NBA史に残るジョーダンの名場面“ザ・ショット”の“裏の主役”となったクレイグ・イーロー【NBA名脇役列伝・前編】

NBA史に残るジョーダンの名場面“ザ・ショット”の“裏の主役”となったクレイグ・イーロー【NBA名脇役列伝・前編】

ドラフトでは3巡目48位指名と期待値は高くなかったイーローだが、10日間契約で加入したキャブズでディフェンダーとして頭角を現わした。(C)Getty Images

2016年、結成46年目にしてついに初優勝を果たしたクリーブランド・キャバリアーズ。一時はその才能を「サウスビーチへ持っていった」レブロン・ジェームズが、マイアミから帰還して2年目のことだった。

 だが、レブロン入団以前にも、キャブズファンが優勝を意識していた時代があった。1980年代末、ロン・ハーパーやブラッド・ドアティ、マーク・プライスらの若手選手を中心に、急速にチーム力を伸ばしていた頃である。

 とりわけ1988−89シーズンには、リーグ2位の57勝を記録するほどの強さを見せつけたが、シカゴ・ブルズのマイケル・ジョーダンが放った1本のシュートによって、リーグ制覇の夢は潰えてしまった。“ザ・ショット”として後世に語り継がれるこの名場面では、ジョーダンのほかにもう1人、クレイグ・イーローもまた、NBAの歴史にその名を刻んだのである。
 ■ロケッツを解雇されるも、10日間契約のキャブズで…

 イーローは1961年8月11日、テキサス州ルボックで生を受ける。子どもの頃は野球やフットボールにも親しんでいたが、やがてバスケットボールで頭角を現わし始めた。

 高校の最終学年では州のオールスターチームに選ばれ、背番号30はのちに同校初の永久欠番となる。オデッサ大で2年プレーしたのち、ワシントン州大に転校。4年生の時にはNCAAトーナメントに出場すると、1回戦では18得点をあげる活躍を披露し、ウェバー州大を下す原動力となった。

 これは同大にとって、トーナメントでの41年ぶりの勝利に。しかし続く2回戦では、当時の大学バスケットボール界最高の選手、ラルフ・サンプソンを擁するバージニア大に敗れた。

 その後、イーローは1983年のドラフトでヒューストン・ロケッツから3巡目48位で指名を受ける。

「名前が呼ばれる確信もなかったし、何巡目だろうが、どの球団だろうがかまわなかった。それが地元テキサスの球団に指名されたんだから、飛び上るほど嬉しかったよ」

 1位指名権を保持していたロケッツは、目玉中の目玉だったサンプソンも獲得。キャンプではサンプソンと3位指名のロドニー・マクレーが脚光を浴び、イーローに注目する者などほとんどいなかった。だが、そうした状況はまるで気にならなかったという。

「チームにいられるだけで満足だったんだ。いつまでNBAでプレーを続けられるかわからなかったし、いつクビになってもおかしくないと思っていたからね」
  実際に1年目はわずか7試合の出場に終わり、ロケッツでプレーした3年間でも、計88試合の出場で平均2.4点しか記録できなかった。入団時に彼がそう考えたのも、当然だったのかもしれない。

 そして、ついに恐れていた日がやってくる。1986年のトレーニングキャンプ中に、チームから解雇を通達されたのだ。

「前年に結婚したばかりだったからね。代理人はすぐに新しいチームは見つかると言っていたけれど、12月が過ぎても声は掛からなかった」

 それでもマイナーリーグのCBAを経て、翌年の1月にキャブズと10日間契約を結ぶと、28日のフィラデルフィア・セブンティシクサーズ戦で18得点、12リバウンドをマーク。さらに翌日のミルウォーキー・バックス戦では、26得点と予想外の大活躍を見せた。

 結局、そのままシーズン終了までチームに残り、オフのエクスパンション・ドラフトでもプロテクトされるなど、キャブズに欠かせない戦力として認知される。特にディフェンス面でレニー・ウィルケンズ・ヘッドコーチ(HC)の信頼を得たイーローは、スター選手のマーカーも任されるようになった。
  当時のチームメイトだったスティーブ・カー(現ゴールデンステイト・ウォリアーズHC)は、イーローの印象をこう語っている。

「彼についてよく覚えているのは、相手のダンクをブロックしようとしているシーンだ。腕が長くてジャンプ力もあったから時には成功したけど、そのまま決められることもあった。きっと、ダンクの瞬間を捉えた写真の多くには、イーローが一緒に写り込んでいるんじゃないかな(笑)。あの積極的にチャレンジする姿勢が好きだったし、彼は誰が相手でも恐れなかったよ」

 イーローのポジションはシューティングガード。そのストッパーということはすなわち、ブルズ戦ではジョーダンとマッチアップすることを意味した。

「彼と対戦する時は正攻法で挑み、トラッシュトークもほとんどしなかった。向こうは『お前に俺が止められるのか?』なんて言ってきたけど、こっちは『ミスター・ジョーダン』と、年下の彼に敬意を払って応じていたよ」(後編に続く)

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2014年11月号掲載原稿に加筆・修正。

【名場面PHOTO】ジョーダン最後のオールスター、コビー81得点、カーターの豪快ダンク……1999-2019 NBA名場面集
 

関連記事(外部サイト)