカーズ移籍時もレブロンから譲ってもらう約束だったが、レブロンのスポンサーであるナイキに認められず、渋々3番に決めた。
  何度も背番号を変え続けたリーグきっての奇人メッタ・ワールドピースは、まだロン・アーテストの名前だったペイサーズ時代の02〜04年に23番。その後は敬意の対象をデニス・ロッドマンに変えて91番となった。

 ワールドピースとプレースタイルが似ていて、一言多い点も共通するドレイモンド・グリーン(ウォリアーズ)もこの番号。ただしジョーダンではなく、ミシガン州立大の先輩であるリチャードソンに憧れて選んだものだった。お騒がせ男の系譜ではホーネッツ時代のJR・スミス、そしてウルブズとシクサーズでチームメイトと揉めたジミー・バトラー(ヒート)も、両球団に在籍時は23番だった。

 ジョーダンが登場する以前から、23番には優秀なスコアラーが多かった。1970年代にホークスで活躍し、7年連続で平均20点以上を記録したルー・ハドソン、ロケッツのPGを務めたカルビン・マーフィーがその代表格。マーフィーは身長175pと小柄だったが、アシストよりも果敢にゴールを狙い大量得点を稼ぎ出した。フリースローの達人としても有名で、ハドソンともども欠番になっている。さらに遡ると、セルティックス黄金時代を支えた選手の一人フランク・ラムジーも55〜64年までこの番号を背負い、永久欠番第1号となった。また主にネッツで活躍したジョン・ウィリアムソンは45歳の若さで亡くなり、23番は同球団の欠番となっている。
  84年のロサンゼルス五輪でジョーダンとチームメイトだったウェイマン・ティスデイルも、12年間23番をつけ続け、44歳で早逝。ノーム・ヴァンライアーは2番の期間が長かったが、72年にブルズの初代23番となった。その後ブルズではジョーダン入団までに5人の選手が23番をつけたが、いずれも大成はしなかった。ジョーダン絡みでは、ロッド・ヒギンズもキャブズ時代の1年のみ23番。ブルズ時代のチームメイトでゴルフ仲間でもあるジョーダンがボブキャッツ(現ホーネッツ)のオーナーに就任した際には、GMとして抜擢された。

 そのほかの23番では、コビー・ブライアントの父ジョーがシクサーズ、クリッパーズ時代を通じて、かつてジャズで指揮を執ったタイロン・コービンがホークス時代以外はすべてこの番号。80年代にナゲッツで活躍したTR・ダンは最高でも平均8.2点止まりの選手だったが、守備の達人として知られていた。ナゲッツでは06〜08年に3年連続ブロック王のマーカス・キャンビーもそう。変わったフォームでシュートを決め続けたケビン・マーティン。2011年にはアル(当時ウォリアーズ)とマーカス(当時キングス)のソーントン兄弟が揃って23番をつけていた。

 現役ではシックスマンの代名詞となったルー・ウィリアムズ(クリッパーズ)がキャリアの大半で23番。ラプターズの欠かせない戦力になったフレッド・ヴァンブリート、ピストンズ移籍後は今ひとつのブレイク・グリフィンの名前も挙がる。

文●出野哲也
※『ダンクシュート』2013年5月号掲載原稿に加筆・修正。

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