ジュニアで表彰台の常連だった本田真凜が、シニア参戦で目の当たりにした、越えなければならない"壁"

ジュニアで表彰台の常連だった本田真凜が、シニア参戦で目の当たりにした、越えなければならない"壁"

ジュニアでは表彰台の常連だった本田が、シニアでは大きな壁と戦っている。写真:金子拓弥(THE DIGEST写真部)

2019年−2020年シーズン(今季)の最終戦だった3月の世界フィギュアスケート選手権が、新型コロナウイルス感染の世界的流行によって中止となり、話題豊富だった今季が中途半端に終わるという幕切れとなった。そんなフィギュアスケート界の中で、今季も変わらぬ人気を集め、一挙手一投足が注目されたスケーターがいた。それが、2016年世界ジュニア選手権女王で18歳の本田真凜だ。今春、高校を卒業して明治大学(政治経済学部)に進学し女子大生になった。

 本田は18年春から練習拠点を米国・ロサンゼルスに移し、世界王者のネイサン・チェン(米国)が指導を受けるラファエル・アルトゥニアンコーチを師事している。彼女が越えようとしている壁、それは『ジャンプ』だ。

 今季は国内大会にも積極的に出場し、日本男子フィギュア界を長らくけん引したソルトレークシティー五輪4位の本田武史コーチからもジャンプ指導を仰いだ。シニア4シーズン目となる来季も、これまで通り日米を行き来しながらスケートと学業の両立を目指すことになりそうだ。
  ジュニア時代の本田は、15年ジュニアグランプリ(GP)ファイナルで銅メダルを取り、16年世界ジュニア選手権では優勝を飾り、翌17年の世界ジュニア選手権でも銀メダルを獲得するなど、ジュニアの国際大会ではメダルの常連だった。

 その勢いに乗って、18年2月開幕の平昌五輪(韓国)が控える17年−18年シーズンに満を持してシニアデビューを果たした。「日本代表として平昌五輪に出場する」という最大の目標を掲げ、ジュニアで活躍した自信を持ってシニア勢に挑んだが、それはすぐに打ち砕かれた。シニア大会の初陣となったシーズン初戦のUSインターナショナルを制したものの、GPシリーズ2大会で表彰台に上れず、いずれも5位とつまずく。平昌五輪代表選考会を兼ねた17年の全日本選手権でも好結果を出せずに7位に終わり、夢舞台への切符を逃した。

 練習環境を変えて心機一転で臨んだ翌18年−19年シーズンも、不甲斐ない成績が並び、GPシリーズ2大会の成績は8位と6位に留まり、18年の全日本選手権は自己最悪の15位に沈む。そして、復活を期して臨んだ今季だったが、昨季同様に不振からなかなか脱出できなかった。
 
 シーズン初戦だったGPシリーズ第2戦のスケートカナダでは、大会直前に不運にも交通事故に見舞われた。首や脚などを負傷し、痛みを抱えながらも強行出場して6位となる頑張り屋な一面も見せたが、GP第4戦の中国杯では7位に終わった。シニアのGP大会ではまだ一度も表彰台に立てていない。
  5年連続出場となった昨年12月の全日本選手権では、合計181.34点の8位。救いは「会心の演技だった」と振り返るショートプログラム(SP)だった。6位発進となったが、フリーでは冒頭の3回転ルッツを失敗すると、後続のジャンプで回転不足のミスを連発して、ジャンプ修正の課題克服はまだ道半ばだということをうかがわせた。

 実際、18年春から指導するアルトゥニアンコーチは、練習に取り組む本田を見て、彼女のジャンプやスケートを修正するには根気よく指導して3年くらいの時間が掛かるだろうと言っていた。また、幼少時から本田を指導してきた濱田美栄コーチは、シニアデビュー戦となったスケートカナダにて愛弟子だった本田の結果に、「練習嫌いで気分屋さん。反復練習ができない甘さがある」と叱咤激励していた。「シニアで通用できるような練習をきちっとできていない」と、100パーセントの練習を積み上げられない本田が、試合で結果を残せるはずがないと厳しい見方を示していた。
  昨年7月のシーズン開幕前の強化合宿では、本田はこんなことを話していた。

「ジュニアやノービスの時代は本当に試合が楽しみで、試合が好きで、試合だけ頑張ろうという感じだったんですけど、やっぱりシニアに上がってからは練習と試合で気持ちの部分がすごく違ってしまった。今は、あまりいい演技ができていないので、それを変えていきたいし、自信を持てる演技ができるようになりたい」

 練習嫌いだった自分を反省して心を入れ替えたのだろうか、復調の兆しが見えた昨年の全日本選手権ではこう口にしていた。

「不安な気持ちを消してやれば実力を発揮できる」
「自分の演技が戻ってきているので、ジュニアのときのような演技をしたい」
「不安な部分が1つもない練習をしてきたので、試合でおどおどしないように楽しんでできればいい」

 2月に開催されたISU認定国際B級大会、ババリアンオープンで宮原知子に続き、2位となるが、全体的には不本意であろう成績でシーズンを終えた本田だが、引っ張りだこのアイスショーではその類い希な表現力と華やかな輝きを放ち、耳目の的で人気スケーターとしてその地位を確立している。

 また、まだジュニアで有望株の段階だった16年には日本航空(JAL)とスポンサー契約を結び、18年7月にはJALのアイススケート部と所属契約を交わすなど、メディアで取り上げられる知名度の高さと比例するように様々なサポートを受けている。
  163センチで均整の取れたスタイルを持つ本田は、自分をどう見せればいいかをわかっている天性の才能が兼ね備わっていると言ってもいい。衣装の着こなしも抜群で、その華やかさと可憐さのある表情とポーズの取り方は洗練されており、プログラムを演じる表現力はその感受性の豊かさからくるのだろうか、見る者を魅了する。試合の内容や結果が悪かった時でも、報道陣の質問に悔し涙を流しながらもきちんと答えたり、振る舞いも常に自然体だったりと、その性格と育ちの良さがうかがえる人柄でもある。
  とにかく、今は失った自信を取り戻すことが重要だ。それをつかむためには本田自身がやるべきことは何かをしっかりと見つめ直し、同じ競技に取り組んでいる兄妹や、海外遠征に帯同してサポートする父親ら家族、応援してくれるファンとスポンサーの力も借り、その壁を越えていくしかない。

「楽しいなっていう気持ちは変わらないので、ジャンプの苦手意識を振り払い、すべてがうまくはまる時が来るまで頑張っていきたいと思います」という本田。諦めることなく、これからも突き進んでもらいたい。

文●辛仁夏 YINHA SYNN
1990年代に新聞記者となり、2000年代からフリーランス記者として取材活動を始め、現在に至る。フィギュアスケート、テニス、体操などのオリンピック種目からニュースポーツまで幅広く取材する。

【本田真凜 PHOTO】完璧な演技に感涙!「自分らしいスケート」を取り戻し6位発進!
 

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