スパーズで2度の頂点を経験した好漢、マリーク・ローズが選手たちとの"橋渡し役"に。彼の多彩なキャリアとは?

スパーズで2度の頂点を経験した好漢、マリーク・ローズが選手たちとの"橋渡し役"に。彼の多彩なキャリアとは?

キャリアを通じてほぼ控え選手だったローズだが、99年と03年には貴重な戦力としてスパーズの優勝に貢献した。(C)Getty Images

■2度の頂点を経験した好漢がNBA運営部門の要職に就任

 今年の6月22日、マリーク・ローズがNBAのバスケットボール部門副部長に就任したことがリーグより発表された。今後、ローズはリーグのプログラムやルールなどについて、チームと選手たちとの橋渡し役を務めることになる。この人事に関し、リーグ運営部門の部長であるバイロン・スプルーエルは次のような声明を発表した。

「ゲームのすべてのレベルにおける知識、専門的な理解、経験を持つ彼は、チームと選手の接点を拡大するのに理想的な人材です。バスケットボール関連の多くのプロジェクトに貴重な情報と視点を提供してくれるでしょう」

 現役時代から現在までのローズのキャリアと評判を知るファンや関係者の多くは、スプルーエルのこの言葉に頷いたに違いない。選手とリーグの両方の立場を理解しなければいけない新たな役職は、これまで様々な経験を積み上げてきたローズには適した仕事に思えてくるからだ。
  1974年にフィラデルフィアで生まれたローズは、ドレクセル大の主力選手として活躍。在学中に母校を3度もNCAAトーナメント進出に導いたこともあって、地元では名を知られた存在だった。とはいっても、NBA入りが有望視される存在だったわけではない。指名される可能性は低いと目されたが、ローズとその家族はニュージャージーで開催された96年のドラフト会場に足を運んだのだという。

「母はいつでも私のことを信じてくれた。ドラフトにもチケットを買って、スタンドに座ったんだ。44番目に指名され、名前が呼ばれたら家族のメンバーは大喜びしていた。その後、立ち上がって大人しく帰宅したんだ」

 こんな温かい家族に支えられたローズは、プロ入り時の低評価を覆し、NBAで実に13年という長いキャリアを築く。ドラフトで指名されたシャーロット・ホーネッツから97年にサンアントニオ・スパーズに移籍すると、ちょうど強豪への道を歩み始めたチームで、ロールプレーヤーの地位を確立。ハッスルプレーでサンアントニオでも人気になり、99、2003年のファイナル制覇に貢献した。とにかくファンに愛された選手だったため、05年にニューヨーク・ニックスにトレードされた際には、サンアントニアンが一様に嘆いたというエピソードも残っている。
 ■現役引退後は様々な仕事を経験し、リーグから白羽の矢を立てられる

 目立った長所のないアンダーサイズ(201p)のパワーフォワードがなぜこれほどの人気を得たのかといえば、自身の聡明さをディフェンスと汚れ役に生かす機転を持っていたからだろう。ニックス移籍以降は、低迷中のチームで若手の模範として存在感も示した。プロ意識が高く、リーダーシップの塊のような選手だった記憶が残っている。

「ずっとフロントオフィスの仕事がしたいと思っていた」

 そう言っていたローズは、09年の現役引退後も様々な形でNBAに関わり続ける。11年からフィラデルフィア・セブンティシクサーズのテレビ解説者を務め、15年にアトランタ・ホークスのバスケットボール部門マネージャーに就任。17年には傘下のGリーグチーム、エリー・ベイホークスのゼネラルマネージャー(GM)を任され、17−18シーズンの最優秀エグゼクティブに選出された。この働きが認められ、18年にはデトロイト・ピストンズのアシスタントGMに就任し、今夏まで職務にあたっていた。

 このように多くの経験を積み上げた後で、人望の厚いローズがNBAから目をつけられたのは実に理に適っているように思える。今後、ローズはリーグとチーム、選手たちがより良い関係を築き、NBAをさらに向上させるために尽力していくことになる。
  NBAが変化を恐れない革新的なリーグであることは、全世界が新型コロナウイルスに苦しんでいるなかで壮大な“バブル計画”を実行に移したことで改めて証明された。そんなリーグに、海千山千の45歳はどんなアクセントを添えるのか。彼のこれまでのキャリアを見る限り、この役職でも力を発揮し、近い将来リーグ内でさらに大きな役割を任されるようになっても不思議はないように思えてくる。

◆PROFILE
1974年11月23日、ペンシルバニア州フィラデルフィア生まれ。ドレクセル大を卒業した96年のNBAドラフトで、ホーネッツから2巡目44位で指名され入団。1年目のオフに解雇されるもスパーズと契約。201p、113sとPFとしてはアンダーサイズだったが、ティム・ダンカンのバックアップとして99年、2003年の優勝に貢献した。04−05シーズンの途中にニックスにトレードされ、サンダー移籍後の09年に引退。現役時代の通算成績は813試合出場、平均6.2点、4.1リバウンド。引退後はテレビ解説者、ホークスのバスケットボール部門マネージャー、Gリーグのエリー・ベイホークスのGMを経て、18年にピストンズのアシスタントGMに就任。20年6月22日、NBAのバスケットボール部門副部長に就任した。

文●杉浦大介
※『ダンクシュート』2020年9月号原稿に加筆・修正

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