NBAドラフトの黒歴史?チームの期待を裏切った上位指名“大ハズレ”選手番付|後編

NBAドラフトの黒歴史?チームの期待を裏切った上位指名“大ハズレ”選手番付|後編

サビート(左上)は1年目の平均3.1点、3.6リバウンドがキャリア最高、モリソン(左下)は2年目にケガを負い急降下。ミリチッチ(右)はカーメロやウェイドより先に指名されたが鳴かず飛ばず、10年間で6チームを渡り歩いた。(C)Getty Images

ドラフトで上位指名されたからといって、将来が約束されるわけではない。なかには、チームやファンの期待を大きく裏切った“背信”の高順位選手も存在する。そんなハズレ選手たちの番付の後編をお届けしよう。

前頭四枚目/ハシーム・サビート(2009年2位)
 身長221pのタンザニアンは、NBAとDリーグ(現Gリーグ)の往復を繰り返し、まったくと言っていいほど期待に応えることができなかった。平均得点は15人中最低の2.2点。さらには、同じドラフト組の3位以降にジェームズ・ハーデンやステフィン・カリーといった、現在のリーグを代表する名選手が顔を揃えているだけに、ガッカリ感もひとしおである。2017−18シーズンは日本のBリーグ、横浜ビー・コルセアーズでプレーし、その後Gリーグに復帰するも1年で解雇、来シーズンは台湾リーグでプレーする。

前頭三枚目/アダム・モリソン(2006年3位)
 ゴンザガ大でNCAAの得点王に輝き(平均28.1点)、“ラリー・バード2世”と称されたたモリソンは、ボブキャッツ(現ホーネッツ)の共同オーナーとなったジョーダンの肝いりで3位指名を受けた。プロ1年目はそこそこの成績を残したが(平均11.8点)、2年目はヒザのケガに見舞われ全休。その後、ものすごい勢いで下り坂を転げ落ちていった。3年目の途中にレイカーズへトレードされ、翌シーズン終了後に解雇されるまでの平均成績は2.2点、1.0リバウンド。プレー以上に、あの味わい深い髪型が印象に残っている。
 前頭二枚目/マイケル・オロウォカンディ(1998年1位)
 クワミ・ブラウンとともに“失敗ドラ1”の象徴的存在となっている“ザ・キャンディマン”ことオロウォカンディ。NBA在籍9年、キャリア平均8.3点、6.8リバウンドは、ドラ1にしては全然物足りないものの、そこまでボロクソに言われるレベルでもない。だが98年は豊作で、2位以下にダーク・ノビツキーやポール・ピアース、ヴィンス・カーターといった優秀な選手がひしめいていたことも、オロウォカンディのハズレイメージに拍車をかけた。まあ実際ダメダメだったが。

前頭筆頭/ダーコ・ミラチッチ(2003年2位)
 究極のダメ外国人選手。カーメロ・アンソニーやドゥエイン・ウェイド、クリス・ボッシュらを差し置いて、レブロンに続き2位で指名されたが、鳴かず飛ばずのまま10年間で6チームを渡り歩いた。祖国セルビアに戻り、キックボクサーの道に進むも、デビュー戦で黒星を喫すると格闘技から速攻で足を洗い、翌年セルビアのプロバスケットボールリーグへの復帰を宣言。その後心変わりをして復帰を撤回する。現在は農業に従事し、東京ドーム10個分という広大なリンゴ農園を経営しているという。このわけのわからなさ、次の三役候補か。
 小結/サム・ブーイ(1984年2位)
 今回番付を組んでみて、最も意外だったのがブーイの三役入り。ケガに苦しんだキャリアだったとはいえ、89−90シーズンには68試合に出場し、平均14.7点、10.1リバウンドのダブルダブルをマークしている。11年間のキャリア平均は10.9点、7.5リバウンド。確かに期待外れではあるが、小結を張るほどの器ではないと思っていた。

 ブーイの2位指名が大失敗とされている理由、それは史上最高のバスケットボール選手、ジョーダンの前に選ばれたからにほかならない。2位指名権を持っていたブレイザーズのSGには、若手有望株のクライド・ドレクスラーがすでにいたため、首脳陣はジョーダンではなくビッグマンのブーイを選択。もしジョーダンとブーイの順位が入れ替わっていたら、ブーイはここまで蔑まれることはなく、三役どころか幕内にすら入れなかっただろう。

関脇/グレッグ・オーデン(2007年1位)
 無限の可能性をケガで台無しにした選手の代表格。“10年に1人”、“ビル・ラッセルの再来”とまで謳われた傑物が、度重なるケガのため、わずか105試合に出場しただけでNBAのコートから去っていった。本当に残念であり、不憫である。とはいえ、獲得したブレイザーズ側から見れば、オーデンの大コケはそんなレベルの話ではなかったはずだ。ましてや1位指名候補の対抗馬がデュラントだっただけに、悔しさや失望の度合いは尋常ではなかっただろう。また、金銭的にも大きな打撃を被っている。稼いだサラリー総額と総出場時間から時給を算出したところ、日本円にして約8000万円。平均出場時間は19.3分なので、たった9試合の出場で、日本人の平均生涯賃金を稼いだ計算になる。
 大関/クワミ・ブラウン(2001年1位)
 史上初の高校生ドラ1となったブラウンもまた、モリソンと同様にジョーダン物件だ。00年にウィザーズの共同オーナー兼バスケットボール部門社長に就任したジョーダンは、周囲の予想に反して若いブラウンに白羽の矢を立てる。注目度の高さや過度な期待、さらにドラフトの3か月後に現役復帰を表明し、突如チームメイトとなったジョーダン先輩からの強烈なプレッシャーに気圧され、なかなか結果を出せなかった。精神的に追い込まれたブラウンは、期待に応えられないまま、4シーズン後にはトレードの憂き目に遭い、その後6チームを渡り歩いた末にユニフォームを脱ぐ。ジョーダン経由ではなく、他のルートでNBAに飛び込み、プレッシャーの少ない状況でプレーしていたら、どんな選手になっていただろう……。

横綱/アンソニー・ベネット(2013年1位)
 失敗ドラフト選手界のラスボス、それがベネットだ。ケガや事故、ドラッグといったイレギュラーな要因以外では、そのダメっぷりが三役の選手より頭ひとつ抜け出ている。ルーキー時のトレーニングキャンプにオーバーウェイトで現われ、プロ1本目のフィールドゴールを決めるまで足かけ5試合、17本のシュートを要した逸材中の逸材である。

 4年間で4チームを彷徨い、早々にNBAからドロップアウト。トルコのプロリーグで数か月プレーした後、Gリーグ3チームを渡り歩き、19年7月にはロケッツと悲願の契約を結ぶも、トレーニングキャンプ中に解雇。まだ27歳、土俵際でつま先立ちの状態だが、なんとか踏ん張ることができるか。生暖かい目で見守っていきたい。

文●大井成義

※『ダンクシュート』2018年3月号掲載原稿に加筆・修正

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