サンダーの「歴代ベスト5」を選定!NBA史に残る2組のデュオは文句なし。最後の1人は初優勝時のメンバーから抜擢

サンダーの「歴代ベスト5」を選定!NBA史に残る2組のデュオは文句なし。最後の1人は初優勝時のメンバーから抜擢

球団ベスト5には、前身のソニックス時代と本拠地移転後のサンダー時代に活躍した2組のデュオが名を連ねた。(C)Getty Images

1946年の創設から74年。その長い歴史の中でNBAは何人ものスーパースターを輩出し、ファンを楽しませてきた。では、各チームの「歴代ベスト5」を選出したら、一体どんな選手が並ぶのか。『THE DIGEST』では、NBAに精通する識者に依頼し、全30チームのベストメンバーを選んでもらった。今回は、前身であるシアトル・スーパーソニックス時代の1979年に頂点に立ち、本拠地移転後もプレーオフ常連の地位を確立している「オクラホマシティ・サンダー」編をお届けしよう。

【ポイントガード】
ゲイリー・ペイトン

1968年7月23日生。193cm・82kg
在籍期間:13シーズン(1990〜2003)
成績:999試合、平均18.2点、4.2リバウンド、7.4アシスト

 サンダーはシアトル・スーパーソニックス時代の1978、79年に2年続けてファイナルに進み、79年に球団初にして唯一の優勝を果たした。その頃のスターPGとしてチームを牽引したガス・ウィリアムズも捨てがたいが、さすがにペイトンを選ばないわけにはいかないだろう。
  出場試合数(999)をはじめ、アシスト(7384)、スティール(2107)など多くの球団記録を持ち、オールスター出場9回はすべてソニックス時代。平均20点以上のシーズンが6回と得点力も高かったが、何と言っても一番の売りはディフェンスだった。95−96シーズンには平均2.85本でスティール王となり、PGでは史上唯一の最優秀守備選手賞に選ばれた。同年は球団史上最高&カンファレンストップとなる63勝をあげ、79年以来初のファイナルまでチームを導いている。

 オールディフェンシブ1stチームにも94年から9年連続で選出。見た目からしていかにも生意気そうな出で立ちで、実際トラッシュトークでマッチアップ相手を精神的にゆさぶる名人。「そうやって俺を打ち負かすことだけに気がいって、チームプレーが疎かになればこっちのもの」という計算の下、どんな相手に対しても減らず口を叩き続けた。
 【シューティングガード/ポイントガード】
ラッセル・ウエストブルック

1988年11月12日生。191cm・91kg
在籍期間:11シーズン(2008〜19)
成績:821試合、平均23.0点、7.0リバウンド、8.4アシスト

 PGではあっても、ガンガン得点を取りにいくウエストブルックのプレースタイルはSGに近い。得意ではないディフェンス面もペイトンと組めば解消できるので、衝突さえしなければ最強のバックコートコンビが誕生する。

 2008−09シーズン、ソニックスがオクラホマシティに移転した年に入団したサンダー1期生。15年は平均28.1点、17年は31.6点で2度の得点王に輝いているが、彼の名を一気に高めたのは17年に達成した年間トリプルダブルだ。オスカー・ロバートソン以来リーグ史上2人目の偉業とあってシーズンMVPにも選ばれたが、以後3年も続けて達成してしまったせいで、自分の手で“快挙感”を薄くしてしまったのは皮肉な成り行きだ。

 18、19年は2年連続でアシスト王にもなり、その19年を最後に、ファンに惜しまれながらヒューストンへ移籍。なお前述した79年の優勝時、ファイナルMVPに選ばれたデニス・ジョンソンもSGだが、ソニックスでの在籍期間は4年だけだった。
 【スモールフォワード】
ケビン・デュラント

ラッセル・ウエストブルック
1988年9月29日生。208cm・109kg
在籍期間:9シーズン(2007〜16)
成績:641試合、平均27.4点、7.0リバウンド、3.7アシスト

 ウエストブルックが「サンダー1期生」なら、1年早く入団したデュラントは「最後のスーパーソニック」だ。2つのチャンピオンリングはゴールデンステイト・ウォリアーズで手にしたものだが、全盛期はオクラホマでの8年間だった。

 208cmの長身で、まるでフリースローのように軽々と3ポイントを放り込む天性のスコアラー。リチャード・ジェファーソンが「史上最もガードの難しい選手」と言うのも納得である。3年目の09−10シーズンに平均30.1点で初の得点王になると、以後3年連続、1年挟んで13−14シーズンも32.0点で合計4度タイトルを獲得。この間唯一トップを譲った12−13シーズンもカーメロ・アンソニーと0.6点差で、その気になれば十分逆転できたものの、最終戦を欠場して自らチャンスを放棄した。

 サンダーで優勝することなくFAで出て行ったため、ウエストブルックと違ってオクラホマでは敵視されているが、このフランチャイズに最も貢献した1人という事実は動かせない。
 【パワーフォワード】
ショーン・ケンプ

1969年11月26日生。208cm・104kg
在籍期間:8シーズン(1989〜97)
成績:625試合、平均16.2点、9.6リバウンド、1.8アシスト

 伝統的にこのチームは、センター/パワーフォワードの層は厚くない。そのなかで、唯一全国的な人気者となったのがケンプだった。89年に当時としては極めて珍しく、大学でのプレー経験のない選手として入団。傑出した身体能力を生かした野性的なプレースタイルで注目を集め、とりわけ迫力満点のダンクはハイライト集の定番となった。

 選手としても順調に成長を続け、93年から6年連続でオールスターに選出。雨の街シアトルを舞台にダンクの雨(Rain)を降らせ、ペイントを支配(Reign)するという意味で“レイン・マン”と呼ばれた。95−96シーズンにはそれまでの最高成績となる平均19.6点、11.4リバウンド、ペイトンとの強力コンビで勝ち進んだファイナルでもシカゴ・ブルズ相手に大暴れした。だが精神面は肉体ほど成熟しておらず、契約問題で不満を唱えて97年オフにクリーブランド・キャバリアーズへトレードされる。その後は不摂生もあって体重が大幅に増加し、スターの座からあっという間に転げ落ちた。
 【センター】
ジャック・シクマ

1955年11月14日生。211cm・104kg
在籍期間:9シーズン(1977〜86)
成績:715試合、平均16.8点、10.8リバウンド、3.3アシスト

 ケンプほど強烈な存在感はなかったけれども、ソニックス/サンダーのビッグマンとして最も貢献度が高かったのはシクマ。ハードロックバンドのメンバーのような金髪ヘアが特徴で、入団2年目から7年続けてオールスターに出場。211cmの長身からは想像もつかないほど正確なシュート力を誇り、ミルウォーキー・バックス移籍後の88年はリーグ最高のフリースロー成功率92.2%を記録。今なおこのタイトルを獲得した唯一のセンターとなっている。

 キャリアの終盤からは3ポイントも打ち始めたが、もう少し早くそのスタイルを取り入れていたら“ストレッチ・ファイブ”の先駆けとなっていたに違いない。当時のインサイドプレーヤーの常識とは反対に、ゴールから遠ざかってスペースを作るピボットは“シクマ・ムーブ”と呼ばれた。守備ではブロックこそ少なかったものの、リバウンドはシーズン平均2桁が8回、82年と84年はディフェンシブ・リバウンドの本数でリーグ1位、79年のファイナルでは平均14.8本を奪って優勝に貢献した。

文●出野哲也

【PHOTO】近年最高の”天才スコアラー”!ケビン・デュラントの厳選ショット!

関連記事(外部サイト)