「自分を見ているよう」とヤニスが語る、アデトクンボ家の末弟アレックスがスペインでプロデビュー。明かされた兄弟間の知られざるエピソード

「自分を見ているよう」とヤニスが語る、アデトクンボ家の末弟アレックスがスペインでプロデビュー。明かされた兄弟間の知られざるエピソード

スペインでプロデビューした末弟アレックス(右から2番目)について、ヤニス(左)は「自分を見ているよう」と語る。(C)Getty Images

アデトクンボ兄弟の末っ子アレックスが、10月18日に所属するスペインのUCAMムルシアでプロデビューを飾った。

 といっても、トップリーグのACBではなくリザーブチームでの試合ではあったが、19歳のスモールフォワードは28分の出場で6本の3ポイントを含む28得点、6リバウンドという立派な数字をマーク。83−69でチームが勝利する原動力となった。

 ミルウォーキーのドミニカン・ハイスクールを今年卒業したアレックスは、アメリカのカレッジへの進学ではなく、ヨーロッパのクラブとプロ契約を選んだ。その理由を、本人は欧州のバスケットボールファンに人気のサイト『Eurohoops.com』にこう語っている。

「アメリカでもいくつかチャンスがあったけれど、ヨーロッパでプレーすることを選んだ。できるだけ早くプロになりたかったからだ。僕はヨーロッパで生まれ育ち、ヨーロッパのバスケットボールを知っている。だから、ヨーロッパのクラブと契約することがベストだと思った。プロの先輩たちと一緒にトレーニングし、試合で戦うことで、実戦経験やプレッシャーを肌身で学べるからね」
  4歳上のコスタスは同じ高校からデイトン大へ進学し、そこからNBA入りを果たしたが、ヤニスがプロデビューしたのもギリシャのセミプロクラブ。そこで2年間修行を積んだあと、2013年夏にミルウォーキー・バックスからドラフト指名を受けた。また、タナシスもヤニスとともにギリシャのフィラスリチコスでプレーしたあとにアメリカに渡り、その後再びヨーロッパに戻ってアンドラやパナシナイコスで研鑽している。

 アレックスに対し、カレッジではミルウォーキーと同じウィスコンシン州にあるグリーンベイ大やオハイオ大、シカゴのデポール大が奨学金をオファー。ヨーロッパのクラブでは、リトアニアの名門リュタスなども名乗りを挙げていたが、それらのなかから最終的に本人が選んだのが、スペインのムルシアだった。契約は3年間で、毎夏チャンスがあればNBAチームに移籍できるという条項付きだという。
  ムルシアはバルセロナから470kmほど南下した、スペイン南東部にある町。人口はスペインで7番目という、意外なほどこじんまりしたところだ。

 けれどバスケットボールは盛んで、ムルシアの本拠地もアリーナというより“体育館”だが、スペイン代表が合宿することもある。バスケットボールに集中したいアレックスにとっては理想的な環境だ。

 若手の育成にかけても定評があり、現HC(ヘッドコーチ)のシト・アロンソはかつてスペインU−20の指揮官を務めるなど、とりわけ若い人材の扱いに長けている。リッキー・ルビオ(フェニックス・サンズ)を輩出したホベントゥートで彼を指導していた人物でもあるのだ。

 ロースターはアメリカ人、アフリカ人、ブラジル人、ヨーロピアンなど国際色豊かで、最年少である19歳のアレックスから35歳のベテラン選手まで、各世代が融合。今季はこれまで3勝3敗で、現在11位につけている。
  そして開幕前の9月末には、ヤニスとタナシスが末っ子の激励に訪れた。NBAファイナルに挑むコスタスを応援するか迷った挙句、2人の兄はムルシア行きを決めたのだという。

「弟の激励に来ることができてハッピーだ。3か月半くらいバブルにいたからしばらく会えていなかったしね。その間、彼はずっと1人でここで頑張っていたから、会えて本当に嬉しい。ちゃんと家を掃除しているか、ベッドメイクしているかもチェックしたかったからね!メンタル的にもしっかりフォーカスできているみたいだし、シーズンに向けて準備万端のようだ」

 そう話したヤニスは、アロンソHCにも弟の様子をしっかりと確認していた。

「シトとも話をしたけれど、『ここでしっかり学んで戦っていくことに集中できている』と言っていた。兄としては、それを聞けて何より嬉しいよ。彼は俺の大事な弟で、彼のためにできるサポートはなんでもしてあげたいと思っている。弟たちは俺らの自慢なんだ。小さい頃からずっと見ているけれど、彼らはいつもハードに頑張ってきた。だから、彼らのことを本当に誇りに感じているんだ」
  アンドラ時代にACBリーグを経験しているタナシスは「僕らのような育ち方をした選手にとって、ここは最適の環境だ。きっと成長できるだろう。このクラブでまずやるべきことは、UCAMムルシアという場所で、居心地がいいと感じられる環境を自分自身で作ることだ」とアドバイス。さらに「まずは言葉を覚えることからだろうね。スペイン語を習得することだ。でも、ここにきてまだ2か月なのに、バスケットボールの用語はすでにほとんど理解しているようで感心したよ!」と話した。

 ヤニスのいるミルウォーキーに一家で移り住んだ時、ちょうど中学生になろうかというアレックスは英語もほとんど話せなかったという。しかし今はネイティブ並。きっとスペイン語もすぐに話せるようになるだろう。

 ハイスクール時代、初年度は控え選手だったアレックスだが、最終年にはスターターに定着して平均20点をマーク。在学中は平均15.6点、7.1リバウンドというスタッツを残した。またキャプテンも任され、リーダーシップも学んだ。現在の身長は203cmだが、ウイングスパンはすでに218cm。その上まだ成長中だ。
  2018年夏にベオグラードで行なわれたNBA主催のキャンプ“Basketball Without Borders”に参加した時のインタビューでは、「自分の強みはタフさやアウトサイドからのスポットシュート、パスワーク。これからより伸ばしたいところはフットワークや全体的な試合運び、それから爆発力」だと自己分析している。

 アメリカの専門誌では「優秀なアスリートだが、ズバ抜けているわけではない」といった評価が目立つが、ドミニカン高校時代のジョー・ゴスHCは「アレックスは、コスタスとタナシスが16歳だった頃よりもはるかに上をいっている。それにヤニスがこのくらいの年齢だった頃に、多くの部分が共通しているとポテンシャルを語る。

 そしてNBAで2年連続のシーズンMVPに輝いたヤニス自身も、アレックスについては兄弟のなかで唯一「自分を見ているようだ」と感じたそうだ。
 「今のアレックスは、同じ年の頃の自分とよく似ている。彼はどうやら、俺と同じような見方ができるみたいだ。今はできないプレーも、このまま成長を続ければきっとできるようになる。コスタスも同じような体つきをしていて、ジャンプもできるしブロックもできる。だけどメンタル面では、アレックスが自分に一番近い。彼は“キラー”だ」

 NBAのスターになってからも、ヤニスは多忙なスケジュールの合間を縫って、弟のハイスクールの試合に可能な限り足を運んでいた。そして、そのパフォーマンスに満足しないと、試合後にトレーニングに連れ出していたという。無断でアレックスが遅くに帰宅した時などは、罰としてバックスのトレーニング場で鬼のようなシューティング練習を課すこともあったそうだ。

「兄貴は体育館に住んでいる」とアレックスとコスタスはジョークにしているとのことだが、その姿を自ら見せることで“そこまで徹底したトレーニングを習慣にすることでのみ成長できるのだ”と兄は弟たちに教えてきたのだった。
  だから目標とする選手を尋ねられても、「いつも家であれだけのモチベーションやリーダーシップを見てきたから、兄たち以外は思い浮かばない」とアレックスは言う。

 4人が集まる機会があれば、ヤニス&アレックス対タナシス&コスタスの2チームに分かれて2オン2をするそうだが、なんとも興味をそそられる対戦だ。ギリシャでは「そのうちギリシャ代表は“チーム・アデトクンボ”に名称を変える」などという現実味のあるジョークも飛んでいる。長男のフランシスも、代表レベルでこそないが、サッカーとバスケットボールの両刀使いの万能アスリートだ。

「兄弟でこれだけ優秀な選手を輩出しているのは珍しいよね?」とインタビューで聞かれた際、アレックスは「本当にクレイジーだよね」と笑って答えたあと、こうも言っていた。

「でも、それ以上に素晴らしいのは、僕たちがものすごく仲が良くて、お互いが強い絆で結ばれている、ということだ。そのことが何より嬉しい」
  不法移民として暮らす厳しい環境のなか、身を寄せ合って頑張ってきた彼らの兄弟愛がストレートに伝わってくる。

 ヤニスはアレックスに「お前は俺を超える」と言うのだという。アレックスにとっても、これほど理想的な目標はないだろう。
 「僕は自分を信じている。ここで、バスケットボールに関してあらゆるレベルで成長できると思っているんだ。ヨーロッパでプレーすることが自分にとってベストな選択だという確信がある。自分が思い描く、理想的な成長の道をたどるのに最適だと感じているよ。ここで次のステップに進めると自分が感じた時には、NBAに挑戦する準備が完全にできているはずだ」

 プロとして第一歩を踏み出したアデトクンボ兄弟の末っ子の成長を、心から応援したい。

文●小川由紀子

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