95年にドレクスラーはソニックスへ移籍する予定だった?当時の関係者が明かす“幻のトレード話”

95年にドレクスラーはソニックスへ移籍する予定だった?当時の関係者が明かす“幻のトレード話”

94-95シーズンの途中にトレードでロケッツへ移籍したドレクスラーだが、ソニックスも獲得を狙っていたという。(C)REUTERS/AFLO

マイケル・ジョーダンのライバルとして知られるクライド・ドレクスラーは、1994-95シーズン途中に11年半を過ごしたポートランド・トレイルブレイザーズからヒューストン・ロケッツへ移籍。大学時代の盟友アキーム・オラジュワンと再びタッグを組み、加入1年目で悲願のリーグタイトルを手にした。しかし、当初はゲイリー・ペイトンとショーン・ケンプを擁するシアトル・スーパーソニックス(現オクラホマシティ・サンダー)行きが成立寸前だったという。

 1995年1月26日のブレイザーズ対ユタ・ジャズ戦前、『ニューヨーク・デイリーニュース』はソニックスがケンドール・ギルを駒にドレクスラーを獲得するトレードの可能性を報じた。ソニックスのウォリー・ウォーカー社長(当時)は、この交渉が「しばらく話に挙がっていた」ことを認めた一方で、両チームのスポークスマンはロースターに関する回答を拒否。結局、ソニックスはトレードに踏み切ることはなかった。

“幻のトレード”から25年の月日が経過。94年にソニックスのゼネラルマネージャー(GM)を辞任し、直後にブレイザーズのGMとなったボブ・ウィシット氏が『Truth + Basketball podcast』に出演した際、当時の状況を振り返っている。
 「私がポートランドに到着した時、ポール(アレン・オーナー)はチームを解体する必要があると言った。彼らは人気のあるチームだったから1年前に動くべきだった」

 エースのドレクスラーを中心に90、92年にファイナルに進出したブレイザーズだが、“バッドボーイズ”のデトロイト・ピストンズと“神様”ジョーダン率いるシカゴ・ブルズに敗退。さらに93、94年のプレーオフでは1回戦で姿を消した。ドレクスラー、バック・ウィリアムズ、テリー・ポーターが30歳を超え、クリフォード・ロビンソンとロッド・ストリックランドに世代交代が進む最中、ドレクスラーのトレード話を進めていたという。

「ポールは(GMの)ジェフ・ペトリー、(HCの)リック・アデルマンら関係者をすべて解雇し、(HCとして)PJ・カーリシモを招聘していた。彼はすでにクライドに新契約を約束していたが、それを実行に移すつもりがなかったから、私が彼をトレードしなければならなかった。クライドには言ったよ、(1980年代に活躍したセンターの)ジャック・シクマがいいプレーをしていた状況(ソニックス)に君を置こうと思っている、とね」
  その後、ウィシットはソニックスのGMとウォーカー社長に電話。ギルがジョージ・カールHCに完全フィットしておらず、ドレクスラーは勝利に飢えていることを知った。95年1月はまだ、ジョーダンが引退して野球に挑戦していた時期。当時ウエストの強豪だったソニックスはドレクスラーに優勝のラストピースの可能性を見出したが、最終的にウォーカー社長がトレードを自重し、移籍は実現せず。ドレクスラーは同2月にロケッツへのトレードが決まり、初タイトルを手にすることになった。ウィシット氏は、トレードが成立していればソニックスが優勝していたと考えていたという。

「ドレクスラーのシアトル行きが、チャンピオンシップをもたらしたはずだと今でも信じている。ヒューストンにはクライドがいないわけだから、疑いの余地はない」
  カールHCもツイッターで、ソニックスのユニフォームを着たドレクスラーの画像とともに「ほとんど実現していた」と投稿。熟練のスーパースター移籍はほぼ成立寸前だったこと認めた。

 当時、ドレクスラーがソニックスの一員になっていたとすれば、ペイトン、ケンプとの強力なビッグ3が完成。他にもデトレフ・シュレンプ、サム・パーキンスといぶし銀のタレントが揃っていた。ロサンゼルス・レイカーズに1勝3敗で敗れた95年のプレーオフ1回戦、さらには最初の現役復帰を果たしたジョーダン、スコッティ・ピッペン、デニス・ロッドマンの“三銃士”を擁したブルズと激突した96年のファイナルの結果も変わっていたかもしれない。ドレクスラーはすでに晩年を迎え、97-98シーズン終了後に引退したが、ソニックスの“幻のビッグ3”はブルズ王朝に対抗できる可能性を秘めていたと、後世まで言われ続けるかもしれない。

構成●ダンクシュート編集部

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