スパーズの「歴代ベスト5」を選定!黄金期を支えた“ビッグ3”とセンターは鉄板。一方でSFはレナードではなく…

スパーズの「歴代ベスト5」を選定!黄金期を支えた“ビッグ3”とセンターは鉄板。一方でSFはレナードではなく…

ロビンソン(左)&ダンカン(右)の強力ツインタワーで、チームは99年に初優勝。相棒の引退後もダンカンはスパーズ一筋で過ごし、19年間で5回の優勝を経験している。(C)REUTERS/AFLO

1946年の創設から74年。その長い歴史の中でNBAは何人ものスーパースターを輩出し、ファンを楽しませてきた。では、各チームの「歴代ベスト5」を選出したら、一体どんな選手が並ぶのか。『THE DIGEST』では、NBAに精通する識者に依頼し、全30チームのベストメンバーを選んでもらった。今回は1997年から昨季まで22年連続でプレーオフに進出し、5回リーグの頂点に立った「サンアントニオ・スパーズ」編をお送りする。

【ポイントガード】
トニー・パーカー

1982年5月17日生。188cm・84kg。
在籍期間:17シーズン(2001〜18年)
成績:1198試合、平均15.8点、2.8リバウンド、5.7アシスト

 大黒柱のティム・ダンカンは01−02シーズン、FAとなったジェイソン・キッドをスパーズが獲得することを願っていた。だがその願いは叶わず、チームは19歳の新人だったフランス人に正PGを任せることにした。腹を立てたダンカンは、そのルーキーを1年間無視し続けたという。

 だが大抵はそうであるように、スパーズ首脳陣の判断は正しかった。そのフランス人――パーカーは、キッドよりもずっと長くチームに貢献してくれたからだ。通算アシスト6829本は、2位のエイブリー・ジョンソンを2300本以上も引き離して球団記録。シュートレンジはそれほど広くなかった代わり、抜群のスピードでゴール下へと切り込んでいき確実にシュートを決めた。

 クリーブランド・キャバリアーズをスウィープした07年のファイナルでは、ヨーロッパ出身選手として初めてMVPに選ばれた。最後の1年をシャーロット・ホーネッツで過ごしたために“生涯スパー”ではなくなったのが、少々残念だった。
 【シューティングガード】
マヌ・ジノビリ

1977年7月28日生。198cm・93kg。
在籍期間:16シーズン(2002〜18年)
成績:1057試合、平均13.3点、3.5リバウンド、3.8アシスト

 全出場試合数の67%(1057試合中708試合)がベンチスタートだった選手が、フランチャイズのオールタイムベスト5に入るなど、普通はあり得ない。だがジノビリは、どのような意味でも“普通”ではなかった。異常なほど生産性が高く、ボックス±というアドバンスドスタッツでは史上22位。同じくVORPという統計でも38位、プレーオフに限ると17位まで上昇する。プレー自体も常識の枠には収まらず、ジノビリステップ/ユーロステップと称された変幻自在のムーブを、元同僚のショーン・エリオットは「交通渋滞をすり抜けていくリスのよう」と形容した。

 パスやスティールも独特かつ効果的。08年にはシックスマン賞を受賞しただけでなく、オールNBAチーム(3rd)入りまで果たし、これは史上唯一の例である。彼の手にかかれば、フロッピングさえも芸術の域まで高められた。強いけれども地味なチームカラーのスパーズにあって、他球団のファンからも熱狂的な支持を集めた名物男だった。
 【スモールフォワード】
ジョージ・ガービン

1952年4月27日生。201cm・84kg。
在籍期間:12シーズン(1974〜85年)
成績:899試合、平均26.3点、5.4リバウンド、2.8アシスト

 他のポジションはみな2000年代以降のスパーズ黄金期のメンバー。SFでも14年のファイナルでMVPに輝いたカワイ・レナードを選ぶことはできるが、ここはABA時代から活躍していた“アイスマン”ことガービンを推したい。得意技はフィンガーロールという、スナップを利かせてボールを浮き上がらせる独特のシュート。「ボールが意思を持って、自らゴールに吸い込まれていく」と形容された妙技を駆使して得点を量産した。

 78年はデビッド・トンプソン(デンバー・ナゲッツ)と激しい得点王争いを繰り広げ、最終戦で73得点を挙げたトンプソンに逆転されると、直後の試合では前半だけで53点、最終的に63得点を荒稼ぎ。自ら「ドーピングしたスーパーマンみたいな気分だった」と振り返った超絶パフォーマンスで、タイトルを確定させた。以後82年まで5年間で4回得点王になり、中でも80年は平均33.1点。スパーズで年間30点以上を記録したのはガービンだけで、通算でも平均26.2点はNBA史上9位にランクされている。
 【パワーフォワード】
ティム・ダンカン

1976年4月25日生。211cm・113kg。
在籍期間:19シーズン(1997〜2016年)
成績:1392試合、平均19.0点、10.8リバウンド、3.0アシスト

 シーズンMVPに2度選ばれ、NBA史上トップ10に入る選手と見なされているにもかかわらず、ダンカンは得点やリバウンドなどのタイトルは一度も獲得していない。これは彼クラスのスーパースターにしては極めて珍しい。平均得点は5位、リバウンドは2位が2度、ブロックは3位がそれぞれ最高順位だった。それでも2000年代で、ダンカンほど勝利に貢献した選手はいなかった。5回チャンピオンになり、うち3度はファイナルMVPに輝いている。

 プレースタイルは堅実そのもので、人呼んで「ビッグ・ファンダメンタル」。レフェリーの判定に不服そうな顔を見せることはあっても、感情を乱してプレーに支障を来すことは一切なし。「勝利のためにはそんなもの必要ない」との信念から、観客受けする派手なプレーはせず、地味でも確率の高いバンクショットで着実に得点を重ねた。史上最強のPFと言われることも多いが、選手生活の後半は主にセンターでプレーしている。
 【センター】
デイビッド・ロビンソン

1965年8月3日生。216cm・107kg。
在籍期間:14シーズン(1989〜2003年)
成績:987試合、平均21.1点、10.6リバウンド、2.5アシスト

 NBA史上、得点、リバウンド、ブロックのタイトルを獲得した選手は2人しかいない。1人はカリーム・アブドゥル・ジャバー、もう1人がロビンソンだ。センターとしては破格の身体能力の持ち主で、新人王、MVP、最優秀守備選手賞の3賞に輝いているのも、マイケル・ジョーダン以外にはこの男だけ。
  オリンピックでも92、96年の2度金メダルを手にしている。このような華々しい実績がありながら、どこか軽んじられているのは勝負所で弱かった印象があるため。エース格として臨んだ88年ソウル五輪で銅メダルに終わり、スパーズがリーグ最高勝率だった95年はファイナルに進めず、優勝したのはすべてダンカンの加入後だった。とはいえ、ロビンソンほど実力と品格を兼ね備えていたスター選手は稀だった。ドラフト1位で指名されても2年間は海軍で兵役義務に就き(だから「提督」と呼ばれた)、14年間のプロ生活でも自己中心的な態度は一切見せなかった。

文●出野哲也

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