【NBA背番号外伝】敬遠されがちな“13”。しかしチェンバレン、ハーデンの新旧スコアリングマシンのほか、ナッシュら海外出身選手も多く着用

【NBA背番号外伝】敬遠されがちな“13”。しかしチェンバレン、ハーデンの新旧スコアリングマシンのほか、ナッシュら海外出身選手も多く着用

忌み嫌われがちな13番だが、チェンバレン(左)&ハーデン(右上)の新旧スコアリングマシンのほか、ナッシュ(右下)ら外国人選手も多く着用した。(C)Getty Images

“13”という数字が、キリスト教社会で敬遠されていることは周知の通りだ。かと言って誰もが忌み嫌っているわけではなく、逆説的にラッキーナンバーと捉える者もいる。NBAでも2019−20シーズンは16人が背番号13でプレーし、NBAの前身BAAが創設された1946年の時点でも、すでに5人が13番をつけていた。

 背番号13の最大のスターは、ウィルト・チェンバレンである。「俺にとって13はアンラッキーじゃない。対戦相手にとってアンラッキーなのさ」とうそぶいた怪物は、オールスターに13回選出。『ESPN』が選出した「20世紀の偉大なアスリート50人」では13位にランクされた。またNBAの歴史上でただ1人、3球団で欠番になっている(ゴールデンステイト・ウォリアーズ、フィラデルフィア・セブンティシクサーズ、ロサンゼルス・レイカーズ)。
  13番が永久欠番扱いになっている球団はそのほかにも4つあるが、うち3つまでは、背負っていた選手たちの実績は正直に言ってそれほどない。ポートランド・トレイルブレイザーズのデイブ・トゥワージックは4年間在籍して平均9.5点と平凡。1977年の優勝には貢献したが「いいチームにいたまあまあの選手」と自ら認めるほどで、サンアントニオ・スパーズで最初の欠番となったジェームズ・サイラス(通算平均16.1点)ともども分不相応な印象が否めない。シャーロット・ホーネッツのボビー・フィルズもキャリア9年で平均11.0点と大したことはなかったが、こちらは現役中に自動車事故で亡くなったため、追悼の意味で欠番になった。

 だがスティーブ・ナッシュに関しては、チェンバレン同様に欠番に異を唱える者はいないだろう。NBAキャリア18年のうち、10番だったレイカーズでの2年間を除きずっと13番。1998−99シーズンにフェニックス・サンズからダラス・マーベリックスに移籍してオールスター選手に成長し、2004−05シーズンにサンズへ復帰してからはスーパースターへ進化。2005、06年に2年連続シーズンMVP、アシスト王には5回も輝き、サンズの永久欠番となった。
  ナッシュもカナダ出身だが、13番には外国出身選手が多いのが特徴だ。現役でもジョアキム・ノア(ロサンゼルス・クリッパーズ/フランス。シカゴ・ブルズ時代などで13番)、トリスタン・トンプソン(クリーブランド・キャバリアーズ/カナダ)、シェック・ディアロ(サンズ/マリ。ニューオリンズ・ペリカンズ時代に13番)、ジャナン・ムサ(ブルックリン・ネッツ/ボスニア・ヘルツェゴビナ)が外国生まれ。バム・アデバヨ(マイアミ・ヒート)もアメリカ生まれだが、父親はナイジェリア人だ。

 外国人の13番は以前から多く、まだソビエト連邦が存在した当時、同国出身者で最初のNBA選手となったサルナス・マーシャローニス(元ウォリアーズほか/リトアニア)や、ブルズ黄金期のセンターだったルーク・ロングリー(オーストラリア)、メメット・オカー(元ユタ・ジャズほか/トルコ)が有名。もっとマイナーなところでは、最初のフィンランド人選手ハンノ・メトラ(元アトランタ・ホークス)、唯一のエストニア人であるマーティン・ミュルセップ(元マーベリックスほか)も13番だった。
  アメリカ人選手の13番で印象に残っているのがマーク・ジャクソン。史上4人しかいない通算1万アシストの達成者で、全盛期のニューヨーク・ニックス時代をはじめ、キャリアの大半で13番を着けた。2000−01シーズン途中に9年ぶりにニックスに復帰した際は、ロングリーがいたためひっくり返して31番を着用。ロングリーが退団した翌年に13へ戻している。

 現役の13番で最大のスターはジェームズ・ハーデン(ヒューストン・ロケッツ)だ。高校から大学、プロを通じてずっと背番号13番で、2018年からは3年連続得点王に輝く最高級のスコアリングマシン。昨季記録した32試合連続の30得点超えは、チェンバレンの65試合に次ぐ史上2位の数字となった。

 ハーデンは2009年にドラフト3位でオクラホマシティ・サンダーに入団したが、直後の4位でサクラメント・キングスに指名されたタイリーク・エバンスも背番号13を選んだ。学生時代の番号だった1と12がキングスではともに欠番だったため、そのふたつを足したとのこと。新人王になったのはエバンスだったが、その後完全に立場は逆転した。
  サンダーでは、現ロサンゼルス・クリッパーズのポール・ジョージも13番を着用。2011年にインディアナ・ペイサーズに入団した時はコビー・ブライアント(元レイカーズ)への憧れから24番だったが、2015年から13番へ。“この番号にしたら、彼のイニシャルと組み合わせてPG13(映画などの年齢指定=13歳以下視聴禁止)になる”というコラムニストの提案を気に入って採用したものだった。
  ほかの著名な13番は、1994年のドラフト全体1位で、1996年のアトランタ五輪メンバーに選ばれながらケガで辞退したグレン・ロビンソン(元ミルウォーキー・バックスほか)、ホーネッツ時代に期待されながら今ひとつだったケンドール・ギル、キングスで渋い脇役として活躍したダグ・クリスティなど。1980年代にリバウンダーとして鳴らしたラリー・スミス(元ウォリアーズほか)、もっと昔まで遡ると、1976年にアシストとスティールの二冠に輝いたスリック・ワッツ(元シアトル・スーパーソニックス/現サンダーほか)。ケビン・ラブ(キャバリアーズ)の父スタンも、NBA入りして最初の2年間は13番で、引退後は従兄弟でビーチ・ボーイズのリーダーであるブライアン・ウィルソンのボディガード兼見人をしていた。

 またヒートは、13番を“名誉番号”としている。これはマイアミのNFL球団ドルフィンズのスターだったダン・マリーノを記念したもので、欠番ではないためアデバヨも支障なく着用している。

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2013年3月号掲載原稿に加筆・修正。

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