巡り合わせの妙により、わずか2週間で天国と地獄を味わった“ヨーロッパ現役最高シューター”マイク・ジェームズの物語

巡り合わせの妙により、わずか2週間で天国と地獄を味わった“ヨーロッパ現役最高シューター”マイク・ジェームズの物語

ヨーロッパでスター選手となったジェームズだが、NBAでは不運が重なりチャンスを掴み損ねた。(C)Getty Images

マイク・ジェームズと聞いて、NBAファンは「ああ、あのジャーニーマンの!」と思うかもしれない。トロント・ラプターズやマイアミ・ヒートをはじめ、12年間で11球団を渡り歩いたポイントガードだ。

 しかし、今回取り上げるのは彼ではない。現在のヨーロッパで最もホットなシューターであり、ユーロリーグ得点王に輝いた昨季に続いて今年も28節で中断するまで総得点数で首位に立っていた、CSKAモスクワに所属する方のマイク・ジェームズだ。

 両選手ともドラフトで指名漏れしたのち、海を渡り逆輸入の形でNBAデビューを果たしたという足跡は同じ。しかし、1975年生まれの前者がその後NBAで12シーズンのキャリアを築き、2003−04シーズンにはデトロイト・ピストンズで優勝を味わったのとは対照的に、1990年生まれである後者のリーグ在籍期間は、フルシーズンにも満たなかった。
  出身はポートランド。イースト・アリゾナ高からテキサスのラマー大に進学すると、当時からシューターとしての才覚を発揮し始めており、1試合52得点を叩き出したこともあった。彼が指名されずに終わった2012年ドラフトにおいて、全体1位指名を受けたアンソニー・デイビス(ロサンゼルス・レイカーズ)擁するケンタッキー大との対戦でも、64−86で試合には敗れたものの、ゲームハイの29得点をマークしている。

 卒業後はクロアチアのザグレブでプロデビュー。以降もイスラエルやイタリアの下部リーグのクラブを転々としたが、2014年12月にスペインの名門バスコニアに入団してから、本格的に彼のキャリアが開き始める。パナシナイコスでプレーした2016−17シーズンには、年間を通じて最も印象的なプレーを披露した選手に贈られるMSP(Most Spectacular Player)も受賞。欧州ではすでにスタープレーヤーとして知られるようになっていた。

 2015年からは、毎年フェニックス・サンズのサマーキャンプにも参加。そして27歳を迎えた3度目の夏、ついに2WAY契約にこぎつける。ちょうどその制度がスタートした、2017年のことだった。
  地元ポートランドでブレイザーズと激突したシーズン開幕戦から出場し、12得点と上々のデビューを飾る。7試合目のブルックリン・ネッツ戦で24得点、5アシストをマークすると、NBAでプレーできる45日間の期限が迫った11月26日のミネソタ・ティンバーウルブス戦ではチームハイの26得点、7アシストとアピールし、期間終了後の12月7日、晴れて本契約を締結。2WAY契約からコンバートされた選手は、ジェームズが第1号だった。

 ところが、喜びも束の間。そのわずか2週間後、彼はサンズから解雇されてしまう。顛末はこうだ。

 ガードのデビン・ブッカーが負傷したため、チームは下部組織のノーザンアリゾナ・サンズに加入したばかりのアイザイア・カナーンをコールアップ。カナーンは毎試合のように2桁得点を稼ぎ出したほか、アシストやリバウンドでも安定した数字を叩き出し、フロントから評価を勝ち取った。

 カナーンが穴を埋めているうちに、負傷離脱していたデボン・リードとブッカーに復帰の目途が立つ。そしてロースターに空きが必要となったフロントは、ジェームズの放出を選択したのだった。
  もし本契約を結ぶ前だったなら、ウェイブされず2WAY契約のままチームに留まっていただろう。しかし皮肉なことに、コンバートされ15人の正ロースター枠の一員になっていたことで、一夜にして職なしとなってしまったのだ。喜びと希望に満ちあふれていたジェームズにとって、あまりに酷な通達だった。

 出場した32試合でマークした平均10.4点、 3.8アシストというスタッツは、決して悪い数字ではない。サンズのファンやメディアの反応を見ても「ジェームズをカットすべきではなかった」という声がほとんどだった。

 その後、ニューオリンズ・ペリカンズと新たに2WAY契約を結んだが、4試合に出場したのみで2月に解雇。その後古巣のパナシナイコスに復帰したものの、この退団は一説によれば、ジェームズの方から願い出たとのことだった。
  これらの鬱憤を晴らすかのように、翌2018−19シーズンはアルマーニ・ミラノのエーススコアラーとしてユーロリーグ得点王に輝くと、今季はCSKAモスクワに迎えられ、平均21点を稼ぎ出すなど絶好調。シェーン・ラーキンも「自分と似ている。一番手強い相手」とライバル視している存在で、短い期間とはいえ世界最高峰リーグを経験したことにより、プレーにより自信がみなぎっているように感じる。

 サンズ在籍中のインタビューでジェームズは「自分の出身校からはあまり選手を輩出していなかったから、正直NBAに来ることは考えていなかった」と回顧。オファー自体はその前から何度もあったが、彼の心を動かすほどのものではなかった。

「でも今回は、その時が来たと感じたんだ。『もし今年来ていなかったら、一生来ないだろう』と感じていた。だから『このチャンスに賭けてみよう』と思ったんだ。たった1年で終わるかもしれないけれど、上手くいかなければまた海外に出ればいい。お金も稼げるしね!」

 実際に彼は、欧州のクラブからの高額オファーを蹴って、サンズとの2WAY契約を選んだとも報じられた。
  面白いのは、ジェームズがNBAのアリーナの雰囲気について「大人しくて拍子抜けした」との感想を漏らしていたことだ。パナシナイコスのサポーターは欧州No.1と言っていいほど熱狂的で、OAKAアリーナの雰囲気は狂気を感じるほどだから、それに比べたらNBAのアリーナは静かだったらしい。

 ギリシャでは大スターだが「アメリカじゃ誰も自分を知らないから、普通に道を歩けるし、落ち着いて暮らせる」と話したジェームズ。NBAプレーヤーになってからの方が無名の存在になるというのも、妙な逆転現象である。

 今年6月には、CSKAと3年の延長契約を締結。彼らとともに欧州の頂点に立つのが、今のジェームズの目標だ。

 ちなみについ先日、カナーンが同じロシアのUNICSカザンと契約。結果的に彼を押し出すことになった因縁の元チームメイトと、来季は敵として対戦することになる。
  NBAで実際にプレーしたことで“どんな世界なのかを体験して気が済んだ”という選手も少なからずいる。ジェームズもそのうちの1人かもしれないが、喜びの絶頂から突き落とされたショックや、これからという時に挑戦するチャンスを絶たれたことは、心に痛みとして残っているようだ。自身を解雇したサンズのゼネラルマネージャー(GM)、ライアン・マクドノーが2018年に解任された際には、Twitterにこうチクリと投稿していた。「やっとだね(笑)!こうするべきだったんだよ」

 能力はもちろんのこと、運やタイミング、そして2WAY契約の現実……。ジェームズのキャリアを考えると、改めてNBAで生き抜くことの厳しさを思い知らされる。

文●小川由紀子

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