「俺やマローンが優勝できたとしても…」バークレーが語った独特の“優勝観“。そこには強烈なプライドが…

「俺やマローンが優勝できたとしても…」バークレーが語った独特の“優勝観“。そこには強烈なプライドが…

96年にラストチャンスを求めてロケッツへ移籍したバークレーだが、新天地ではエースではなく2、3番手に降格し、頂点にも手が届かなかった。(C)Getty Images

NBAの新陳代謝は早い。ドラフト上位でNBAチームに入団しても、同一チームで10年以上プレーできる保障はどこにもない。ケガでキャリアが短命に終わってしまう選手もいれば、チームやコーチと相性が合わずに契約を切られる選手、リーグに居場所をなくして海外へと拠点を移す選手たちもいる。

 2013年に『Business Insider』へ掲載されたデータによれば、NBA選手のキャリアは平均4.8年。現在は全30チームに15選手(2WAY契約は除く)が所属しているため、NBA選手は基本的に毎年450名。トレードやフリーエージェント、10日間契約などでその数は若干増えるものの、平均年数は5年未満ということを考えると、いかに生存競争が厳しい世界であることがわかる。

 さらに、約半年をかけてレギュラーシーズン82試合を行ない、最長で2か月間のプレーオフを勝ち抜いてチャンピオンになるのは毎年1チームのみ。だからこそ、スーパースターであれ、オールスターであれ、ロールプレーヤーであれ、優勝経験を持つ選手というのは記録にも記憶にも残るのだろう。

 バスケットボール殿堂入りした選手の中にも、チャンピオンシップを勝ち取れずにキャリアを終えた選手もいる。エルジン・ベイラー(元ロサンゼルス・レイカーズ)やドミニク・ウィルキンス(元アトランタ・ホークスほか)、アレン・アイバーソン(元フィラデルフィア・セブンティシクサーズほか)、レジー・ミラー(元インディアナ・ペイサーズ)、カール・マローン(元ユタ・ジャズほか)、ジョン・ストックトン(元ジャズ)といったレジェンドたちである。
  そしてキャリア16年で通算2万3757点、1万2546リバウンド、4215アシストを残し、1993年にはシーズンMVPにも輝いたチャールズ・バークレー(元フェニックス・サンズほか)もその1人だ。

 84年のドラフト1巡目5位指名でシクサーズへ入団したバークレーは、キャリア2年目から11年連続で平均20点、10リバウンド以上を達成。リーグ有数のパワーフォワードとなったが、チーム強化に本腰を入れないシクサーズのフロントへトレードを要求して92年夏にサンズへ移籍した。

 サンズ加入1年目の92−93シーズンにNBAファイナルへと勝ち上がり、ドラフト同期で親友でもあったマイケル・ジョーダン率いるシカゴ・ブルズと対決。2勝4敗で敗れたものの、ジョーダンが同年10月に一度目の現役引退を表明したことで、バークレー率いるサンズに大きなチャンスが巡ってきた。

 だがサンズは94、95年と2年続けてカンファレンス準決勝でヒューストン・ロケッツに7戦の末に敗退。翌96年には1回戦でサンアントニオ・スパーズに敗れたことで、バークレーは最後の優勝チャンスに懸けた。
  33歳となったバークレーが加わったのは、サンズ時代に優勝の夢を砕かれたロケッツ。当時のチームにはアキーム・オラジュワン、クライド・ドレクスラーという将来の殿堂入りデュオがおり、バークレーはロケッツで“ビッグ3”を形成した。

 96−97シーズンのプレーオフ。ロケッツはウエスト準決勝でシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)を最終戦の末に撃破し、カンファレンス決勝へと駒を進めた。しかしウエストの頂上決戦ではマローンとストックトン擁するジャズの前に2勝4敗で敗退。その後バークレーはロケッツで1回戦を突破できず、2000年に現役引退を迎えた。

 先日公開された『ESPN』のザック・ロウ記者との“The Lowe Post”へ出演したバークレーは「もし俺がロケッツでリングを手にしていたとしても、優勝にカウントすることはなかっただろうな」と明かした。

 キャリア途中のシクサーズとサンズで、バークレーは押しも押されもせぬエースであり大黒柱だった。だがロケッツではオラジュワンが絶対的な存在であり、バークレーは彼のサポート役。その環境の中でチャンピオンシップを勝ち取ったとしても、「自分が優勝をもたらした」とは言えないと感じていたのだろう。
 「嘘を言うつもりはない。俺、そしてカール(マローン)がレイカーズで優勝できたとしても、それはカウントされない」

 85年にジャズでデビューしたマローンは、長年チームのエースとして活躍し、97、98年にはファイナルまで勝ち進んだが、ジョーダン率いるブルズに敗退。40歳となった03年夏に優勝を追い求めてシャキール・オニールとコビー・ブライアントが所属するレイカーズへと移籍した。ゲイリー・ペイトン(元ソニックスほか)も加えて“ビッグ4”でシーズンに臨んだものの、ケミストリー崩壊とケガ人続出もあってファイナルでデトロイト・ピストンズに1勝4敗で惨敗。“鉄人”と呼ばれたマローンも最後はケガに泣き、優勝を手にすることなくユニフォームを脱いだ。

 プライドが高く、歯に衣着せぬ物言いで物議を醸すことも多々あったバークレーだが、優勝というのは「2番手としてではなく俺がチームのエースとなって成し遂げること」という強いこだわりがあったのだろう。

文●秋山裕之(フリーライター)

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