【連載インタビュー】渡嘉敷来夢/後編「オリンピックでは『日本のバスケは楽しい』と思ってもらえる試合をして、日本のバスケを盛り上げたい」

【連載インタビュー】渡嘉敷来夢/後編「オリンピックでは『日本のバスケは楽しい』と思ってもらえる試合をして、日本のバスケを盛り上げたい」

高校時代アメリカは遠い世界だったが、プロに入り2013年のアジアカップでMVPに輝いたことで、WNBAでのプレーを意識するようになったという。写真:田中研治

本連載では、オリンピックでの活躍が期待される各競技の注目選手の生い立ちや夢舞台への想いに迫る。今回は193pの高さを誇る女子バスケ界のエース渡嘉敷来夢が登場。

 JX-ENEOSでは11連覇中心選手であり、日本代表ではリオ五輪でベスト8、アジアカップ4連覇の立役者として活躍。日本人で3人目の選手となるWNBAでは、シアトル・ストームで2015〜2017年にわたりプレー。3シーズンで平均15.2分出場、5.5得点、2.4リバウンドの記録を残した。後編では、WNBAや日本代表での活躍、そしてオリンピックにかける思いを聞いた。

――WNBAでプレーしたいと思ったのはいつ頃ですか?

JX-ENEOSに入ってから意識し始めました。高校生の頃は井上(眞一)先生から「お前はアメリカでプレーするんだ」と言われてもピンと来なかったんですけど、2013年のアジアカップでMVPをもらったときに「WNBAでプレーしよう」と明確に思いました。それまでは「アメリカにいつ行くの?」と言われても「いや、いや、いや、いや、まだです」と言っていましたね。WNBAは強い気持ちがないとプレーできる場所ではないので、周りに言われて行くより、自分で行きたいと思ったときに行くべきところだと思っていました。

――シアトル・ストームではトライアウトをせずに契約しましたが、どのような準備をして契約に至ったのでしょうか。

WNBAに行くと決意してから1年くらいかけて準備をしました。プレー集のビデオを作り、エージェント経由でいろんなチームに見てもらいました。その中でいくつかのチームから声をかけてもらったんですけど、トライアウトからというチームもあった中で、シアトルは最初から「契約したい」ということだったので、シアトルに決めました。
 ――3シーズンプレーしてみて、WNBAはどのような舞台でしたか?

思っていた通りの場所でした。外から見ているのと肌で感じるのでは大違いで、世界にはいろんな選手がいました。小さくてもパワーのある選手や、身長が高いのにアウトサイドもできる選手とか、本当にいろんなタイプの選手がいました。そういう、日本にはいないタイプの選手と戦うことで「新しい自分に出会えるんじゃないか」という思いはしましたね。

――新しい自分には出会えましたか? 

出会えましたね。日本では自分より身長の大きい選手と対戦する機会がなかったので、その面では刺激的でした。WNBAに行ってから外からのシュートに積極的になり、ミドルレンジのシュートが得意になりました。

――WNBAと日本で違いを感じたことは? 

やっぱり、高さとフィジカルの違いですかね。映像を見ていると『なんで止められないんだろう?』と思うけど、いざやってみると、ボールを持つ前の動きに差があったり、見ている以上に体の当たりが強く、ボールへの執着心がすごい。ボールを持ったときに「自分がやってやる!」という気持ちがすごく出ているんですよ。こういう一つ一つの動きに違いがあるのでアメリカは強いのだと実感しました。

あと、みんなが負けず嫌いです。自分もめちゃめちゃ負けず嫌いですけど、アメリカではみんなが負けず嫌いなので、自分が負けず嫌いというのがあまり目立たない。「ボールが来たら自分だってやるよ!」といつも思っているけど、それ以上に味方が「ヘイヘイヘイ!」とボールよこせポーズをしてくるので、そうすると「お、おう…」とパスしちゃう時はありましたね。
 ――WNBAでは試合に出られないこともあり、日本では味わったことのない悔しさを経験したのでは?

試合に出られないことがいちばん大きい経験だったかもしれません。試合に出られないこともそうですし、途中から出て流れを変えること、周りと合わせる難しさ、5分〜10分という短い時間の中で自分の120%を出すこと……。日本では経験したことがないことを、高いレベルで経験できたのはいい勉強になりました。

――WNBAに身を置いて、厳しい世界だと感じたのはどういうところですか?

チームメイトとの競争ですね。トライアウトからピリピリした空気が流れていました。朝、練習に行ったらカットされた選手の荷物がなかったり、お別れもできないままの選手がいたりして、その場はしんみりするんです。でも練習が始まると「次は自分かもしれない」という恐怖心と戦わなくてはならないので、それは大変でした。リーグ中にもトレードがあるし、カットされることもあります。そういう世界は初めてだったので衝撃でした。日本だったらシーズンが終わってから契約更新するので、去っていくチームメイトとさよならができるけれど、WNBAはそれが突然やって来るえげつない世界です。でもこれが世界のトップリーグなのか、とは思いました。
 ――試合に出られないときはどういうメンタルで臨んでいたのですか?

「自分が劣っているのだからもっと頑張ろう」「コーチには考えがあって同じ選手を出し続けているんだ」と言い聞かせてはいましたが、「こっちは練習をしっかりして待ってるぞ、体も温まっているぞ」と思いながらベンチにいましたね。でもGMは自分のことを買ってくれていたのか、「こういう流れの中ではゲームに使えなかった」という理由を話してくれたので、「また頑張ればいいんだ」と切り替えることができました。あとはもう、カットされたらされた時だと思いながらやっていましたね。自分の居場所を確保するにはプレーで自分を表現しないといけないので、そういう意味ではメンタルは鍛えられました。
 ――通訳として、桜花学園高時代のチームメイトである大西ムーアダイアンまどかさんが2シーズン帯同しましたが、言葉の面での苦労したことは? 

ダイアンがいたのはすごく心強かったです。練習でも日常でも、ダイアンとチームメイトとコミュニケーションを取りながらやっていました。でも、試合ではダイアンの声は伝わらないし、いちいち通訳は待っていられないので、そこは何とか自分で頑張りました。

もしかしたらチームメイトからは「伝わらないなあコイツ」「コイツはイエスとノーしか言わないな」って思われていたかもしれません。でも、なるべく自分で返事をしようとしました。ダイアンに「こういう時は何て返事すればいいの?」と教えてもらってから自分で返事をしたり、コート外でも耳に入ってくる英語を一生懸命に理解しようとしました。わからないから会話に入らないんじゃなくて、わからなくてもコミュニケーションで積極性を出せば、なるようにはなっていましたね。

でもポイントガードだと大変かもしれません。試合中にしっかりと発音して伝えなきゃいけないので。「スイッチ」ひとつでも発音が違うんですよ。日本だと「スイッチ、スイッチ、スイッチ」って声の連絡をするじゃないですか。でもアメリカでは私が言うと「スイ、スイ、スイ」と聞こえるみたいです。「ライト」や「レフト」みたいな簡単な言葉でも、一回一回を大きな声ではっきり言ったほうがいいとアドバイスをもらいました。最低限、自分が発する言葉はめちゃ練習しましたね。
 ――前回のリオ五輪では強豪国から3勝をあげてベスト8と健闘しました。自身のパフォーマンスの手応えは?

WNBAであまり試合に出してもらえないままオリンピックに出たので、試合に出たい欲が強すぎる中で試合をしていました。だから「オリンピックだ!」というより、「試合だ!」という思いで臨んでいましたね。いい意味で緊張はあったけど、「オリンピックだ」という緊張感ではなく、わりといつも通りでした。WNBAで試合に出ていたらもっといいパフォーマンスができたとも思いますが、それは“たれらば”ですし、その時の自分ができる最大限のパフォーマンスをしたと思います。

――シアトル・ストームであまり試合に出る機会がなくても、日本代表では合流してすぐにエースの働きが求められました。その難しい課題をどうやってクリアしたのでしょうか。

日本代表ではエースとして最後を託してもらえるので、「自分がやってやるぞー!」という気持ちでやりました。それに、「自分はもっとできるんだぞ」「本当の自分はこうなんだぞ」というところをアメリカ代表やシアトルのチームメイトに見せたい思いがありましたね。だって、本当に悔しかったんです。シアトルでは試合に出たくて、出たくてしかたなかったので。でもだからこそ、積極的になれていい結果に結びついたのかなと思います。
 ――この1年、日本代表はアジアカップで4連覇をして、2月のオリンピック予選でも強豪相手に好ゲームをしました。チームと自分自身の成長をどう感じていますか?
 
チームとしてすごくいい経験ができています。今の日本はオフェンスではアウトサイドが中心で、ディフェンスは高さがない分、チームワークでやっているので、自分がインサイドのディフェンスで踏ん張ればチーム力が上がると思ってやっています。ディフェンスに力を入れている分、自分のオフェンスはまだまだ課題があるのですが、自分がインサイドを抑えればそこからオフェンスにつながりやすくなるので、ディフェンスに重点を置いています。オリンピックまでに自分もチームも、まだまだ強くなれるし、成長できます。
 ――東京オリンピックはどのような大会にしたいですか?

「メダルは何色が欲しいですか?」と聞かれたら「金ですね」と答えますけど、自分はとにかくメダルが欲しいです。メダルを取るのはそんなに簡単なことじゃないし、まだまだ難しいというのはわかっています。ただ、自分としてはメダルにチャレンジしたい。日本の女子バスケは他の国より高さがないのに大丈夫? と思われているかもしれません。でも、誰が見ても楽しくて、応援されるバスケを東京オリンピックで見せたいです。

2月のオリンピック予選では、最終戦のカナダ戦でベルギーとスウェーデンのファンが日本を応援してくれたんですよ。それだけ日本の女子バスケには魅力があると思うんです。誰が見ても「日本のバスケはすごいな、楽しいな」と思ってもらえるような大会にしたいですね。日本のバスケを広めるためには結果がついてきてこそだと思うので、結果を出して女子バスケを盛り上げたいです。

【PROFILE】
とかしき・らむ。1991年6月11日生まれ、193p、埼玉県出身。春日部東中学校、桜花学園高校を経て、2010年にJX-ENEOSに入団。高校時代はウインターカップ3連覇を含む8冠を獲得。高校2年次にはU18アジア選手権で優勝。日本代表では2013年と2015年のアジアカップでMVPを受賞。2016年リオ五輪でベスト8、2019年はアジアカップ4連覇の立役者となる。2015-2017年には3シーズンにわたり、WNBAのシアトル・ストームに在籍。日本人3人目のWNBAプレーヤーとして、3シーズントータルで平均15.2分出場、5.5得点、2.4リバウンドの記録を残す。今季のWリーグはシーズン途中で中止となったが、21.75点で得点1位。
 

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