「僕が普通にやったらみんなの想像の範囲内」“ツチノコレスラー”矢野通のプロレスの魅力とは?

「僕が普通にやったらみんなの想像の範囲内」“ツチノコレスラー”矢野通のプロレスの魅力とは?

かつての実績をほとんど表には出さず、ユーモラスなインサイドワークでその人気が高い矢野通。

「僕はツチノコレスラーですから!」新日本プロレの人気ユニット、CHAOS(ケイオス)所属の矢野通は、自分を茶化すかのように言う。誰も本物を見たことがないけれど、頭の中にその人のオリジナルの“ツチノコ”がいる。そんな存在だと自己分析した。

 8月に行なわれたオカダ・カズチカ提案の新設タイトル『KOPW』の現王者である矢野は、11月のザック・セイバーJrとの争奪戦で勝利し、そのトロフィーを守りきった。場外でザックに関節技を仕掛けられている間に左右の靴紐を結び、立ち上がれなくさせ、リングアウト勝ちを収めている。

 この『KOPW』はルールを提示し、ファンの投票で決めるというのが、一つの面白さだ。しかし、この争奪戦ではそれをしなかった。対戦する者同士が同じルールに同意すれば、投票する必要がなくなるからだ。そこからすでに矢野の作戦が始まっていた。

「ザックは関節技が得意なんですが、そんな彼と戦うとなれば、ルールは関節技のみ、もしくは関節技禁止という選択肢になってくるはずなんです。で、関節技のみになったら僕はたまったもんじゃないし、逆に関節技禁止になったとしてそんなザックから勝っても意味がない、面白くなくなってしまうという懸念があったんです。なにかしら強引に決めてしまおうという意図があったので、タッグマッチを30分戦い終えたザックに提案したんです。人って寝起きの時、思考が働かなくなるじゃないですか、長い試合を戦い終えた後は、そんな感じ。そこにスキがあるな、と」
  その提案したルールとは「ノーコーナーパッドルール」。コーナーパッドを外すのは矢野の十八番であるが、それをあえて外してから戦おうというのだ。しかしそこには誤算もあった。

「毎回僕が外しているので、相手を叩きつけることもあるけど、逆に叩きつけられる数も多い。痛みは一番知ってて、僕の背中にはずっとキズがある状態なんです。生傷が絶えなくて、1週間くらいで治ってくるんですけど、また試合があるので傷ができる。ずっとその繰り返し」

 そんな状態の矢野は金具むき出しのコーナーに幾度も叩きつけられた。外しておいたコーナーパッドを付け直そうとするが、外すよりもうまくいかない。ザックは得意の関節技で矢野のヒザやアキレス腱を痛めつける。場外に逃れるも再び柵越しに関節技をしかけてきたとき、ザックの左右の靴紐を結ぶという“暴挙”に出た。

「常になんかしてやろうと思っている」という矢野のプロレスは、アイデアの宝庫だ。巧みなインサイドワークと相手をおちょくったような作戦で新日本プロレスの中でも異彩を放つ。彼の戦いには「何をしてくるかわからない」という面白さがあり、ファンも多い。
  矢野のアイデアの根源となるものは「毎日をぼーっと生きないこと」と言う。「プロレスのことしか考えていないレスラーもいるんですけど、僕は全然関係ない分野のこともずっと考えていて、そういう中から生まれてくるものがある」

「くだらない話です。ほんとにくだらないことなんですけど、今って普段からマスクしてるじゃないですか、なのに、(遠くの人を呼ぶとき)『こっちこっち』ってマスク外す人いたんですよ。そういうのってなんだろうって真面目に考えたりしてるんです。習慣として声が届かないからそうしてるんですよね。だから届かない声で何かを言われたら相手は『えっ』てなる。一瞬スキが作れるかもしれない。そういう人の『えっ』を拾っていきたいと思っています」

 自らスポーツバーを経営し、コロナ期に立ち上げたYouTube『矢野通プロデュース!!』はすでに5万人超えのチャンネル登録者を有し、試合のことから移動バスの紹介や、モーニングルーティーンまで公開。11月27日には料理本「矢野通のオイシイ生活」(ホビージャパン刊)を出版した。
 「人生せっかち」というだけに、思いついたらとにかく動く。「YouTubeでコンビーフの作りかたってあったら、え、作れるの、じゃあやってみようとなる。他分野に目を向けてみると、色々なヒントが隠されている。それを娯楽としてとらえるか、アイデアとしてとらえるか、そういうことだと思うんです。あとは酒飲んでいるときのほうが、頭が冴えてるときがあるんで、あ、こういうのやったら面白いとか浮かんでくる。そういう時にはメモするんですよ。35歳まではスケジュールとか全部頭の中に入っていたんですけど、超えてからは忘れるようになったんで、最近はメモしてます(笑)」

 その日の試合は何が出てくるか、蓋を開けてみないとわからない試合を見せてくれるが、急所攻撃や、レフェリーをあざむく内容は、まさに“ヒール”と言える。にもかかわらず、「やっぱり面白い」「やってくれた」と、ファンが反応する愛されるヒールの理由はどこにあるのだろう。

「人間誰しも、本当の自分とカッコつけたい自分と両方あると思うんです。8割くらいの人がこうありたいという理想とする自分で生きていて、いやしいとかいやらしい自分って出したくないじゃないですか、でも僕はこっち側のいやしい、いやらしい部分しか出していない(笑)。そうすると、誰しも持っている後ろ暗いところを突かれるから、『そういうとこあるよね、人って』って思って、あったかい気持ちで見てくれる、そういうところなんじゃないですかね」
  あくまでも自分の存在を示すため、居場所を作るために戦っているのだという。始めのうちはブーイングも浴びたが、「正統派の戦い方はしない」ことでその価値を自ら作り、見る側が位置づけていきキャラクターができていった。ヒールだとか、ヒールでないとかいうものはなく、“矢野通のプロレス”がそこにある。

「後にも先にも矢野通は矢野通しかいないという形で完結したい。それが僕の目標ですね。想像を超える、というよりは、上にいくこともあれば、下もある。僕は平気で下に行けちゃうし、それが想像の枠の外なら、それでいい。別に超えることが全てではない。ただ、僕みたいなのは、わかりやすい人がいないと意味がない。棚橋弘至、オカダ・カズチカ、手段を択ばず存在意義を示す人…。いろんな人がいるから、僕のようなツチノコレスラーが存在できるんです」

 選手の多くが「もう2度とやりやくない」と口にするほど、相手の虚を突き、恥ずかしい形で敗戦へと追い込む矢野のプロレスは、時にファンから「ちゃんとやれば強いのに」と言われることがある。小学生からアマレスを始め、高校時代は選抜、総体、国体の三冠、大学時代は全日本学生、全日本大学選手権で、フリー、グレコローマンの両部門の四冠を制覇。パンクラスでUFCに参戦するなど、実績は折り紙つきの選手だからだ。

 しかしそこで“ちゃんとやらない”のが矢野だ。「だって、僕が普通にやったら、みんなが思ってくるくらいの、想像とおりのプロレスラーにしかなりませんよ。普通にやらないから見たことのないプロレスラーになる」
  現在開催中の『WORLD TAG LEAGUE 2020』では5勝2敗で単独首位。パートナーであるCHAOSの石井智宏とは、IWGPヘビー級タッグ王者も経験してきただけに、「石井さんがCHAOSのお父さん、僕がお母さんと言われているのですが、何もしゃべらなくても意思の疎通はできています」と言うように、息の合った戦いを見せている。

 さらに現在トロフィーを保持している『KOPW』の2020年王座も虎視眈々と狙う。

「もし試合がなければこのまま王者にはなれちゃうのですが、どうせだったら『2020初代KOPWチャンピオン矢野通!』ってリング上でコールされたい。ルールの投票もやって戦って勝ちたい。今の想像の枠の外にあるルールを提案できたりするのが、このタイトルの面白さなので寝ずに考えます」

 新日本プロレスの今年の戦いも、本格的な終盤を迎えた。残りわずかな2020年、矢野通の“ツチノコ”ぶりを堪能したい。

文●保坂明美(THE DIGEST編集部)

【PHOTO】新日本プロレス『KOPW 2020』決定戦4WAYマッチ 初代王者は矢野通に!

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