ガーネット、ウォーレスをはじめ、キャリア15年以上の“古強者”を多数輩出した1995年【NBAドラフト史】

ガーネット、ウォーレスをはじめ、キャリア15年以上の“古強者”を多数輩出した1995年【NBAドラフト史】

20年ぶりに高校から直接NBA入りした選手となったKG。その後順調に成長し、2004年にはMVPを受賞した。(C)Getty Images

■1995年ドラフト組からは15年選手が8人も誕生

「このリーグで10年間サバイブする(生き残る)だけでも大したものだ」

 ずいぶん前に、NBAの試合中継で現地コメンテーターが語っていた言葉である。主要選手のキャリア10年オーバーはさほど珍しいことではなく、その時は今ひとつピンとこなかったが、ドラフトされた選手のキャリアをいろいろ調べていると、その言葉の持つ意味がよくわかってくる。

 子どもの頃から将来を嘱望され、夢のNBAからドラフトを受けたはいいものの、数年でリーグからドロップアウトする選手がいかに多いことか。調べてみたところ、まずドラフトされた選手のうち、1秒でも公式戦でプレーできた選手は約4割。6割はスタートラインにすら立てていない。

 そして2013年に『USA TODAY』に掲載されたデータによると、NBA選手の平均キャリアは4.8年だそうである。選手寿命は年々延びており、掲載時から7年を経た今はいくぶん長くなっているかもしれないが、まあ大差はないだろう。その数字は、NBAでの競争の熾烈さや、世界最高峰のバスケットボールリーグで長年に渡りプレーし続けることが、どれだけ難しいかを如実に物語っている。
  NBAで10年間サバイブすることが称賛に値するなら、15年以上生き永らえ、35歳過ぎまでプレーできたら、それはもう一大快挙と言っていいだろう。今回紹介する1995年のドラフト組からは、そんな古強者が8人も誕生している。その数は、カール・マローン、チャールズ・オークレー、パトリック・ユーイングらを輩出した1985年の10人、ケビン・ウィリス、ジョン・ストックトン、アキーム・オラジュワンらを世に送り出した1984年の9人に次ぐ多さだ。

 8人のうち最も長いキャリアを送ったのが、このドラフト組の出世頭、ケビン・ガーネット(以下KG)である。2015−16シーズンを最後にユニフォームを脱いだKGは、歴代2位タイとなる21シーズンのキャリアを過ごしている。NBA在籍21年ともなると、古強者や大ベテランといった言葉を通り越して、もはや人間国宝、仙人のレベルだ。

■20年ぶりの高卒NBA選手を目指す、KGに注目が集まる

 1995年6月28日、アメリカ国外では初の開催となるNBAドラフトが、トロントのスカイドームで行なわれた。1995−96シーズンからリーグに加わったエクスパンションチーム、トロント・ラプターズとバンクーバー(現メンフィス)・グリズリーズにとって、初めてのドラフトである。

 なお、その新設2チームによるエクスパンション・ドラフトがその4日前に実施され、コイントスに勝ったグリズリーズがNBAドラフトの高い指名順位を選び(6位)、負けたラプターズがエクスパンション・ドラフトの優先権を手にしている。
  この年のドラフトロッタリーは、高確率順にクリッパーズ、ブレッツ(現ウィザーズ)、ウルブズ、シクサーズ、ウォリアーズとなっていた。抽選の結果、5番目の確率(9.4%)だったウォリアーズが1位指名権を奪取。2位クリッパーズ、3位シクサーズ、4位ブレッツ、5位ウルブズに指名順が確定する。

 ドラフト1位候補は、そのシーズンのネイスミス賞をはじめ、最も多くのアウォードを受賞したメリーランド大2年のジョー・スミス。続いて、激戦区アトランティック・コースト・カンファレンス(ACC)のリバウンド王に輝いたアラバマ大2年のアントニオ・マックダイス、ファイナル4進出の原動力となったノースカロライナ大2年のジェリー・スタックハウスとラシード・ウォーレスらの上位指名が確実視されていた。

 そして注目選手がもう1人。20年ぶりに高校から直接NBAに挑戦する、弱冠19歳のガーネットである。

 南部のサウスカロライナ州で生まれ育ったガーネットは、中学からバスケットボールを始め、高校で初めて組織的なプレーを体験するという、他の子どもたちよりだいぶ遅れてのスタートだった。それでも高校生離れしたサイズと運動能力、そして天賦の才を授かったガーネットは、すぐさま頭角を現わし、州のミスターバスケットボールに選出される。
  だが最終学年を控えた春、校内で黒人生徒が白人生徒に対して起こした暴行事件により3人が逮捕され、ガーネットもその中の1人に含まれてしまう。本人は事件に関与していなかったと主張するも、この一件は順風満帆だった彼のバスケットボール人生に暗い影を投げかけた。

 事件の数か月後、シカゴで開催されたナイキのサマーキャンプにKGは参加した。そこで出会ったコーチや選手の勧めもあり、心機一転を図るべく、ガーネットは母や妹と一緒にシカゴに移り住む決意をする。

 転校先のファラガット・アカデミー高でもずば抜けたプレーを披露し、マクドナルド・オールアメリカンのMVPを獲得すると、ガーネットへの注目度は一段と増していった。最終学年の成績は平均25.2点、17.9リバウンド、6.7アシスト、6.5ブロック。1つのクォーターだけでトリプルダブルを達成したこともあった。

 当時のガーネットを知る人物に、ナイキの重役を務めていたスニーカー界の大物、ソニー・バカーロがいる。彼が2016年に語ったところによると、KGは憧れていたミシガン大への進学も考えていたそうだ。しかし、大学進学のために必要な適性試験の点数が足りなかったこともあり、プロ入りを決断するに至ったのだという。

 そんなガーネットの挑戦を、精神的にも肉体的にも未成熟であるとして、一部の人々は懐疑的に見ていた。ドラフト直前に発売された『スポーツ・イラストレイテッド』誌の表紙をガーネットが飾っている。そこに書かれたメインコピーは、READY OR NOT…?。
 ■地元ラプターズは小兵PGのスタッダマイアーを指名

 ドラフト当日、上位指名に波乱は起こらなかった。1位スミス、続いてマックダイス、スタックハウス、ウォーレスの名前が順当に読み上げられる。4人とも2年生で、トップ3を2年生が独占するのは史上初めての出来事だった。そして注目のガーネットは、5位でウルブズへ。

 7位ラプターズの指名選手が発表される直前、会場はこの日一番の盛り上がりを見せる。会場に詰めかけたラプターズファンが、We want Ed!?の大合唱を繰り広げたのである。

 その年のNCAAトーナメント決勝で30点をマークし、UCLAに20年ぶりとなる優勝をもたらしたエド・オバノンの獲得を、トロントのファンは熱望した。トーナメントの最優秀選手賞のほか、最も権威ある賞とされるジョン・ウッデン・アウォードを受賞し、健康体ならトップ5以内で選ばれてもおかしくない逸材だったが、左ヒザに故障を抱えていたこともあり6位までスルーされていた。

 だが、ラプターズはエクスパンション・ドラフトでブルズのPG、BJ・アームストロングを指名していたにもかかわらず、アリゾナ大4年のスコアリングPG、デイモン・スタッダマイアーを指名。すると、会場にはブーイングの嵐が吹き荒れた(最終的にアームストロングはラプターズへの入団を拒否)。
  指名直後のインタビューで、TNTのインタビュアーが「ある程度時間がかかるだろうけど、ブーイングを声援に変えてみせてよ」と促すと、「もちろんそうなるように努めるよ」と冷静に意気込みを語ったスタッダマイアー。ルーキーシーズンに見事新人王を獲得、地元トロントのみならず全米で人気を博し、有言実行を果たしてみせたのだった。スタッダマイアーの身長は178p、史上最も背の低い新人王である。

 一方、9位でネッツに入団したオバノンは、ヒザの故障や自信の喪失、ホームシックなどを理由に、わずか2年でNBAからドロップアウト。ヨーロッパや南米のプロチームを転々とした後、2004年に引退を表明した。また、8位でブレイザーズから指名されたショーン・レスパートも、4シーズンでリーグから姿を消している。

 1位指名の栄誉を授かったスミスは、ウォリアーズで期待に違わぬプレーを見せたものの、地元の東海岸に戻りたいと主張、2年半でシクサーズにトレードされた。その後も移籍を繰り返し、ロールプレーヤー、そしてジャーニーマンへと成り下がっていく。NBA在籍16年間で、歴代最多タイ記録となる12チームを渡り歩き、今では外れドラ1?にカテゴライズされている。
  マックダイス、スタックハウス、ウォーレスの3人は、それぞれ独自のスタイルを確立し、オールスターにも繰り返し選出され、NBAに確固たる爪痕を残した。特にウォーレスは、リーグきってのやんちゃ坊主として名を馳せ、歩くテクニカルファウル?と称されるほどだった。
 
 感情をコントロールできず、キャリア通算317個のテクニカルファウルはNBA歴代3位。審判に悪態をつきまくる傍若無人な姿に一部の人々は眉をひそめたものの、感情むき出しのまるで悪ガキのような様は見ていて憎めない部分もあり、多くのファンを獲得した。

 冒頭で述べた、NBAで15年以上プレーした1995年組の選手は次の通り。KG(21年)、スタックハウス、カート・トーマス(18年)、ウォーレス、ジョー・スミス、ティオ・ラトリフ(16年)、マックダイス、マイケル・フィンリー(15年)。

 この年のドラフト組で、NBA入りを果たした計50人の平均キャリア年数は7.5年。前出の『USA TODAY』のデータ(4.8年)に比べれば、だいぶ長いほうだろう。その記事には他のメジャープロリーグの年数や収入に関するデータも載っており、多少古い数字ではあるが、比較するとなかなか興味深い。
 ・NBA(バスケ)平均サラリー:515万ドル/年×平均キャリア年数:4.8年=生涯賃金:2470万ドル
・MLB(野球)平均サラリー:320万ドル/年×平均キャリア年数:5.6年=生涯賃金:1790万ドル
・NHL(アイスホッケー)平均サラリー:240万ドル/年×平均キャリア年数:5.5年=生涯賃金:1320万ドル
・NFL(アメフト)平均サラリー:190万ドル/年×平均キャリア年数:3.5年=生涯賃金:670万ドル
・MLS(サッカー)平均サラリー:16万ドル/年×平均キャリア年数:3.2年=生涯賃金:50万ドル

 参考までに、北米で最も人気のあるプロスポーツといえば、これはもうダントツでアメフトだ。ギャラップ社が2017年に行なったアンケート調査によると、好きなプロスポーツの1位がアメフトで37%、2位バスケ11%、3位野球9%、以下サッカー、アイスホッケーと続いている。

文●大井成義

※『ダンクシュート』2016年3月号掲載原稿に加筆・修正。
 

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