シクサーズがペニーではなく、ブラッドリーを取ったのはなぜ?93年ドラフトで犯した“痛恨のミス“を当時のGMが回顧

シクサーズがペニーではなく、ブラッドリーを取ったのはなぜ?93年ドラフトで犯した“痛恨のミス“を当時のGMが回顧

シクサーズは93年のドラフト2位でブラッドリーを指名。しかし229pの巨人は2年間のブランクもあって伸び悩み、チームは95年11月にネッツへトレードした。(C)Getty Images

NBA史上3位タイの身長229cmを誇り、1996−97シーズンにはブロック王(3.40本)に輝いたショーン・ブラッドリーは、大成しなかったビッグセンターの1人として認知されている。同年のドラフト上位にはクリス・ウェバー、アンファニー・“ペニー”・ハーダウェイ、ジャマール・マッシュバーン、アイザイア・ライダーとタレントが揃っており、当時ブラッドリーを指名したフィラデルフィア・セブンティシクサーズのゼネラルマネージャー(GM)は、ペニーを選択しなかったことを後悔している。

 ブラッドリーはブリガムヤング大1年時、全34試合に出場して平均14.8点、7.7リバウンド、5.21ブロックとセンセーショナルなシーズンを送った。しかし、敬虔なモルモン教徒だったため、オーストラリアへ渡って宣教師として2年間活動。その後、アメリカに戻り、1993年のドラフト1巡目2位指名でシクサーズ入りを果たした。

 ブロックは平均3本以上を記録するも、センターながらリバウンドは標準レベル、FG成功率も4割台前半とパンチ力に欠け、95年11月、デリック・コールマンらとの3対3のトレードでニュージャージー・ネッツへ放出された。96−97シーズン途中にダラス・マーベリックスに加入し、8シーズン半を過ごして現役生活にピリオドを打った。通算832試合で平均8.1点、6.3リバウンド、2.55ブロックはドラフト2位指名の期待に応えたとは言い難い結果だ。
  シクサーズのアシスタントやヘッドコーチを歴任し、92〜94年はGMを務めたジム・ライナム氏は『NBC Sports Philadelphia』で、「もしシクサーズがブラッドリーをドラフトしていなかったら?」というテーマに向き合っている。ブラッドリーの不発に関しては、“空白の2年間”が大きかったという。

「ブラッドリーはそのブランクにより、NBAでプレーする準備ができていなかった。2年間、バスケットボールどころか運動は何もしていなかった。走ったり、ジムに行ったり、(アスリートとしての)コンディション維持は何もせず、(宣教師としての)自分の使命にコミットしていた。背が高いからバスケットボールの道に進んだだけだった。ナイスガイではなかったと言っているわけじゃないが、期待されていたのとは逆方向に進んでいた」

 94〜99年にチームに所属し、シカゴ・ブルズ前期3連覇のメンバーでもあるスコット・ウィリアムズは、ブラッドリーが抱えていた“選手としての欠点”を指摘している。

「シクサーズはブラッドリーがチームのスターになるとプロモーションしていた。身長229cm、ゴールに近づけばボールを簡単に叩き込める能力を持っていた。だが、ブラッドリーの問題はチームに要求された役割以外をしようという意欲がなかったことだ」
  93年のドラフトでは、オーランド・マジックがクリス・ウェバーを1位で指名。ゴールデンステイト・ウォリアーズが3位でペニーを指名し、両者間でトレードが成立。ともにケガに苦しんだが、オールスター出場を果たすなど人気を博したスーパースターだった。4位指名でダラス・マーベリックス入りしたジャマール・マッシュバーンも、キャリア平均19.1点とブラッドリーよりも結果を残している。

「もしシクサーズがペニーを指名していたら?」

 ライナム氏はブラッドリーにすべてを懸けていたことを認めているが、この「タラレバ」の質問が浮上するのも当然だろう。ライナム氏の“痛恨のミス”は、ペニーがいかに特別な選手だったかを理解していないことだった。
 「あとからなら何とでも言えるが、ペニー・ハーダウェイにはもっときちんと注意を払えたと思う。彼がトッププレーヤーだとは知っていたが、その才能に気づかなかったと言わざるを得ない。もっと影響力のある選手が増えていたら、3年後(の96年)には(全体1位指名で)アレン・アイバーソンを獲得できる立場にはなかったと言われてきた。ただ、ドラフトを振り返ると、ペニーは明らかに獲得を検討すべきタレントだった」

 もし、クラレンス・ウェザースプーン(平均18.4点)とデイナ・バロス(平均13.3点)にペニーが加わっていれば、93−94シーズンのシクサーズは25勝57敗よりも勝利を重ねていただろう。94年のドラフトも6位から10位指名程度に変わっていれば、ハーダウェイ&エディ・ジョーンズ(同年10位でロサンゼルス・レイカーズに入団)という魅惑の若手バックコートコンビが完成していたかもしれない。

 いずれにしても、当時から25年以上が経過しても関係者が悔やむほど、ペニーがフランチャイズを担えるポテンシャルを秘めた稀代の逸材だったことは間違いない。

構成●ダンクシュート編集部

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