【名作シューズ列伝】グラント・ヒルの初代シグネチャー「GRANT HILL MID」。FILAが誇る伝説のモデルが凡庸BOXになったワケ

人に歴史あり。バスケにスーパースターあり。スーパースターにシグネチャーモデルあり。シグネチャーモデルにBOXあり!

 第5回は、1994年にFILAからリリースされたグラント・ヒルのファーストモデル「GRANT HILL MID」。そのBOXのお話。

 1972年、NFLダラス・カーボーイズのランニングバックとして活躍したカルビン・ヒルと、ウェルズリー女子大時代にヒラリー・クリントンのルームメイトだった母の間に生まれたヒルは、名門デューク大に進学。1、2年時にはNCAAチャンピオンに輝くなど、10代の頃から全米のプリンスとして注目を集めていました。

 1994年のドラフト3位でデトロイト・ピストンズに入団すると、球団関係者は1980年代後半にタフなディフェンスで一世を風靡した“バッドボーイズ”のダーティーなイメージを払拭するため、チームロゴやユニフォームをヒルに合わせて一新させる一大プロジェクトを敢行したのです。

 さらに激アツだったのがシューズメーカーの契約争い。最終的に大穴のFILAがヒルの争奪戦を制し、その年の売り上げを業界2位に押し上げました。NIKEの役員が契約を逃したことに怒りを爆発させたことは半ば伝説として語り継がれています。



 シューズのデザインを担当したのは元NIKEのデザイナーと言われており、作りはどことなく「AIR JORDAN9」を彷彿とさせます。
  また、特筆すべきはその価格。「GRANT HILL MID」は1万800円とほかのメーカーのバッシュに比べて安く、お買い求めやすかったことも世界的ムーブメントを起こした要因と言えるでしょう。



 以上の要素を頭に置きながらBOXを見てみましょう。前回のジャマール・マッシュバーンの「THE MASH」で、“FILAのBOXは白と紺がデフォルト”と紹介しましたが、「THE MASH」がスペシャルBOXなのに対してヒルは凡庸BOXです。

 恐らくFILAはヒルのモデルをいち早くリリースしたいと思い、BOXまで手が回らなかったのでしょう。その証拠にシグネチャー完成前にヒルが履いていたのは「SPOILER MID」というテニスシューズ。いかにブランドが急ピッチで製作を進めていたことが分かります。

 低価格と早期販売。FILAの伝説のモデルがこのようなしがらみで世の中に登場したと思うと、汎用BOXも味わい深く見えてくるから不思議です。



 FILAの場合、BOXだけでなくシューズに付いている“紙のタグ”も注目ポイントです。正直マークとしての完成度は高くありませんし、ヒルのシュートフォームを象ったシルエットも中途半端感が否めません。しかし、それを堂々と厚紙に印刷しタグとして活用することで、シグネチャーとしての体裁を整えるその手腕には脱帽せざるを得ません。
  ここにFILAのマーケティング戦略のすべてが表われていると言っても過言ではありません。最小限の投資で最大の効果を生み出す。BOXデザインを経営視点で楽しめると思います。

 その後ヒルは、マッシュバーンに代わってFILAの顔になり、NBAでも“NEXTジョーダン”の最右翼として着実に地位を築いていきます。しかし2000年に加入したオーランド・マジックでは相次ぐケガで長期離脱を強いられ、プレーヤーとしての絶頂期を棒に振ってしまいました。
  それでもヒルは懸命にリハビリに励んで復帰。30歳を超え、ピストンズ時代のような切れ味鋭いドライブや、豪快なダンクを見せる機会は少なくなりましたが、スター選手をサポートするロールプレーヤーとして評価を高め、2013年まで現役を続けました。

 1995年新人王、1997年オールNBAファーストチーム、オールスターゲーム出場7回……。NBAキャリア初期の華やかなりし時をともに過ごした「GRANT HILL MID」のBOXをご賞味あれ。

文●西塚克之

【著者プロフィール】
西塚“DUKA”克之/日本相撲協会公式キャラクター「ハッキヨイ!せきトリくん」の作者として知られる人気イラストレーター。入手困難なグッズやバッシュを多数所有する収集家でもあり、インスタグラム(@dukas_cafe)では、自身のシューズコレクションを公開中。ダンクシュートでは名作シューズ列伝『SOLE&SOUL』を連載している。

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