“明確な役割”と“自身への信頼”。NBA挑戦が失敗に終わったヤン・ヴェセリーに足りなかったもの

“明確な役割”と“自身への信頼”。NBA挑戦が失敗に終わったヤン・ヴェセリーに足りなかったもの

欧州でMVPを受賞するまでに成長したヴェセリー。はたして再びNBAに戻る日は来るのか。(C)Getty Images

世界一の競技人口を誇るバスケットボール。その最高峰リーグであるNBAには世界中から優れたプレーヤーが集結し、特に2000年代以降は外国籍選手の数も飛躍的に増加した。しかし、その中には己の実力を発揮しきれず、数年でアメリカを後にしたプレーヤーも少なくない。NBAに挑み、再び欧州の舞台へ舞い戻った挑戦者たちを、シリーズで紹介しよう。

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 驚異的な滞空時間から繰り出されるブロックやダンクで“チェコのヘリコプター”の異名をとるヤン・ヴェセリー。昨年のワールドカップは故障により欠場したが、チェコと同組だった日本代表のなかには、彼との対戦を楽しみにしていた選手もいただろう。

 ヴェセリーは2011年のドラフトで、ワシントン・ウィザーズから1巡目6位で指名を受ける。欧州出身の選手には、ドラフト後さらに数年ヨーロッパでプレー経験を積んでからNBAに挑戦する者が少なくないが、すでに欧州で4年のプロキャリアを積んでいた21歳の新星は、このタイミングでの入団を決めた。
  211cmの長身ながらスピードもあり、高いアスレティック能力がヴェセリーの最大の魅力。当時のウィザーズは前年のドラ1ポイントガード、ジョン・ウォールを中心としたチームを構築中だったから、ウォールとヴェセリーを組ませた速攻メインのオフェンスシステムは、魅力的なオプションになるはずだった。

 しかし、運悪く2011−12シーズンはロックアウトで開幕が遅れたのに加え、序盤は出場機会が与えられず、デビュー戦は年が明けた1月8日まで持ち越されることに。24日には2勝15敗と大きく負け越していた責任を取ってフリップ・サンダース・ヘッドコーチ(HC)が解任されると、後任のランディー・ウィットマンHCの下ではコンスタントに出番を獲得。NBA挑戦1年目は57試合(うち20試合で先発)に出場し、平均18.9分のプレータイムで4.7点と、ルーキーイヤーとしてはまずまずの数字をあげた。

 だが、2年目は出場時間が伸びるどころか逆に減少し、キャリア3年目の2014年2月にデンバー・ナゲッツへと放出される。2013−14シーズンの終了をもって、欧州に復帰することになった。
  行き先は、ジェリコ・オブラドビッチを指揮官に迎え、急速に力をつけていたトルコのフェネルバフチェ。入団初年度からファイナル4進出に貢献すると、2016−17シーズンにはクラブ史上初のユーロリーグ優勝を達成。2018−19シーズンはユーロリーグ年間MVPに選ばれ、ヴェセリーは名実ともに欧州バスケットボール界No.1の選手となった。

 だが、彼がヨーロッパに戻ったあと「このまま(NBAで)続けていけるポテンシャルはあった」と書いた批評家もいたように、ヴェセリーはNBAでも成功しうる素質は備えていた。それが開花しなかったのは、彼自身、そして使う側、両方の問題だったように思う。

 ドラフトされるまで3年間在籍していたセルビアのパルチザンでは、ヴェセリーはスモールフォワードとしてプレー。欧州ではセンターでも通用するサイズだったこともあり、キャリアを通じて彼は“3番から5番までできるバーサタイルな選手”だった。
  ウィザーズ時代は主にパワーフォワードを務めていたが、ポストで身体を張ってディフェンスするにはやや線が細い。その一方で、3番でプレーするにはシュート力が足りなかった。これを「どっちつかずな人材だった」の一言で片付けるのは簡単だが、NBAの水に慣れたキャリア2年目は、彼の能力を理解した上でより効果的な使い方を講じることもできたのでは、と思う。

 ウィットマンHCは「ヴェセリーの問題はプレーに安定感がないことであり、そしてそれは自信の欠如が大きな要因」だと指摘していた。

「彼は十分なウィングスパンもあるし、サイズもスピードも備えている。ディフェンス面では、相手のパスコースを切る動きも上手い。彼は自分をもっと信じることが必要だ。海外から来て、このレベルで戦った経験はこれまでなかったのだからそれもわかるが、彼のいくつかのプレーには、自信のなさが要因になっていると思われるものがある」

 “いくつかのプレー”で代表的なのが、エアボールを連発したフリースローだ。2013年12月9日〜2014年1月8日には、12本放ったフリースローをすべて失敗するという負のスパイラルに陥っている。彼がNBA在籍時に頂戴したニックネーム“Air Wolf (エアウルフ)”は、宙高く舞うダンクを賞賛していたと同時に、エアボールをも意味していた。
 「素晴らしいパフォーマンスで『よし、これぞヤンだ!』と思わせてくれる時もあれば、躊躇いがちなプレーをすることもある。彼の最大の問題は自信の欠如だ。彼がより確信をもってプレーできるよう、私も手助けするつもりだ」

 ウィットマンHCはそう話し、サポートする姿勢を見せてはいた。しかし、ヴェセリーの自信を失わせた要因は、チーム側にもあったのだ。当時の彼は、チーム内での自分の役割について、常に疑問を感じながらプレーしていた。

 トルコでのインタビューでNBA復帰の可能性について尋ねられたとき、ヴェセリーはこう答えている。

「いつか戻れる機会があるとすれば、チームの主力になるとかではなく、少なくとも、自分に託される役割を明確に知った状態でいたい。『君の役目はこれだ、君にはこういったプレーを求めている』といったことを、コーチやゼネラルマネージャーに明確に示してもらいたい。前回はそうではなかったからね」

 自分の能力でこのチームにどのような貢献ができるのか、自分にどんな働きをしてほしいとコーチは思っているのか。アメリカ国外から来たルーキーであればなおさら、己の存在価値を明確に知ることができなければ、心に迷いも生じ、自信を持ってプレーすることは難しくなる。
 「あの3年間は、バスケットボールが楽しいと思えなかった」

 そう漏らしたヴェセリーに、バスケの楽しさを思い出させてくれたのは、フェネルバフチェのジェリコ・オブラドビッチHCだった。

 欧州きっての名将は、ヴェセリーのセンターとしての才を高く評価し、持ち味を生かせる明確な役割を与えた。本人曰く「自分に可能なことは何かを自覚してプレーすることができた」ことで、シュート成功率も格段に向上。NBAでは成功率40.8%と壊滅的だったフリースローも、昨季は 79.2%と8割に迫る確率で沈めていた。

 立ち直るきっかけとなったエピソードがある。2015−16シーズンのファイナル4決勝、CSKAとの試合で、フェネルバフチェは延長戦の末101-96で敗れ初優勝を逃したが、この大事なゲームでヴェセリーは、10本打ったフリースローのうち9本を外してしまった。
  その試合から少し経ってから、オブラドビッチHCはヴェセリーに電話をかけてこう話したという。

「君のフリースローが1/10だったことなど私は気にしていない。それ以上に、君はチームに貢献してくれている。君がいてくれたから、ファイナルに進出できるくらいのシーズンを送れたんだ。だから0/20だったとしても私は構わないよ。ただ、ひとつ知っておいてほしい。これは心理的な問題だということをね。フリースローラインに立って、いつも通り打てば入るはずなんだ。だって君のシュートフォームは、とても綺麗なのだから」

 これは嘘やはったりではなかった。この当時でさえ、ヴェセリーは練習では100本中90本以上はネットに収めていたからだ。

 この会話の後、ヴェセリーのフリースロー成功率は飛躍的に向上していくのだが、それは単にシュート力が改善したわけではないと本人は語っている。
 「あの会話で、いかにコーチが自分を信頼してくれているかを実感した。指揮官がそれほど信頼してくれているとわかったら、それがさらなるモチベーションになる。彼との会話は、僕にあらゆる点でもっともっと成長したいという意欲を与えてくれたんだ」

 いつ何時でも、求められるポジションで求められるプレーをこなす。それができるかできないかが、選手の能力を判断する材料になり、成功するしないを分ける。そしてそれが、世界最高峰のNBAで生き抜く厳しさでもあるのだ。

 しかし一方で、使う側もプレーヤーの特性を生かせる役割を与えることで、十二分に能力を発揮させてやれる。そうすることが選手の才能開花につながるだけでなく、チーム全体の戦力アップにもなっていく。

 自分の持ち味を有効に使ってくれる指導者や、相性のいいチームメイトに出会えるのは選手の持つ“運”でもあるし、指導者の力量でもある。過去に優勝したチームを紐解けば、そのあたりが自然と噛み合っていたに違いない。

 ヨーロッパ出身選手のNBA挑戦について、「欧州である程度のキャリアを積んでから挑戦したほうがいい」、と経験者たちは語る。ただ、ヨーロッパですでにスター選手になってから、アメリカで若手に交じって“ルーキー”扱いされ、責任ある主力だったのがベンチ要員となることで、やる気を失うケースも多々あるだろう。
  逆に、まだプロとして未熟なうちに異国の最高峰リーグに挑戦すれば、プレッシャーとの戦いに苦しんでしまう。ヴェセリーのように、ドラフトの指名順位が高ければなおさらだ。

 それを思うと、ヴェセリーと同じく欧州で数年のプロキャリアを経たあと、ドラフトと同時にNBA入りして即活躍しているパウ・ガソル(元ロサンゼルス・レイカーズほか)やルカ・ドンチッチ(ダラス・マーベリックス)がいかに逸材だったかがわかるだろう。しかし、キャリア黎明期にNBA挑戦で躓いたことが、選手としての質を決めてしまうわけではないこともまた、ヴェセリーは証明してみせた。
  今でも毎年オフには、彼の元にNBAチームから接触があるという。以前トルコのテレビ番組で、「NBAでの3年間は、自分のキャリアにとって良い時期ではなかった」と振り返っていたが、それでもそのドアを完全に閉めているわけではない。

 ヴェセリーは現在30歳。自信と経験を積み上げ、欧州のMVPにまで上り詰めた彼がNBAに再挑戦することになったら、どのような活躍を見せてくれるだろうか。

文●小川由紀子

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