ドラフト1位指名の栄光から急転落、そして再び這い上がったグレッグ・オーデン。“失敗作の代表例”となった男の波瀾万丈な人生に迫る

ドラフト1位指名の栄光から急転落、そして再び這い上がったグレッグ・オーデン。“失敗作の代表例”となった男の波瀾万丈な人生に迫る

度重なる故障でキャリアを棒に振った元ドラ1のオーデン。“失敗作”の代表例となってしまった男は今、どのような人生を送っているのか。(C)Getty Images

2019年ドラフト1巡目1位指名のザイオン・ウィリアムソン(ニューオリンズ・ペリカンズ)は、右ヒザ半月板損傷により開幕から44試合を欠場。サマーリーグの時点から故障続きで、今季のデビューすらも危ぶまれた時期に懸念されたのが、“グレッグ・オーデンの悪夢”の再現とならないか、ということだった。

 2007年のドラ1としてNBA入りしながら、実働わずか3年で姿を消し、今や失敗例の代表格として挙げられてしまっている。そんな“ガラスの大器”オーデンの今とは――。

 1988年1月22日にニューヨーク州バッファローで生まれたオーデンは、その後インディアナポリスに引っ越す。12歳の頃にマイク・コンリー(ユタ・ジャズ)と出会うと、ローレンスノース高校で強力コンビを結成しチームを牽引。2004年からの3年間で103勝7敗と圧倒的な成績を残し、3年連続でインディアナ州チャンピオンに輝いた。
  瞬く間にNBAスカウトも注目する存在となったなか、進学したオハイオ州大では1年生ながら先発センターとして平均15.7点、9.6リバウンド、3.28ブロックをマーク。その才能は“世代に1人”とまで言われ、同大ヘッドコーチ(HC)のサド・マッタは「歴代で最も偉大なバスケットボール選手の1人になるだろう」とまで称賛していた。

 アーリーエントリーした2007年のドラフトでは、全体1位でポートランド・トレイルブレイザーズから指名を受ける(2位はケビン・デュラント/ブルックリン・ネッツ)。4年総額2200万ドル(現在のレートで約24億5000万円)の大型契約を結び、ブランドン・ロイとともに再建を図るチームの中心選手となるはずだった。

 しかし、開幕前に右ヒザ関節の軟骨に損傷があることが判明。急遽マイクロフラクチャー手術(軟骨に小さい穴を開けて出血させて治癒を促す)を受け、結局ルーキーイヤーは全休を余儀なくされた。

“実質1年目”となった2008−09シーズンは開幕戦に先発するも、再びヒザの故障に苦しみ、61試合の出場で平均8.9点、7.0リバウンド。迎えたキャリア2年目も2009年12月、今度は左ヒザの膝蓋骨を骨折し、残りのシーズンを棒に振る。2010−11シーズンも全休となり、そのまま復帰の目途が立たず。最終的に受けた手術は、マイクロフラクチャー3回を含む計7度。そして2012年3月15日、ついにブレイザーズから解雇された。
  3年間のブランクを経て2013−14シーズンにマイアミ・ヒートと契約するも、23試合の出場で平均2.9点、2.3リバウンドにとどまり、シーズン終了後に解雇。実働わずか3年、通算105試合に出場し平均8.0点、6.2リバウンドという寂しいキャリアスタッツを残し、NBAの舞台から姿を消した。

 2014年には、元交際相手の顔面を殴ったとして暴行容疑で逮捕。2015年からは中国でプレーし、2016年10月に28歳で現役生活にピリオドを打っている。

 中国から帰国後にはうつ病となり、アルコール依存症や麻薬性鎮痛薬の一種であるオピオイドを服用していたことも明かしていたオーデン。人生のどん底から這い上がるきっかけとなったのは、2017年に母校オハイオ州大に戻り、2年生として学業を再開させたことだった。

 カレッジレベルで指導者になることを見据え、条件となる学位取得のために復学を決断。バスケットボールチームの学生コーチを務めながら、2019年5月に見事卒業を迎えた。プライベートでも2017年にガールフレンドのサブリナさんと結婚し、子宝にも恵まれている。
 「プレーしなくなって、人生の中心がバスケットボールじゃなくなった。バスケットボールを奪われた時『俺は誰なんだ?』『何をしたいんだ?』『何をするのが楽しいんだ?』と考えたよ。俺には学校に行くという“言い訳”があった。でも、小さな娘(3歳のロンディンちゃん)と家族がいたから、いい父親にもなりたかったし、家族を養いたかった。バスケットボールは新しいことにチャレンジし、何をすれば楽しめるか学ぶゆとりを与えてくれたよ。俺が最も愛するのは家族。みんなと一緒に家にいる時間を与えてくれるものを見つけたかったんだ。それが俺の最優先事項さ」

 2018年には優勝賞金200万ドル(約2億2200万円)を懸けた夏のトーナメントに参加すると、昨年は3対3のプロリーグ「BIG3」にも出場。2019年11月に金融業界へ転身し、現在は企業のファイナンシャルアドバイザー(財務顧問)を務めている。

「ボルティモアに拠点を置く『Edyoucore Sports & Entertainment』という金融教育の企業で、アスリートアドバイザーを務めている。毎日楽しんでいるよ。俺はアスリートたちに、『キャリアがいつ終わるかわからないから、支出に関してもっと意識するように』と話している。貯金して、できるだけ多くのお金を確保しておくことを勧めているんだ」
  NBAでは、過去にもサム・ブーイ(1984年1巡目2位/元ブレイザーズほか)やマイケル・オロウォカンディ(1998年1巡目1位/元ロサンゼルス・クリッパーズほか)といった選手が、ドラフト上位で指名されながらもまったく活躍できずに表舞台から姿を消した。大半のNBAアナリストは、彼らを引き合いに出しながらオーデンを“最大の失敗作”や“期待外れ”と呼ぶ。かつてはそういった揶揄に心を痛めていたオーデンだが、今では一切気にしていないという。

「そうした批評をほとんど読んでいない。最初の3つくらいは読むかもしれないが、下にスクロールしてまで気にすることはない。正直、昔は俺のことを語るうえで、よく“失敗作”というワードが使われたものだった。俺は期待外れだったかもしれないが、それはほかの連中の私見でしかない。俺にはチャンスがあった。だから、そこで上手くいなかったのは残念だった。期待されていた結果にはならなかったけど、昔は優秀なバスケットボールプレーヤーだったと思う」
  オーデンは自分のキャリアについて、「YouTubeにアクセスして『グレッグ・オーデンのハイライトビデオ』と打つと、一番上には『グレッグ・オーデン:失敗作?』というタイトル(の好プレー集)が出てくる。それを観てくれ。俺も実際に何度も観たけど、気分が良くなるよ(笑)」と笑いを誘った。そして、同じドラフト全体1位指名のザイオンへ、次のようにアドバイスを送っている。

「ザイオンというブランドを築き上げてほしいね。でも、俺が一番言いたいのは、『一瞬一瞬を楽しんで!』ということ。周囲の雑音をあまり深刻に受け止めないでいい。楽しみながら、さらに成長できるようにトレーニングを続けてほしい」

 グレッグ・オーデン、32歳。高校でHCとして第2の人生を歩む元同僚ロイとはまた違った形で、自分の居場所を見つけている。

構成●ダンクシュート編集部

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