「すべてはストックトンから始まった」マローンが語った“名相棒“の異能と“ピック&ロール“の秘訣

「すべてはストックトンから始まった」マローンが語った“名相棒“の異能と“ピック&ロール“の秘訣

マローン(左)とストックトン(右)は1985年から2003年まで一緒にプレー。この2人のピック&ロールは完成度が非常に高く、ディフェンスは困難を極めた。(C)Getty Images

ユタ・ジャズは、“神様”マイケル・ジョーダンを擁して2度の3連覇を果たした1990年代のシカゴ・ブルズに最も肉薄したチームのひとつだった。パスの名手であるジョン・ストックトン、“メールマン”こと得点製造機のカール・マローン、歴代4位の通算1221勝を誇るジェリー・スローン・ヘッドコーチ、そして「ピック&ロール」で当時の彼らは成り立っていた。

 ボールハンドラーと対峙している選手に対してスクリーンをかけ、自らもフリースペースへ動いてパスをもらうピック&ロールは、バスケットボールの基本プレーだが、ジャズのそれは“究極の必殺技”だった。

 ジョーダンと同じ1984年にジャズに入団ストックトンは、キャリア序盤こそ控えだったが、1987-88シーズン以降は85年にジャズ入りしたマローンと16年にわたって不動のレギュラーとして君臨した。共闘した18年間は925勝519敗(勝率64%)を誇り、すべてのシーズンでプレーオフに出場。96−97シーズン、97−98シーズンはファイナルに進出して王者ブルズを苦しめた。

 マローンは歴代2位の通算3万6928得点を記録したが、歴代トップの通算1万5806アシストをあげ、NBA史上屈指のファシリテーターだったストックトンと一緒にプレーしていなければ、今の地位まで上り詰めていなかっただろう。他の追随を許さないコートビジョン、完璧なピンポイントパス。NBA史上最もアンストッパブルなピック&ロールコンビとなり得た理由を、マローンが『Barstool Sports』のポッドキャスト“Pardon My Take”で語っている。
 「すべてはジョン・ストックトンから始まった」

 完璧なピック&ロールを完成させるには「忍耐、忍耐、忍耐だ」と主張したマローン。「現役時代、俺は忍耐が足りなかった」と自戒の念を込めてそう振り返るが、それでもストックトンがピック&ロールを上手く機能させたという。

「俺たちはキャリアで無数のピック&ロールをしてきた。俺はエネルギーに満ち溢れていて、準備はできていたけど、ストックトンを見ると、少なくとも75〜80%の場合はドリブルをしていて、手を挙げて俺に待てと伝えていた。当時の俺たちを振り返ったら、彼がそうしている時はプレーコールをしていないはずさ。ストックトンは、PGが早く動いてしまったら、自分のオフェンシブ・ファウルになるだけだって言っていたよ。彼はタイミングを見計らって、俺を守ってくれていたんだ。だから、完璧なピック&ロールは忍耐なんだ」
  ピック&ロールは基本プレーであるのに加え、対戦相手はストックトン&マローンがそれを軸に攻撃を組み立ててくることも十分に把握していた。それでも、分かっていながら止められず、幾多の得点とアシストを献上した。マローンはストックトンが起点だったからこそ、ピック&ロールがアンストッパブルな武器になっていたと称える。
 「ピック&ロールは常にPG次第だ。彼らが自分の仕事をして、周りの選手のことを考えていれば、(PGは)必然と忍耐強くなる。だから、彼らは堅実で頼りになるんだ。俺はそれを実感したよ。俺たちにはショーを見せるために最高の武器を持っていた。俺はスクリーンをかけ、他の連中はどこにいるべきかを理解するだけだった。すべてはストックトンから始まっていたんだ」

 ストックトン&マローンは、不運にもジョーダンとプレー期間が重なり、ある意味で過小評価され続けてきた。もし別の時代、あるいはファイナルの直接対決で一度でもジョーダンズ・ブルズに勝っていれば、ピック&ロールとともに“真のレジェンド”として扱われてきたに違いない。

構成●ダンクシュート編集部

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