【名作シューズ列伝】カリーがブランドの知名度向上の立役者に!アンダーアーマーの初代モデル「UA CURRY 1」

人に歴史あり。バスケにスーパースターあり。スーパースターにシグネチャーモデルあり。シグネチャーモデルにBOXあり! 

 ステフィン・カリーはアメリカ合衆国オハイオ州アクロン生まれ、ノースカロライナ州
シャーロット出身。父親は1990年代にシャーロット・ホーネッツやミルウォーキー・バックスなどでプレーしたシューターのデル・カリー。弟はフィラデルフィア・セブンティシクサーズのセス・カリーと、絵に描いたようなバスケットボール一家出身です。なお、ステフィンが生まれた病院はレブロン・ジェームズと同じでした。

 高校2年時に父の熱血指導でシュートフォームを改善し、現在の原型が作り上げられました。ただ身長183cmと小柄だったため、メジャー大学からの奨学金オファーはなく、地元のデイビッドソン大に進学します。

 するとここから彼の快進撃がスタートします。当時は完全な無名選手でしたが、1年時から平均21.5点を叩き出す活躍で、チームのカンファレンス優勝に大きく貢献。身長が191cmまで伸びた2年時には、平均25.5点、3年生時は平均28.9点をあげてNCAAオールアメリカンのファーストチームに選ばれ、NBAスカウトからも注目を集めることになりました。
  2009年のドラフトでは、1巡目7位でゴールデンステート・ウォリアーズから指名を受け、名将ドン・ネルソンから寵愛を受けます。1年目から平均17.5点、4.5リバウンド、5.9アシスト、1.9スティール、月間最優秀新人に3回選ばれるなど予想以上の結果を残し、オールルーキファーストチームに選ばれました。2年目にはオールスターのスキルズチャレンジで優勝、フリースロー成功率は93.4%でリーグトップに輝きました。

 その後も年を追うごとに成績を伸ばしていったカリーは、14年のオールスターゲームにファン投票で先発出場。15年にはスティーブ・カーHCの下、クレイ・トンプソンとのスプラッシュ・ブラザーズが旋風を巻き起こします。2人の正確無比な3ポイントを武器に、同年に67勝をあげたウォリアーズは、プレーオフでも順調に勝利を重ね、40年ぶりの頂点に立ちました。



 今回ご紹介する「UA CURRY 1」は、ウォリアーズが優勝した15年にアンダーアーマーから発売された、カリーの初代シグネチャーモデルです。

 機能面は「ana foam」が足を包み込み、抜群のフィット感をもたらします。負荷の掛かる部分にはメッシュ素材の間に「EVAフォーム」を追加。「エクスターナル・ヒールカウンター」がかかとをしっかりと固定します。同箇所にロゴマーク「SC」が大きく入っているのも特徴です。
  クッションは、「チャージド・フォーム」のミッドソールと「マイクロG」のインソールでセットアップされ衝撃を吸収。アウトソールはヘリンボーン・パターンで床にしっかり吸い付きます。つま先の補強部分、シュータンにも「SC」ロゴマークが入り、シンプルながらも力強いデザインに仕上がっています。

 シュータンの裏には、“I CAN DO ALL THINGS…”(私は、全部できる)のメッセージが。無名の存在からNBAのスターに上り詰めたカリーのメンタルの強さの源を感じさせます。



 BOXは、BLACK一色にコートインクでディテールを全体的に印刷し、蓋の中央にカリーのイニシャルである「SC」ロゴがエンボスで大きく鎮座。シューズを包み込む包装紙にも「SC」ロゴのパターンが印刷されており、初代モデルであることをこれでもかとアピールしています。
 

 さらにBOX内にはカリーのメッセージカードも同梱されており、ファンにはたまらない仕様と言えるでしょう。

 ちなみにカリーは、デビューから数年間はナイキのモデルを着用しており、ナイキは13年にウォリアーズの若きエースに契約オファーを出します。ところが、名前の発音を間違えただけでなく、ケビン・デュラントの契約書を流用するという大失態。逆にアンダーアーマーはナイキよりも高額な契約金を提示し、シグネチャーモデル開発を約束しました。



 このような経緯が「UA CURRY 1」を一気に人気バッシュに押し上げ、アンダーアーマーをメジャーブランドに成長させたのです。現在は、シリーズ7まで発売。8もすでにネット上でリリース情報が拡散されています。

 3ポイントでNBAの歴史を変えたカリーは、これからも偉大な記録を打ち立てていくでしょう。彼のモデルも今後、どのように進化を遂げていくか楽しみです。

文●西塚克之

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