『エア・ジョーダン』は、なぜブームになったのか?本人が96年に語った『AJ11』にまつわるエピソードも紹介

『エア・ジョーダン』は、なぜブームになったのか?本人が96年に語った『AJ11』にまつわるエピソードも紹介

1度目の引退から復帰した95−96シーズンにジョーダンが着用した『エア・ジョーダン11』。96年の初来日時にも同モデルのローカットを履いていた。(C)Getty Images

マイケル・ジョーダンとシカゴ・ブルズのドキュメンタリー『ザ・ラストダンス』が放映され、90年代を彩ったスーパースターが今再び脚光を浴びている。今回は彼のシグネチャーシューズ『エア・ジョーダン』の話をしよう。

 今ではスニーカー界の最先端として、特に『エア・ジョーダン1』はOG(オリジナル)と銘打たれて発売されるものは常に抽選販売などでしか手に入らない。アメリカの「StockX」(ストックエックス)や日本の「モノカブ」などのスニーカーを専門に扱うオンラインマーケットプレイスでは、2倍〜3倍、場合によっては10倍の高値がつくものもある。特にコラボレーションモデルは、発売される足数も限られていたりするのでどうしても相場は上がる。

 しかし『エア・ジョーダン1』がリリースされた1984年当時、日本でもナイキジャパンから発売されたが、アメリカと同じような人気は無く、売れ残りが出たと聞いた。日本にはバスケットボールシューズを普段履きにするというカルチャーはまだ出来上がっておらず、コンバースの『オールスター』がやっと市民権を得た時期だったのではないか。1982年に発売された『エアフォース1』も、同じく日本ではオンコートのシューズだった。
  80年代のアメリカ、特にニューヨークではバスケットボールシューズを普段履きとしてファッションに取り入れるのはもう普通だった。『エア・ジョーダン』よりも前にアディダスの『スーパースター』、プーマの『クライド』がヒップホップカルチャーの定番になっており、ナイキのファッションシーンへの登場は後発だった。

 しかし、マイケル・ジョーダンの驚異的なNBAでの活躍と、ナイキが戦略的に打ち出したマーケティング、そしてそもそも、ジョーダンの滞空時間の長い跳躍とシューズのミッドソールに搭載されたエアを掛け合わせた“エア・ジョーダン”というネーミングは誰にでもわかりやすく、ブランドイメージを最速で根付かせた。

 個人的にジョーダンから聞いたエピソードで興味深かったのは『エア・ジョーダン11』 の話だ。ジョーダンが1996年に初来日した時にオフコートで履いていたのが『エア・ジョーダン11』 のローカット、『エアマックス96』、『エアズームフライト』だった。
 「『エア・ジョーダン11』 のローカットは『エア・ジョーダン3』を思い出させてくれるデザインだね。ゲームで履くことはなかったけど普段はよく履くよ」とジョーダンは語っていた。

 また4度目の優勝を手にした後で、「『エア・ジョーダン11』をチームメイトたちが履くことを許した代わりに、ゲーム中にミスをしたらみんなに罰金を払う決まりを作ったんだ」とジョーダンは教えてくれた。いかにもジョーダンらしいエピソードだ。

 この『エア・ジョーダン11』 の開発をする前にはデザイナーのティンカー・ハットフィールドに、「グッチに買い物に行ったらパテントレザーのクールなシューズがあった。そういうファッションシューズのようなコートで履けるデザインを頼みたい。最近はシンプルなものが好きで、色も2色ぐらいがいいし、変化を出すなら素材感で差別化したい」とジョーダンはリクエストを出したという。
 「私は自分の履くシューズは必ず自分で紐を通してから履く。そして紐を通しながらシューズの細部にわたるこだわりを忘れないようにしている。私はデザイナーじゃないけれど、自分の名前をシューズ名にしているのだから、プレーと同じように妥協はしないんだ」とジョーダンは語った。

 おそらく、今の『エア・ジョーダン』ブームに乗ってシューズを追いかける若者の多くは、ジョーダンのプレーは過去の映像でしか見たことがないかもしれない。ただ、過去の映像だからと言えどもジョーダンのプレーはいまだ新鮮で鮮烈だ。シューズのデザインも同じように、いっさい古臭い印象は受けないだろう。80年代や90年代はだいぶ昔のこととなったが、色褪せない輝きを放ち続ける『エア・ジョーダン』は、ジョーダン本人とともに特別で本物であり続ける揺るがない存在なのだ。

文●北舘洋一郎

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