相次ぐ日本新に沸いた陸上長距離界。黄金期をもたらしたのは厚底だけではなく…

相次ぐ日本新に沸いた陸上長距離界。黄金期をもたらしたのは厚底だけではなく…

日本記録を樹立したきた選手たち。左から設楽悠太、大迫傑、田中希実。(C)Getty Images

日本記録。

 パーソナルベスト。

 東京オリンピックは延期になってしまったけれど、日本の陸上界は好記録誕生に湧いている。

 6月までトラックでの競技会はすべて失われてしまったが、7月に北海道の士別、深川、網走、千歳の計4戦で行われた「ホクレン・ディスタンス・チャレンジ」で中長距離シーズンが再開すると、好記録が連発された。注目すべき記録をまとめてみると……。

女子3000m
田中希実(豊田自動織機TC)8分41秒35(日本新記録)

男子5000m
吉居大和(中大1年)13分28秒31(U20日本新記録)
石田洸介(東京農大二高3年・群馬)13分36秒89(日本高校新記録)

男子3000m障害
三浦龍司(順天堂大1年)8分19秒37(日本歴代2位・U20日本新記録・今季世界最高記録)

 田中は2018年のU20世界選手権3000mの女王だが、まだ20歳。男子の吉居、石田、三浦らU20の選手の台頭が目立つのは、なんとも頼もしい。

 また、大学生以上の選手たちも力を発揮し、男子10000mでは27分台が3人誕生。5000mでは日本選手権の参加標準記録が13分42秒00だが、13分40秒を切ってきた選手が24人を数えた。
  新型コロナウイルス禍の影響で練習環境が制限されていたが、2020年の中長距離のトラックシーズンは上々の出だしと言っていいだろう。

 一歩引いて俯瞰して見てみると、日本の陸上界の充実は2017年、2018年頃から始まっていた気がする。

 2017年9月には陸上男子100mで桐生祥秀(当時東洋大4年)が9秒98をマークし、日本人として初めて10秒の壁を突破した。この記録は短距離だけでなく、多くの陸上関係者の「心理的障壁」を壊す役割を担ったように思う。

 日本人にもチャンスがあるーー。

 そして2018年2月には、東京マラソンで設楽悠太(Honda)が2時間6分11秒の日本記録を樹立。マラソンの記録更新は、実に16年ぶりのことだった。

 この記録にはナイキの革新的なシューズの誕生も大いに貢献しているが、この後、2018年の夏から東京オリンピックの出場権をかけた「マラソン・グランドチャンピオンシップ」(MGC)が始まり、目標タイムが明確になったことで、各陣営ともに強化方針がハッキリした。
  2018年10月には大迫傑(ナイキ)が2時間5分50秒のタイムをマークして新たな日本記録を作ると、この時期から2時間10分を切る「サブテン」がスタンダードになってきた。

 2018年12月の福岡国際マラソンでは服部勇馬(トヨタ自動車)が2時間7分27秒の好タイムで日本人としては久々の優勝を遂げた。

 そして2019年には、代表決定レースであるMGCレースに向けて条件をクリアする選手が続出、最終的には34名の選手が出場権を獲得した(出場は31名)。

 圧巻だったのは2020年の東京マラソンで、大迫傑が自身の持つ日本記録を更新する2時間5分29秒をマークしてオリンピック代表権を獲得し、サブテンを達成した選手も19人を数えた。しかも2時間6分台が2人、2時間7分台も7人。数年前なら、日本人トップは確実だったタイムである。

 これほどの変化が劇的に起きたのは、シューズの改良もさることながら、選手のメンタリティが変化したことが大きかったと思う。

「アイツが出すなら、俺だって」

 と思うのが戦う選手や指導者のマインドである。

 目標設定が高くなれば、自然と練習の質、量も向上していく。限界点を上へ、上へと押し上げていけば、レースにも自信を持って臨める。
  また、実業団の選手は記録によってボーナスが支給される場合もあり、そうした「成果主義」が後押しした面もありそうだ。

 陸上に限らず、競泳などのタイムを争う競技では、一気に記録が上昇するタイミングというものがある。ギア、あるいはテクニックなどの広い意味での技術革新も大きな要素ではあるのだが、選手たちの「競争心」、「ライバル意識」がレベルを向上させる要因だと私は思う。その意味でいま、日本の陸上界は黄金期に突入しつつあるといえる。

 それを促したのは、東京オリンピックの存在である。

 1年延期されたことで、さらに記録が向上する可能性もある。

 いまはただ、新型コロナウイルスの感染拡大が世界的に収束し、無事にオリンピックが行われることを祈るのみである。

文●生島淳

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