【名作シューズ列伝】名パサーのストックトンがビッグマン向けのモデル「AIR BALLISTIC FORCE HIGH」を着用した理由

人に歴史あり。バスケにスーパースターあり。スーパースターにシグネチャーモデルあり。シグネチャーモデルにBOXあり!

 初代ドリームチームのシグネチャーモデル第4弾、本編9箱目は、アスレティック型ビッグマンのデイビッド・ロビンソンと、名パサーのジョン・ストックトンが着用した「AIR BALLISTIC FORCE HIGH」のお話です。



 ロビンソンは高校卒業後に海軍士官学校に入学。1987年にネイスミス賞とウッデン賞を受賞するなど高い評価を受け、同年のドラフト1位でサンアントニオ・スパーズから指名されました。しかしプロ入りはせず2年間義務軍役期間を務め、海軍中尉で軍を退役後の89年にデビューという特殊な経歴の持ち主でした。ニックネームの“ジ・アドミラル”(提督)の由来はここからきています。

 なお、ロビンソンはソウル五輪にも出場。同大会でアメリカは準決勝でアルビダス・サボニス率いるソ連に76対82で惜敗しました。結果的に銅メダルは獲得したものの、この敗戦こそが“ドリームチーム”結成のきっかけになったのです。
  ストックトンは、“NBA史上最も地味なスーパースター”と言われ、本人も派手で目立つことはせず、地道で堅実なアメリカの田舎に住むお父さんのような存在でした。ゴンザガ大で4年間プレーし、84年のロサンゼルス五輪ではメンバー入りこそ逃したものの、代表候補に名前が挙がるほどの選手でした。

 ただ当時のゴンザガ大はマイナーカレッジで、84年のドラフトでは会場に招待されず。本人もテレビで自分の名前が呼ばれた際は「どうしたらいいのかわからなかった」と語ったほどでした。それは世間も同様で、解説者は「あまり聞かない選手ですね」とコメントし、指名したユタ・ジャズのファンですら「誰やねん?」状態だったと思います。

 完全に無印だったストックトンですが、プロ入り後は相棒カール・マローンと強力なデュオを結成しアシストを量産。19年間のキャリアで積み上げた1万5806アシストは歴代トップで、ミスの少ないプレースタイルはポイントガードのお手本そのものでした。

 簡単に2人の経歴を紹介しましたが、ポジションはロビンソンがセンター、ストックトンはガードで、プレーも対極でした。
  前回の「AIR FLIGHT LITE MID」で触れたように、FORCE系はセンター/フォワード向けに開発されたシューズ。ハイカットはリバウンド争いや接触プレーで足首をしっかりサポートし、大型のAIRが体重を支えます。そのため216pのロビンソンが着用するのは理解できますが、なぜ185pと小柄なストックトンが履いていたのか?

 これにはふたつ理由があります。まずFORCE系シューズとしては軽量だったこと。そしてストックトンがバッシュに無頓着だったことです。ストックトンは一時期、ローカットのテニスシューズでシーズンを戦っていたほどで、これにはNIKEも苦笑いするしかありませんでした。
 

 BOXはNIKEデフォルトの“オレンジBOX”です。ただ前作の「AIR FIGHT LITE MID」とはデザインが微妙に異なります。ネーミングの部分の箱に直印刷されているシューズ名の文字色が白ではなく黒で、斜めのストライプ模様が全面に広がっています。



 そしてもうひとつのポイントは作られたのが韓国ということ。現在のバッシュは中国製やベトナム製など東南アジアにも広がりを見せていますが、90年代は台湾製が多く、過去に取り上げた「AIR JORDAN VII」も「AIR FRIGHT LITE MID」も台湾製でした。

 一方こちらは、人件費が高騰する前の“韓国製”というレアな1足。超マニアックですが、「小さな文字も大きな個性」と改めて思いました。

文●西塚克之

【著者プロフィール】
西塚“DUKA”克之/日本相撲協会公式キャラクター「ハッキヨイ!せきトリくん」の作者として知られる人気イラストレーター。入手困難なグッズやバッシュを多数所有する収集家でもあり、インスタグラム(@dukas_cafe)では、自身のシューズコレクションを公開中。ダンクシュートでは名作シューズ列伝『SOLE&SOUL』を連載している。

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