シャックがコビーとの“最強デュオ”を回顧。「リーグを支配」するきっかけとなった大一番に選んだのは?

シャックがコビーとの“最強デュオ”を回顧。「リーグを支配」するきっかけとなった大一番に選んだのは?

シャック&コビーのデュオは2000年前半にリーグを席巻したが、そのきっかけとなったのは、ファイナル出場をかけた一戦だった。(C)Getty Images

ロサンゼルス・レイカーズはリーグ優勝16回を誇る名門だ。古くはジェリー・ウエストやウィルト・チェンバレン、マジック・ジョンソン、カリーム・アブドゥル・ジャバーら殿堂入りの名選手たちが所属してきたが、70年を超える歴史のなかで最高デュオのひとつがシャキール・オニールとコビー・ブライアントだろう。2000〜02年に3連覇を達成してリーグを席巻するきっかけとなった瞬間をシャックが振り返っている。

 シャックとコビーの2人が邂逅したのは1996−97シーズン。コビーがドラフト指名後にシャーロット・ホーネッツからトレードで入団、シャックはオーランド・マジックからフリーエージェントで加入し、チームメイトとなった。

 コビーは最初の2年間はベンチスタートだったため、本当の意味で“デュオ”となったのはロックアウトの影響で短縮制となった1998−99シーズンからだが、プレーオフでは97、98年がジョン・ストックトン&カール・マローン擁するユタ・ジャズ、99年はデビッド・ロビンソンとティム・ダンカンの“ツインタワー”を中心としたサンアントニオ・スパーズの前に完敗した。
  90年代にシカゴ・ブルズを6度の優勝に導いたフィル・ジャクソンをヘッドコーチに迎えた1999-2000シーズン。シャックが平均29.7点、コビーが平均22.5点をあげてリーグ最高勝率(67勝15敗)を残すと、プレーオフでサクラメント・キングス、フェニックス・サンズ、ポートランド・トレイルブレイザーズを撃破。ファイナルでインディアナ・ペイザーズを4勝2敗で下してついにタイトルを獲得したが、カンファレンス決勝のブレイザーズ戦第7戦が転機になったと、シャックは『Bleacher Report』で明かした。

 3勝1敗と先に王手をかけたレイカーズだったが、その後連敗を喫してシリーズはタイに。スコッティ・ピッペン(34歳)、ラシード・ウォーレス(25歳)、スティーブ・スミス(30歳)、デイモン・スタッダマイアー(26歳)、アルビダス・サボニス(35歳)、セカンドユニットにもボンジ・ウェルズ(23歳)や若き日のジャーメイン・オニール(21歳)、ファイナル経験者のデトレフ・シュレンプ(37歳)など、タレントの揃ったブレイザーズに苦しめられた。

「俺たちは3勝1敗でリードしていたが、油断してしまった。ブレイザーズはタフで、俺たちを恐れない唯一のチームだった。俺も少しナーバスになったけど、いつも通りのプレーをしないといけないことは分かっていた。ただ、いわゆるシャックらしいプレーはまったくできなかった」
  2000年6月4日にホームのステイプルズ・センターで行なわれた第7戦も、シャックはサボニス、ウォーレスの守備に苦戦。レイカーズは13点のビハインドを背負って最終クォーターを迎えた。

「俺たちは失敗にうんざりしていた。みんなも『ああ、アイツらは良い年を過ごしたけど、また失敗した』と思う。その試合(最終戦)に勝てなければ、俺は間違いなくスケープゴート(生贄)にされて、すぐにチームを去っていただろうね。レイカーズで優勝できないまま終わってしまうかもしれないと、俺は怖くなった。そして、『コビー対シャック』の確執が頭をよぎった。みんなを失望させてしまうと感じたんだ」

 猛攻を見せたレイカーズは一気に逆転。83−79で迎えた第4クォーター残り52秒の攻撃でその瞬間は訪れた。トップの位置でタイミングを見計らっていたコビーがピッペンを置き去りにしてドライブ。ブライアン・グラントがカバーに来たところで、コビーがアリウープパスを送り、シャックが豪快なワンハンドダンクを叩き込んで勝負を決めた。

「第4クォーター、俺は少しずつ調子を取り戻し始めて、コビーに声をかけたんだ。『おい、俺はゴール下でがら空きだ』ってね。彼は『分かった、分かった』と言っていた。ラストプレーで俺はまったくボールを要求しなかった。第4クォーターになったら、コビーがシュートを打ちたがるのは知っていたからね。俺はコビーにボールを託して、スペースを空けた。すると、彼はクロスオーバーでピッペンを抜いて、ボールを投げた。その瞬間、『これはシュートじゃない』と思った。俺は即座に飛んでボールをそのままリングに叩き込んだ。俺たちによる支配が始まった瞬間だった」
  ブレイザーズとは翌2001年、02年もプレーオフ1回戦で対戦したが、いずれもスウィープ(3連勝)勝ち。圧倒的な強さで3連覇を達成している。ピッペンは今年4月、「もうキャリアでタイトルのチャンスはないと思い知らされた。彼らはリーグを支配していた。(ブレイザーズは)タレントが揃ったいいチームだったけど、シャック&コビーを止められなかった。1998年以降では彼らがベストデュオだろうね」とシャック&コビーを称賛した。シャックも“最強デュオ”を自負する発言でインタビューを締めくくっている。

「俺とコビーは、最もミステリアスで、最も物議を醸し、最も支配的なワンツーデュオだった。周りの人間は、常に俺たちの関係について尋ねた。自分のやり方で戦う強い意志を持った選手が2人いたわけだからね。リスペクトが失われることは決してなかった。コートの中に入れば、ただ勝つために戦う。それが俺たちがやったことさ」

 今年1月、ヘリコプター墜落事故でコビーが急逝するショッキングな出来事に見舞われたが、レイカーズとNBAの歴史を変えた“シャック&コビー”のデュオは、永遠にファンの心の中で生き続けるだろう。

構成●ダンクシュート編集部

【PHOTO】シャックと3回、単独エースとして2回レイカーズを頂点に導いた“ブラックマンバ”コビー・ブライアント特集!

関連記事(外部サイト)