キングスの「歴代ベスト5」を選定!オスカー、アーチボルド、ウェバー…現役選手が入る隙もない豪華布陣に

キングスの「歴代ベスト5」を選定!オスカー、アーチボルド、ウェバー…現役選手が入る隙もない豪華布陣に

1951年を最後に優勝から遠ざかっている古豪キングス。しかしその間もウェバー(右)やロバートソン(左上)、リッチモンド(左下)ら多くのレジェンドを輩出した。(C)Getty Images

1946年の創設から74年。その長い歴史の中でNBAは何人ものスーパースターを輩出し、ファンを楽しませてきた。では、各チームの「歴代ベスト5」を選出したら、一体どんな選手が並ぶのか。『THE DIGEST』では、NBAに精通する識者に依頼し、全30チームのベストメンバーを選んでもらった。

 今回は、創設72年の歴史を誇る「サクラメント・キングス」編をお届け。1948年にロチェスター・ロイヤルズとして誕生し、3年目の51年に初優勝。以降、シンシナティ・ロイヤルズ→カンザスシティ・キングス→サクラメント・キングスと名称を変え、今日まで至っている。NBA創世記や2000年代初頭は強豪として鳴らした一方、近年はリーグワーストの14年連続でプレーオフ不出場と不振に喘ぎ続ける古豪の歴代ベスト5とは――。
 【ポイントガード】
ネイト・“タイニー”・アーチボルド

1948年9月2日生。185cm・68kg
在籍期間:6シーズン(1970〜76)
成績:433試合、平均25.2点、2.8リバウンド、8.1アシスト

 キングスには前身のロチェスター・ロイヤルズ時代からボブ・デイビーズという優れたPGがいて、1960年代にはリーグ最高の司令塔オスカー・ロバートソンが活躍した。それでもアーチボルドはどうしてもベスト5から外せなかったので、オスカーを別のポジションに回した。

 アーチボルドはNBA史上ただ一人、同一シーズンに得点王とアシスト王に輝いた選手だ。タイニーというニックネーム通り(本名はナサニエル、通称ネイト)、身長185cmと小柄だったが、ニューヨークのプレイグラウンド仕込みの敏捷な動きでペイントに切り込み得点を量産。ファウルを貰うのも得意で、フリースロー成功数で3度リーグ1位になっている。シンシナティ・ロイヤルズがカンザスシティ=オマハへ移転し、キングスへと改名した72−73シーズンは平均34.0点のハイアベレージで、11.4アシストと合わせ両部門でリーグ1位に輝いた。ボストン・セルティックスに移籍してからはパス優先のスタイルに変わり、81年の優勝に貢献している。
 【シューティングガード】
ミッチ・リッチモンド

1965年6月30日生。196cm・98kg
在籍期間:7シーズン(1991〜98)
成績:517試合、平均23.3点、3.7リバウンド、4.1アシスト

「リーグで最も過小評価されている」と言われる選手はいつの時代にも存在するが、90年代の定番はリッチモンドだった。地方都市サクラメントが本拠、地味なキングスに在籍していたので脚光を浴びづらかったのは事実。だが、実際には6年連続でオールスターに選出され、95年の大会では23得点をあげてMVPを受賞。翌96年のアトランタ五輪でも“ドリームチーム3”に選ばれ、金メダル獲得に貢献したのだから、十分に評価されていたことになる。

“ロック(岩石)”と呼ばれた頑強な身体を誇り、中・長距離の正確なシュートが持ち味。ゴールデンステイト・ウォリアーズに入団した88−89シーズンから10年連続で平均20点以上を記録し、マイケル・ジョーダンも「守るのが最も難しい選手の一人」として名を挙げ、エア・ジョーダンを履くのを認めていた。98年にワシントン・ウィザーズへトレードされた時の交換相手がクリス・ウェバーとあって、最後までキングスに貢献してくれたことになる。
 【スモールフォワード】
オスカー・ロバートソン

1938年11月24日生。196cm・93kg
在籍期間:10シーズン(1960〜70)
成績:752試合、平均29.3点、8.5リバウンド、10.3アシスト

 2000年代前半に活躍した名シューターのペジャ・ストヤコビッチを差し置いて、史上最高のPGの一人である“ビッグO”をSFで選ぶのは無理があるだろうか? そんなことはない。身長196cmはリッチモンドと同サイズで、実際はフォワードでプレーする機会も多かった(60年のローマ五輪でもフォワード登録)。優れたリバウンダーで、61−62シーズンはリーグ9位の平均12.5本を奪取。通算6380本は球団史上3位である。要するに、彼はガードとかフォワードといった概念を超越していたのだ。

 平均30点以上を6度記録したスコアラーでもあり、67−68シーズンの29.2点はリーグ1位。ただ本領はもちろんプレーメイキングで、年間最多アシスト6回、キャリア通算9887本はマジック・ジョンソンに抜かれるまでNBA記録だった(現在は6位)。また、ラッセル・ウエストブルックが肩を並べるまで唯一の年間トリプルダブル(TD)達成者(61−62シーズン)でもあって、通算TD181回は今も破られていない大記録。64年にはフランチャイズで唯一のシーズンMVPを受賞している。
 【パワーフォワード】
クリス・ウェバー

1973年3月1日生。206cm・111kg
在籍期間:7シーズン(1999〜2005)
成績:377試合、平均23.5点、10.6リバウンド、4.8アシスト

 誰もが認める素質に恵まれながら、勝負弱いとの評価を拭いきれなかった選手。93年のドラフト1位でオーランド・マジックから指名後すぐにウォリアーズへトレードされ、98年に流れ着いたサクラメントが早くも4球団目。当初は弱小チームへの移籍に不満だったが、ここで才能が花開く。

 初年度に平均13.0リバウンドでリーグ1位になると、翌年から4年連続でオールスター選出、01年にはオールNBA1stチーム入りとリーグ最高峰のPFに上り詰めた。ビッグマンだがパワーよりも身体能力と器用さが売りで、特にパスセンスが光り、ノールックやビハインド・ザ・バックなども易々とこなした。2000年代初頭にキングスが優勝争いを演じた時期にはエースとしてチームを引っ張り、在籍7年間の成績は平均23.5点、10.6リバウンド、4.8アシスト。もっとも故障も少なくなく、ディフェンス面での評価も今一つで、真のスーパースターと呼ぶには物足りなさも覚えた。生来の頭の良さは引退後に解説者として発揮されている。
 【センター】
ジェリー・ルーカス

1940年3月30日生。203cm・104kg
在籍期間:7シーズン(1963〜69)
成績:465試合、平均19.6点、19.1リバウンド、3.0アシスト

 身長203cmはウェバーより低く、本職もロイヤルズ時代はPF。それでもニューヨーク・ニックス移籍後は大学でのポジションだったセンターに回ったので、センターでのプレーを好まなかったウェバーより適任だろう。何しろロイヤルズ時代の平均リバウンドは、19.1本と怪物級の数字。キャリアを通じても15.6本でリーグ史上4位という屈指のリバウンダーだった。

 攻撃でも“ルーカス・レイアップ”の異名をとった右手で押し出すような独特のシュートを得意とし、65、66年は2年連続で平均20点&20リバウンド。これを達成しているのは、他にはウィルト・チェンバレンしかいない。ロバートソンとは60年のローマ五輪で金メダルを手にした仲だったが、プロで優勝を味わったのはともにロイヤルズ退団後だった。「ドクター・メモリー」、「コンピューター」などのニックネームは記憶術の達人だったからで、「どの選手がどんなシュートを打つか、私はすべて知っていた」との発言は誇張ではなかった。

文●出野哲也

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