レイカーズの「歴代ベスト5」を選定!ガード陣は各年代のエース。シャック&ジャバーでツインタワーを形成

レイカーズの「歴代ベスト5」を選定!ガード陣は各年代のエース。シャック&ジャバーでツインタワーを形成

シャック(左)とコビー(右)はともに1996年にレイカーズへ入団。99年から本格的にコンビを結成し、2000年から3連覇を達成するなど、名門復活の原動力となった。(C)Getty Images

1946年の創設から74年。その長い歴史の中でNBAは何人ものスーパースターを輩出し、ファンを楽しませてきた。では、各チームの「歴代ベスト5」を選出したら、一体どんな選手が並ぶのか。『THE DIGEST』では、NBAに精通する識者に依頼し、全30チームのベストメンバーを選んでもらった。今回はリーグ屈指の人気チームで、これまで17回の優勝を成し遂げた「ロサンゼルス・レイカーズ」編だ。

【ポイントガード】
マジック・ジョンソン

1959年8月14日生。206cm・100kg。
在籍期間:13シーズン(1979〜91、96年)
成績:906試合、平均19.5点、7.2リバウンド、11.2アシスト

 マジックはレイカーズにとどまらず、NBA史上最高のポイントガードだと言われる。通算の平均アシスト12.4本は史上1位だから、そうした意見に反論するのは難しい。だが彼はPGの枠だけに収まる選手でもない。最初のファイナルMVPを決定づけた試合、すなわち1980年のファイナル第6戦ではセンターに入っていた(42得点、15リバウンド、7アシスト)くらい。
  新人の頃はシューティングガード、96年に復活した時期はパワーフォワードをメインにしていた。どんなポジションでも最高レベルのプレーが期待できたのだ。身長206cm、体重100kgはPGとしては破格のサイズ。それでいてノールックやビハインド・ザ・バックなど、華麗かつ的確なパスを次々に繰り出した(だから“マジック”と呼ばれた)のだから、人気が出ないわけはない。レギュラーシーズン(87、89、90年)とファイナル(80、82、87年)両方のMVPに3度ずつ輝いているのは、他にはマイケル・ジョーダンとレブロン・ジェームズだけである。

 ほかにもPGにはミネアポリス時代のスレイター・マーティン(50〜56)、マジック入団前に正司令塔を務めたノーム・ニクソン(77〜83)、スコアリング能力が高かったニック・ヴァン・エクセル(93〜98)、コビー・ブライアントの相棒として5回の優勝を経験したデレック・フィッシャー(97〜04、07〜12)らの好選手がいた。
 【シューティングガード】
ジェリー・ウエスト

1938年5月28日生。188cm・84kg。
在籍期間:14シーズン(1960〜74年)
成績:932試合、平均27.0点、5.8リバウンド、6.7アシスト

 ウエストとエルジン・ベイラー(58〜71)は、60年代に6度ファイナルに進出した(そして一度も勝てなかった)レイカーズの2大スターだった。ポジション別のベスト5で、ベイラーほどの名選手をSFで選ばないのはおかしいかもしれない。しかし逆にマジックとコビー・ブライアントがいるからという理由で、レイカーズの象徴だったウエストを入れない選択肢もあり得ない。

“ザ・ロゴ”というニックネームの通り、NBAのロゴマークはウエストがドリブルしている姿をデザインしたものという説が有力だ。もちろん実力も最高級。70年に平均31.2点で得点王になると、72年は9.7アシストでこれも1位。両部門のタイトルに輝いたのはウエストが初めてだった(オスカー・ロバートソンは68年の平均得点1位だが、当時は総得点でタイトルを決めていた)。65年のディビジョン決勝でマークした平均46.3点は、プレーオフの単独シリーズでの最高記録。“ミスター・クラッチ”という別のニックネームで知られた勝負強さも特筆もので、数々の劇的なシーンを生み出した。
 【シューティングガード】
コビー・ブライアント

1978年8月23日生。198cm・93kg。
在籍期間:20シーズン(1996〜2016年)
成績:1346試合、平均25.0点、5.2リバウンド、4.7アシスト

 レイカーズの通算球団記録のうち、試合数、得点数など13部門でコビーは1位を占めている。中にはターンオーバーやフィールドゴール失敗数など、名誉ではないものも含まれているけれども、それも彼が長年レイカーズでプレーし続けた証である。

 96年にドラフトで指名されたのはシャーロット・ホーネッツで、すぐレイカーズへトレードされ以後20年をLAで過ごした。うち18年はオールスターに選出、単独チームでの出場15回は最多。前半の10年は背番号8、後半の10年は24番で、両方とも欠番に指定されている。06年に記録した1試合81得点は史上2位、現役最終戦でも60得点をあげるなど、スコアラーとしての能力が傑出していただけでなく、守備でもオール・ディフェンス1stチームに8回選出された。体型やプレースタイルに加えて、比類なき闘争本能まで含めてマイケル・ジョーダンの後継者と自他ともに認める存在であり、その名に恥じない選手となった。

 ベイラー以外のスモールフォワードでは、88年のファイナルでMVPに輝いた“ビッグゲーム・ジェームズ”ことジェームズ・ウォージー(82〜94)も名選手。現役のレブロンは在籍期間がまだ2年と短く“レイカーズのSF”としては選べない。
 【センター】
シャキール・オニール

1972年3月6日生。216cm・147kg。
在籍期間:8シーズン(1996〜2004年)
成績:514試合、平均27.0、11.8リバウンド、3.1アシスト

 純粋なパワーフォワードであれば、コビーの相棒として2度の優勝に貢献した“スペインの至宝”パウ・ガソル(08〜14)を選出すべきかもしれない。だがレイカーズは、ジョージ・マイカン(49〜56)以降数々の名センターが輩出したチームなので、センター2人でツインタワーを形成することにした。シャックがレギュラーシーズンMVPを一度しか受賞していないのは、全盛期の支配力を考えれば信じがたい。ただしファイナルMVPには2000年から3年連続で選ばれている。正直、ファイナルで当たった3チーム――インディアナ・ペイサーズ、フィラデルフィア・セブンティシクサーズ、ニュージャージー(現ブルックリン)・ネッツ――は、当時のレイカーズの力量からすれば、倒すのはそう難しくなかった。それでもなお、この期間のファイナル合計15試合で平均35.9点、15.2リバウンド、2.9ブロック、フィールドゴール成功率59.5%は驚異的と言うほかない。

 NBCなどでスタッツ部門を担当していたエリオット・カーブは、04年の著書でシャックこそ史上最高の選手だと強調している。さすがにそれほど賛同は得なかったが、そう思いたくなるくらい2000年代前半の怪物ぶりは凄かった。レイカーズでの出場試合数514はチーム史上10位以内に入らなくても、この男をフランチャイズのトップ5からは外せない。
  【センター】
カリーム・アブドゥル・ジャバー

1947年4月16日生。218cm・104kg。
在籍期間:14シーズン(1975〜89年)
成績:1093試合、平均22.1点、9.4リバウンド、3.3アシスト

 1983−84シーズンにレイカーズの先輩ウィルト・チェンバレンを抜いて以来、ジャバーは通算得点リストの1位に座り続けている。3年後にはレイカーズの後輩レブロンに抜かれるかもしれないし、そうはならないかもしれない。これまでジョーダン、カール・マローン、コビーがその座を脅かすと思われたが、誰も抜けなかったからだ。

 プロ入りして最初の6年間はミルウォーキー・バックスに所属し、その間MVP3回。75−76シーズンに4対2のトレードでレイカーズに移り、さらに3度追加した。通算6回の受賞記録もまた誰にも破られていない。得点王は意外にもバックス時代の2度だけだが、ディフェンス不可能と言われた必殺技スカイフックでひたすら得点を積み重ね続けた。レイカーズで経験した5度の優勝は、全部マジックの加入後。“ショータイム”の主役ではなかったにせよ、脇役と呼ぶには大きすぎる存在だった。

文●出野哲也

【PHOTO】20年間パープル&ゴールド一筋!史上最高の“レイカー”コビー・ブライアント特集!
 

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