<2020ベストヒット!>なぜ“区間新ラッシュ“は生まれたのか。箱根新時代の扉を開けた「ヒト」と「モノ」の進化
2020年12月10日 21時19分THE DIGEST

総合優勝した青山学院大だけでなく、他大学の選手の多くも記録を伸ばした。写真:日刊スポーツ/朝日新聞社
2020年のスポーツ界における名場面を『THE DIGEST』のヒット記事で振り返る当企画。今回は新春の風物詩「箱根駅伝」だ。青山学院大が総合優勝を果たした同大会で話題になったのは、大会新記録の圧倒的な優勝タイムと、区間記録の更新ラッシュ。“厚底“シューズが、大学駅伝にも「高速化の波」をもたらした。
記事初掲載:2020年1月5日
――◆――◆――
箱根駅伝は、青山学院大が制し、王座奪還を果たした。
優勝した青学大の選手の個性や監督に目がいきがちだが、なによりすごいのは、総合優勝を果たしたタイムである。
往路は5時間21分16秒で、昨年に東洋大が出した5時間26分31秒を大幅に更新。復路は復路優勝こそ東海大に奪われたが、総合で10時間45分23秒は、昨年に東海大が出した10時間52分9秒を大幅に短縮し、大会新記録での優勝になった。
一方、区間記録も更新ラッシュになった。
今回、全10区間で区間新が生まれたのは7区間。どの区間新も強烈だったが、とりわけすごかったのがエース区間の2区、相澤晃(東洋大)が出した1時間5分57秒だ。これは平成21年にモグス(山梨学院大)が出した1時間6分4秒を7秒上回る、1時間5分台というとてつもないタイムである。2018年、マラソンで設楽悠汰が日本記録を久しぶりに更新した時に匹敵するぐらいのインパクトがあった。
さらに3区では、昨年に森田歩稀(青学大・現GMO)が出した1時間1分26秒を、ヴィンセント(東京国際大)が59分25秒と1時間を切る驚異的なタイムで塗り替えた。この3区では、遠藤大地(帝京大)、田澤廉(駒澤大)も森田の記録を抜いている。
4区では昨年に相澤が出した1時間54秒が「7年破られないだろう」と言われていたが、吉田祐也(青学大)があっさりと更新した。
そして、山下りの6区では、昨年まで4年続けて任され、6区のスペシャリストと言われた小野田勇次(現トヨタ紡織)の57分57秒の記録を、館澤亨次(東海大)が57分17秒と驚愕のタイムを叩き出し、更新したのである。
この記録ラッシュはいったいどういうことなのだろうか。
正直、ここまで各区間のタイムが更新され、青学大の総合タイムが伸び、全体のレベルが上がってくるとは思わなかった。
ただ、今にして思えば“流れ”はあった。
昨年12月の全国高校駅伝(男子)では1区で八千代松陰高の佐藤一世が28分48秒で走り、上野裕一郎のタイム(28分54秒)を抜いた。6区では区間新が2名出ており、そのうちひとりは宮崎日大高の城戸洸輝で14分8秒というタイムだった。また、総合優勝を果たした仙台育英高は2時間1分32秒で歴代2位タイ、2位の倉敷高は2時間1分35秒で歴代3位の成績だった。
元日に行なわれたニューイヤー駅伝では、大会記録を優勝の旭化成、2位のトヨタ自動車、3位のHondaと3チームが更新し、区間新は7区間中4区間で生まれている。
高速化のうねりは高校、そして実業団へとつづき、箱根駅伝を飲み込んだ。
その背景には、練習メニューの改善による個の質の向上がある。
例えば、実業団は横並びの練習ではなく、個々が狙う種目やレベルに応じて、全体練習以外のプラスアルファを個人で考え、行なうようになった。練習の質とともに意識も変わり、練習前後のケアや食事や身体にかける時間が多くなる。するとさらに質の良い練習ができる。相乗効果で個人の質がどんどん上がって行った。マラソンで設楽や大迫が日本記録を破ってきたのは、練習量と質が向上したからに他ならない。
大学でも同じような現象が起きている。今回の青学大はわりと長距離にフォーカスして練習してきたが、他大学のハイレベルな選手は、その種目を中心に練習メニューを組み立てている。今回2区で怪物級のタイムを出した相澤もトラックで1万mなどをメインにスピードを磨き、それをロングに繋げていく練習に取り組んで、自らの才能を開花させた。
そして、向上した人間の能力を100%引き出す役割を果たしているのが、シューズだ。
ナイキの「ヴェイパーフライネクスト%」は、今回の箱根駅伝でも各選手の圧巻の走りを支えた。このシューズの着用者が、なんと10区間のうち9区間で区間賞を獲り、6区間で区間新を出したのだ。個人の質の向上とシューズがベストマッチし、レベルを飛躍的に向上させ、数年前には考えられないような恐ろしいタイムが出るようになった。
「この高速化の波は止められない」
駒澤大の大八木監督、東海大の両角監督がそう語るように、これからは高速を越え、超高速化の時代に突入していくだろう。
チームの強化も高速化に対応して、より革新的になって行かざるを得ない。そこに乗り遅れたチームは箱根では勝てなくなる。強豪校、伝統校はもちろん、予選会を戦うチームもそこに一早く反応し、対策をしてきたところが生き残る。
また、スカウティングも多様化するだろう。高校生たちは、大学の名前や奨学金だけではなく、独自の視点で進路を選択するようになり、大学間の戦力バランスが均等化していくに違いない。
今回、國學院大、帝京大、東京国際大、明治大の4校が3位を懸けて10区のゴールまで争ったように来年は上位と下位の差がさらになくなるだろう。
今年の箱根駅伝は、カオスの幕開けだ。
「戦国駅伝」は来年以降、より高度でかつ苛烈な戦いになる。
取材・文●佐藤俊(スポーツライター)
記事初掲載:2020年1月5日
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箱根駅伝は、青山学院大が制し、王座奪還を果たした。
優勝した青学大の選手の個性や監督に目がいきがちだが、なによりすごいのは、総合優勝を果たしたタイムである。
往路は5時間21分16秒で、昨年に東洋大が出した5時間26分31秒を大幅に更新。復路は復路優勝こそ東海大に奪われたが、総合で10時間45分23秒は、昨年に東海大が出した10時間52分9秒を大幅に短縮し、大会新記録での優勝になった。
一方、区間記録も更新ラッシュになった。
今回、全10区間で区間新が生まれたのは7区間。どの区間新も強烈だったが、とりわけすごかったのがエース区間の2区、相澤晃(東洋大)が出した1時間5分57秒だ。これは平成21年にモグス(山梨学院大)が出した1時間6分4秒を7秒上回る、1時間5分台というとてつもないタイムである。2018年、マラソンで設楽悠汰が日本記録を久しぶりに更新した時に匹敵するぐらいのインパクトがあった。
さらに3区では、昨年に森田歩稀(青学大・現GMO)が出した1時間1分26秒を、ヴィンセント(東京国際大)が59分25秒と1時間を切る驚異的なタイムで塗り替えた。この3区では、遠藤大地(帝京大)、田澤廉(駒澤大)も森田の記録を抜いている。
4区では昨年に相澤が出した1時間54秒が「7年破られないだろう」と言われていたが、吉田祐也(青学大)があっさりと更新した。
そして、山下りの6区では、昨年まで4年続けて任され、6区のスペシャリストと言われた小野田勇次(現トヨタ紡織)の57分57秒の記録を、館澤亨次(東海大)が57分17秒と驚愕のタイムを叩き出し、更新したのである。
この記録ラッシュはいったいどういうことなのだろうか。
正直、ここまで各区間のタイムが更新され、青学大の総合タイムが伸び、全体のレベルが上がってくるとは思わなかった。
ただ、今にして思えば“流れ”はあった。
昨年12月の全国高校駅伝(男子)では1区で八千代松陰高の佐藤一世が28分48秒で走り、上野裕一郎のタイム(28分54秒)を抜いた。6区では区間新が2名出ており、そのうちひとりは宮崎日大高の城戸洸輝で14分8秒というタイムだった。また、総合優勝を果たした仙台育英高は2時間1分32秒で歴代2位タイ、2位の倉敷高は2時間1分35秒で歴代3位の成績だった。
元日に行なわれたニューイヤー駅伝では、大会記録を優勝の旭化成、2位のトヨタ自動車、3位のHondaと3チームが更新し、区間新は7区間中4区間で生まれている。
高速化のうねりは高校、そして実業団へとつづき、箱根駅伝を飲み込んだ。
その背景には、練習メニューの改善による個の質の向上がある。
例えば、実業団は横並びの練習ではなく、個々が狙う種目やレベルに応じて、全体練習以外のプラスアルファを個人で考え、行なうようになった。練習の質とともに意識も変わり、練習前後のケアや食事や身体にかける時間が多くなる。するとさらに質の良い練習ができる。相乗効果で個人の質がどんどん上がって行った。マラソンで設楽や大迫が日本記録を破ってきたのは、練習量と質が向上したからに他ならない。
大学でも同じような現象が起きている。今回の青学大はわりと長距離にフォーカスして練習してきたが、他大学のハイレベルな選手は、その種目を中心に練習メニューを組み立てている。今回2区で怪物級のタイムを出した相澤もトラックで1万mなどをメインにスピードを磨き、それをロングに繋げていく練習に取り組んで、自らの才能を開花させた。
そして、向上した人間の能力を100%引き出す役割を果たしているのが、シューズだ。
ナイキの「ヴェイパーフライネクスト%」は、今回の箱根駅伝でも各選手の圧巻の走りを支えた。このシューズの着用者が、なんと10区間のうち9区間で区間賞を獲り、6区間で区間新を出したのだ。個人の質の向上とシューズがベストマッチし、レベルを飛躍的に向上させ、数年前には考えられないような恐ろしいタイムが出るようになった。
「この高速化の波は止められない」
駒澤大の大八木監督、東海大の両角監督がそう語るように、これからは高速を越え、超高速化の時代に突入していくだろう。
チームの強化も高速化に対応して、より革新的になって行かざるを得ない。そこに乗り遅れたチームは箱根では勝てなくなる。強豪校、伝統校はもちろん、予選会を戦うチームもそこに一早く反応し、対策をしてきたところが生き残る。
また、スカウティングも多様化するだろう。高校生たちは、大学の名前や奨学金だけではなく、独自の視点で進路を選択するようになり、大学間の戦力バランスが均等化していくに違いない。
今回、國學院大、帝京大、東京国際大、明治大の4校が3位を懸けて10区のゴールまで争ったように来年は上位と下位の差がさらになくなるだろう。
今年の箱根駅伝は、カオスの幕開けだ。
「戦国駅伝」は来年以降、より高度でかつ苛烈な戦いになる。
取材・文●佐藤俊(スポーツライター)
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