シクサーズを追われたバークレーに訪れた“復活の時”。唯一無二の個性派は引退後も健在【NBAレジェンド列伝・後編】

シクサーズを追われたバークレーに訪れた“復活の時”。唯一無二の個性派は引退後も健在【NBAレジェンド列伝・後編】

シクサーズ時代の終盤には首脳陣と反発し、92年にサンズへトレード。翌年、チームをリーグ最高勝率に導きMVPを手にした。(C)Getty Images

身長190cm台であれば、NBAではガードのポジションを任せられるのが一般的だ。しかし、チャールズ・バークレーは2mに満たない身体でパワーフォワードを務めあげ、「神からもらった才能」と自負するリバウンドで、時代を代表する選手となった。キャリアを通じて数々の賞を手にしたバークレーだったが、頂点に立ったことは1度もなかった。だが、彼が唯一無二の特別な存在であることに疑いを持つ人はいないだろう。

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 強豪フィラデルフィア・76ersで1年目から頭角を現わしたバークレーは、2年目から平均得点が20点台に乗り、3年目は平均14.8リバウンドでリーグ1位。オールスターにも初出場し、スターの座を不動のものとした。マローンの教えで自己管理に目覚めたことも、成績の向上を後押しした。

「モーゼスは俺のキャリアで最も影響を受けた人物」と、バークレーも事あるごとにマローンへの感謝を口にしている。
 ■サンズ入団1年目で初のMVPに輝く

 ところが、バークレーの成長に反比例するように、シクサーズは衰退の道を辿っていく。1年目はカンファレンス決勝まで進出したのが、2年目はセミファイナル敗退、3年目は1回戦負け。87年にはアービングが36歳となり、この年限りで引退。マローンはトレードされ、ボビー・ジョーンズも引退といった具合に、優勝時の主力は次々に去っていった。これではバークレーがどれだけ奮闘しても限界があり、87−88シーズンはとうとう負け越す有様だった。

 そのフラストレーションは球団首脳へ向けられた。
「フロントの連中は優勝するよりも金儲けのほうに興味がある」と批判し、トレードを希望する発言がたびたび新聞紙上を賑わせた。一方で、チーム側もバークレーの行動や言動は頭痛の種だった。

 拳銃不法所持で逮捕されたり、野次を飛ばす観客に唾を吐きかけようとして、8歳の少女にかかってしまい国中の非難も浴びたりもした。91年にはミルウォーキーのバーで酔客と喧嘩し、負傷させたとして裁判沙汰になった。

 バルセロナ五輪を2か月後に控えた92年6月、シクサーズはついにバークレーをサンズへ放出した。バークレーの第一声は「フェニックスなら、毎日ゴルフができるな」だった。
  シクサーズよりはるかに優秀なチームに加わり、バークレーのモチベーションはいやが上にも掻き立てられた。移籍初年度に平均25.6点、12.2リバウンドをマークし、サンズをリーグ最多の62勝に導いて初のMVPを受賞。ファイナルでもブルズ相手に熱戦を繰り広げたが、惜しくも2勝4敗で敗退した。

「優勝できなくたってキャリアに傷がつくわけじゃないし、俺の生活は何も変わらない」と言い張ったのは、どこまで本心だったのだろう。

 以降はファイナルに戻ってくることはなく、96年にロケッツへ移籍。99−00シーズン中、試合中のアクシデントでヒザを負傷し、16年間のキャリアに突然終止符が打たれた。

■引退後は解説者に転身。お茶の間の人気者となる

 引退後も物議を醸すような行動・発言は枚挙に暇がなかったが、人気が落ちることはなかった。優等生ではなくとも、彼はいつでも正直で、自分が間違っていたらそれを認める勇気を持っていたからだ。

 バークレー嫌いを公言していたあるジャーナリストも「実際に何日か取材をしてみて、自分が間違っていたことに気付いた」と語っている。
  交友関係も広く、NBAではジョーダンと肝胆相照らす仲だったのをはじめ、カール・マローンやジョン・ストックトン、リック・マホーン、意外なところではジェリー・スローンからも、殿堂入りに際しプレゼンターとして指名された。その他のスポーツ界ではタイガー・ウッズや、大学の同窓であるMLB兼NFLプレーヤーのボー・ジャクソンとも共同でビジネスを展開している。

「将来は大統領になる」と言い続け、NBA時代も何度か故郷のアラバマ州知事選出馬をほのめかしていたが、政界進出は実現していない。かつては共和党の支持者だったが、トランプ政権になってからは民主党寄りの姿勢に変わっている。

 また引退直後からTNTで解説を務め、旧友ジョーダンからレブロン・ジェームズに至るまで辛辣な批評を下しつつ、テレビCMなどにも顔を出し、セレブリティとしての生活を謳歌している。

「60歳になったら仕事は辞める」とも言っているが、これまで何度も引退宣言を撤回している彼のことだから信用はできない。この唯一無二の個性派は、好むと好まざるとにかかわらず、これからも無視することのできない存在であり続けることだろう。

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2012年10月号掲載原稿に加筆・修正。

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