屈辱のドラフト指名漏れから、セルティックスの“陰のキーマン”へ。エースと指揮官も一目置くブラッド・ワナメイカーのキャリア

屈辱のドラフト指名漏れから、セルティックスの“陰のキーマン”へ。エースと指揮官も一目置くブラッド・ワナメイカーのキャリア

ドラフト指名漏れという“屈辱”を味わったワナメイカー。しかしそこから這い上がり、セルティックスの“重要な選手以上”の存在へ成り上がった。(C)Getty Images

ヒューストン・ロケッツのセンターとして存在感を発揮しているPJ・タッカーと同様に、今年のプレーオフで奮戦中の“欧州カムバック組”の1人が、ボストン・セルティックスに所属するガード、ブラッド・ワナメイカーだ。

 第7戦までもつれこんだトロント・ラプターズとのイースタン・カンファレンス準決勝でも、重要なシックスマンとして全試合に出場。特に第5戦では28分間コートに立ち、3本の3ポイントを含む15得点をあげラプターズの連勝を食い止めた。

 フィラデルフィア生まれのワナメイカーは、地元ペンシルバニア州のピッツバーグ大出身。4年時にはNCAAオールアメリカンのオナラブル・メンション(奨励賞)に名を挙げられるほど全国的に認められた存在だったが、2011年のドラフトで指名漏れすると、ヨーロッパへと活路を求めた。

 入団したイタリアの中堅クラブ、テラモ・バスケットは、アメリカ人選手を受け入れてキャリアを開花させることで知られたクラブだったが、その当時は“屈辱的”と感じていたと、後にワナメイカーは語っている。
 「大学を出る時は『NBAでプレーする準備は万端だ』と思っているものさ。自分の能力を信じて疑っていないんだ。でも、今思えばそうじゃなかった」

 2012年、Gリーグのオースティン・トロ(現オースティン・スパーズ)に短期間在籍したが、そこからもNBAへの道は開けず。イタリアやフランスのクラブを転々とする日々が続くなかで、アメリカに戻ってプレーする希望を失った時期もあったという。

 転機が訪れたのは、イタリアで3チーム目となるピストイアに入団した2013−14シーズンだ。

 トップリーグに昇格したての小クラブにとって、その年は非常に重要なシーズンだったが、24歳と成長期にあったワナメイカーは主力として全試合に出場。チームトップの平均16.1点をマークする活躍でチームを牽引し、リーグ8位という安定した成績をチームにもたらした。

 この働きが評価されてドイツの強豪ブローゼ・バスケットに引き抜かれると、初年度の2014−15シーズンはユーロカップ、翌年はユーロリーグと、欧州の猛者たちと相まみえることでさらに飛躍。彼が所属した2シーズン、ブローゼは国内タイトルを連覇し、自身も年間MVPやファイナルMVP、ベストオフェンシブ・プレーヤー賞など数々の個人賞を獲得し、欧州でも名を轟かせる存在になっていた。
  そんな彼を見初めたのは、マッカビでユーロリーグ優勝、2007年の欧州選手権ではロシア代表を金メダルに導いた名将デイビッド・ブラット(元クリーブランド・キャバリアーズ・ヘッドコーチ)。2016−17シーズン、彼が率いるトルコのダルサファカに迎えられると、ここでも誰よりも長くコートに立ち、平均16.7点、4.6アシストと、チームで断トツのスタッツを記録。評価指数ではユーロリーグ全体3位というハイパフォーマンスで、同クラブ史上初となるプレーオフ進出の立役者となった。

 すると翌2017−18シーズン、トルコの強豪フェネルバフチェがライバルからエースを奪取する形でワナメイカーをスカウト。欧州に渡って以来、一歩一歩着実に階段を登ってきた彼は、7シーズン目にしてユーロリーグのディフェンディングチャンピオンの一員となったのだ。

 その頃にはフロアリーダーとしての自信を積み上げていたワナメイカーは、センターのヤン・ヴェセリー(元ワシントン・ウィザーズほか)とともに、コートの両サイドでゲームを支配。フェネルバフチェは2年連続でファイナルに到達し、NBAファイナルに次ぐビッグマッチであるユーロリーグ決勝に挑んだ。
  激戦の末、80−85でレアル・マドリーに敗れて準優勝に終わったが、スターティングガードとして奮闘した彼を待っていたのは、セルティックスの選手人事部ディレクター、オースティン・エインジからの電話だった。

 それまでも、NBAチームからの勧誘は何度となくあったが、口約束だけで形にはなっていなかった。だからこの時も、ワナメイカーは半信半疑のままトルコリーグに集中。ファイナルMVP受賞とともにシーズンを終えた。

 しかしセルティックスは2018年7月、正式にワナメイカーの獲得を発表する。プレシーズンの間もまだ「非現実的な気がしていた」という彼が、NBA選手になった実感を得たのは、2018−19シーズンの開幕戦、そしてワナメイカーのデビュー戦だった。

 奇しくも相手は、少年時代から愛してきた地元クラブ、フィラデルフィア・セブンティシクサーズ。この試合でシュートを決めた瞬間、初めて「ついにここに来たぞ!」という思いがこみ上げたという。29歳、ようやく果たしたNBAデビューだった。
  今年7月に31歳になったワナメイカーは、セルティックスの現ロースターでは最年長だ。ブラッド・スティーブンス・ヘッドコーチ(HC)は、若いこのチームに経験豊富なベテランは不可欠であり、ワナメイカーは「“重要な選手”以上の存在」だと絶大の信頼を寄せている。

 今季のセルティックスは開幕2戦目から10連勝と最高の滑り出しを見せたが、このロケットスタート時においても、ワナメイカーの貢献度は非常に大きかったとスティーブンスHCは語る。

「彼の存在は、このチームのなかでより重要な要素のひとつだ。なぜなら、彼のプレーは常に計算ができるからね。素晴らしいよ。ボールを持っている時はもちろんのこと、オフ・ザ・ボールの時も、彼は持ち前の強さで自分より大きい選手をしっかりとガードできる。それに非常に頭が良い。彼がいることで、周りの選手たちの動きも良くなるんだ。彼は、普段ならゴードン(ヘイワード)に任せる仕事をやってくれている」

 開幕8試合目のサンアントニオ・スパーズ戦でヘイワードが左手を骨折して離脱した際、ワナメイカーが彼の役割を担い、ヘイワードの穴を感じさせなかったと指揮官は評価している。
  ピック&ロールに長け、ヨーロッパ時代に飛躍的に上達した3ポイントは、無駄打ちすることなく決定率も上々。また、試合中に主力が負傷退場するなどゲームプランが崩れた場合には、いかにバランスを取るかを考えた頭脳的な試合運びができる。

 セルティックスの若きエース、ジェイソン・テイタムも「彼は長くバスケットボールをやっているだけあって、そこで培ったゲームの理解度や、相手の急所を突く毒矢のような一手をチームにもたらしてくれる。正統派のポイントガード、という感じだ」と尊敬を口にする。

 それでも、スターターでないワナメイカーは常にプレータイムを約束されているわけではない。しかし「自分のキャリアは、いつもそうだった。何かを与えられるようなことはなかった。だから、逆にこの方が性に合ってる。常に自分をハングリーにさせていられるからね」と前向きだ。

 ルーキーしか参加しないような、任意のトレーニングセッションも欠かさない。そんなワナメイカーの努力をスティーブンスHCは見逃さず、仲間たちの模範になれる存在だと一目を置いている。
 「ヨーロッパでの経験がなかったら、今の自分はない」

 ワナメイカーはそう振り返っている。

 最初は、ユーロカップにも出場しない小クラブでのスタートだった。しかし逆に、そういうクラブだったからこそ「アメリカ人選手だから活躍して当然」という責任と期待を丸ごと両肩にかけられ、そのなかで必死に研鑽することで実践的なリーダーシップが養われたのだ。
  だから「決して諦めることなく、夢を追い続けるように」と、ワナメイカーは若い後進たちに激励を送る。

「見てくれている人はいる。海を渡った時には、ここが自分の終着点だと思うかもしれない。実際、自分の年齢でカムバックできる選手は多くない。でも、とにかく自分のプレーを磨き続けることだ。ヨーロッパに行って、ただプレーしているだけの選手が大勢いるのも事実。けれど、自分が置かれた状況に感謝しながら、とにかく全力を出し続けるんだ。だって、これが自分の夢なのだから」

文●小川由紀子

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