ピッペンが今季序盤にブルズのアドバイザーから解雇されていたことが発覚!公表が遅れた理由は?

ピッペンが今季序盤にブルズのアドバイザーから解雇されていたことが発覚!公表が遅れた理由は?

2012年からブルズのアドバイザーを務めていたピッペンだが、今季序盤に解雇されていたことが4月に入って発覚した。(C)Getty Images

4月13日(日本時間14日、日付は以下同)、シカゴ・ブルズはバスケットボール運営部門のエグゼクティブバイスプレジデントに、デンバー・ナゲッツでゼネラルマネージャー(GM)を務めていたアルトラス・カルニショバスが就任したことを発表した。

 これに伴い、組織を一新させることになったブルズは、ガー・フォアマン前GMを解雇。バスケットボール運営部門代表を務めていたジョン・パクソンを、運営部のシニアアドバイザーにスライドさせた。

 リトアニア出身のカルニショバスは、これまでNBAのバスケットボール運営部門で働いたほか、ヒューストン・ロケッツ、ナゲッツでフロントを歴任。ナゲッツを強豪の地位に押し上げた、陰の功労者と言っていい人物だ。

 メディアとの電話会議に出演したカルニショバスは「これは私の夢だった。最終的な目標はもちろん、すべてのNBAチームのゴールでもあるが、チャンピオンシップをシカゴの街にもたらすことだ」と言及。フランチャイズ史上7度目の優勝を果たすべく、ブルズが新たな方向へと進む瞬間になったと言っていいだろう。
  先日、インスタグラムでフィアンセとの婚約を発表したチームのエース、ザック・ラビーンは、翌14日にミネソタ・ティンバーウルブズ在籍時のコーチ、サム・ミッチェルとNBAのインスタライブに登場し、この件について自身の思いを口にした。

「俺は勝ちたいんだ。(勝利するためなら)どんなことでもやってみせる。俺は今シーズン、自分ことをオールスターだと思っていた。昨シーズンも同様にね。今の俺は、何が何でも勝ちたい。それがすべてだと思っている」

 その一方で、ブルズの組織内で新たな事実が発覚した。

 チームのホームページ内の「STAFF DIRECTORY(球団職員一覧)」には、バスケットボール運営部門代表とCOO(最高執行責任者)へのスペシャルアドバイザーとして、OBのスコッティ・ピッペン、トニー・クーコッチ、ホーレス・グラントの名前が載っている。1990年代に黄金期を築き上げたブルズにおいて、ピッペンはマイケル・ジョーダンとともにブルズを2度の3連覇に導き、クーコッチは後期(1996〜98年)、グラントは前期(1991〜93年)のスリーピートに主力として貢献。ブルズというフランチャイズにおいて、勝利を体現してきたレジェンドたちだ。
  ところが、今季序盤にピッペンがその役職から解雇されていたことが判明。15日に『Sports Illustrated』へ掲載された記事によると、ピッペンは今年2月のオールスター前に収録した『The Chicago Tribune』とのポッドキャストで「私は今シーズン、解雇されたんだ」とコメントしていたとのこと。この事実が公開されるまでなぜ2か月間もかかったのかというと、ピッペンが「そのことを公に出したくなかったんだ。でも、私はもはやブルズに雇われてはいない」と語っていたからだという。

 ピッペンは『ESPN』の“The Jump”という番組でアナリスト兼コメンテーター役を務めており、最近はメディアにも顔を出すようになったのだが、ブルズのアドバイザー解任という背景があったからのようだ。
  今季を含めた直近3年は勝率4割にも届いておらず、苦しいシーズンが続いている古巣に対し、ピッペンは再建に向けてこんな言葉を残していた。

「彼らには成長する見込みがある若手が何人かいると感じている。だから彼らを批評するつもりはない。でもあのチームが毎晩競い合おうとするなら、もっとタレントが必要だし、何人かフリーエージェントを獲得しなければいけないと私は思うね」

 フランチャイズ史上7度目の優勝を目指し、新たに動き出したブルズ。「私はシカゴ・ブルズを見て育ってきた。リトアニア出身の子どもにとって、ブルズはアメリカのバスケットボールとNBAを象徴する存在だった」と話していたカルニショバスにとって、優勝経験を持つOBの存在は貴重なだけに、ピッペンを再びブルズのフロントに呼び戻す可能性もあるのではないだろうか。

文●秋山裕之(フリーライター)

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