【NBA背番号外伝】クージー、ロバートソンと名だたるレジェンドが着用した“14番”。6人の永久欠番を振り返る

【NBA背番号外伝】クージー、ロバートソンと名だたるレジェンドが着用した“14番”。6人の永久欠番を振り返る

これまで14番を背負ったクージー(中央)とロバートソン(左)、そして現在14番のブランドン・イングラム(右)。(C)Getty Images

14番の歴史は、ボブ・クージーとオスカー・ロバートソンを抜きには語れない。今日のPGのスタイルを築いた前者、歴代屈指のオールラウンダーである後者は、いずれも後世に多大なる影響を与えたレジェンドだ。

■現役で大物は不在だがレジェンドはスター揃い

 現役ではブランドン・イングラム(ニューオリンズ・ペリカンズ)が一番目立つくらい。3球団でチャンピオンになったダニー・グリーン(フィラデルフィア・セブンティシクサーズ)もいるが、他にはタイラー・ヒーロー(マイアミ・ヒート)、ジェラルド・グリーン(ヒューストン・ロケッツ)、DJ・オーガスティン(オーランド・マジック時代)ら、背番号14を背負っているのは主力級とまではいかない選手たちだ。小粒感は否めないが、NBAの歴史を振り返ると6人が永久欠番となっている。
  そのなかで、一際光を放っているのがボブ・クージーとオスカー・ロバートソンだ。有名奇術師の名にちなんで“コート上のフーディーニ”と呼ばれたクージーは、天才的なドリブルとパスセンスで1953〜60年まで8年連続アシスト王に輝き、63年にボストン・セルティックスの永久欠番となった。引退から7年後の70年に、シンシナティ・ロイヤルズ(現サクラメント・キングス)で選手兼ヘッドコーチとして復帰した際には、チームメイトにロバートソンがいたため19番をつけた。

 そのロバートソンは史上屈指のオールラウンダーであり、初めてシーズントリプルダブルを達成した名選手だ。ロイヤルズに在籍した60年代に6度アシスト王となり、69年にはクージーが保持していた通算アシスト記録を更新した。NBAの初代選手会長がクージー、3代目がロバートソンという縁もあったが、クージーがロイヤルズのHCに就任すると関係が悪化しバックスへトレード。引退後はキングス時代の14番だけでなく、バックスで背負っていた1番も欠番となっている。
  この2人を抜いて通算アシスト記録を樹立したのはジョン・ストックトンだが、ユタ・ジャズ時代にそのストックトンとバックコートコンビを組んでいたのがジェフ・ホーナセック。フェニックス・サンズ、フィラデルフィア・セブンティシクサーズ、そしてジャズを通じて14番。正確無比なシュートで2度のファイナル進出に貢献し、ジャズの欠番になった。ライオネル・ホリンズも、77年のポートランド・トレイルブレイザーズ初優勝時の主力として欠番となっている。引退後は多くのチームでコーチを歴任、昨季はロサンゼルス・レイカーズのアシスタントコーチとして43年ぶりの優勝を味わった。

 残る2人の欠番はあまり知名度が高くない。ジョン・マッグロックリンはバックス創設当時のオリジナルメンバーだが、平均11.6点と成績は平凡。ロバートソンのバックス移籍時に14番を譲らなかったという逸話がある。引退後は長い間バックス戦のコメンテーターを務めていた。
  トム・メシェリーもスーパースターではないが、得点とリバウンドで2桁を連発し、ゴールデンステイト・ウォリアーズの欠番になった。ロシア人で生まれは現在の中国、日本統治時代の満州。終戦後はアメリカに亡命する激動の人生で、引退後は教師となって詩集を出版、ネバダ州の作家の殿堂に迎えられた。

 欠番以外で最も有名な14番はサム・パーキンスだろう。ノースカロライナ大ではマイケル・ジョーダンの1年先輩にあたり、当時は41番。NBAでも当初はこの番号をつけた。その後44番を経て、レイカーズへ移籍した90−91シーズン以降は14番に。ビッグマンでありながらアウトサイドシュートを得意とし、異なるチームで3回ファイナルに進出したが、91年(レイカーズ)と96年(シアトル・スーパーソニックス=現サンダー)はジョーダンのシカゴ・ブルズ、2000年(インディアナ・ペイサーズ)はシャキール・オニール率いるレイカーズに阻まれ優勝に手が届かなかった。
  同じくシューター系では、3ポイントルールが導入された79−80シーズンに最多の90本を決めたブライアン・テイラー、91年に通算3ポイント成功数の新記録を樹立したマイケル・アダムズあたりの名前が挙がる。またクレイグ・ホッジスは80年代に成功率で2度タイトルを獲っているが、当時は別の番号だった。14番となったのはブルズ時代で、90〜92年の3ポイントコンテストで3連覇を成し遂げた。

 クリーブランド・キャバリアーズの14番だったボビー・フィルズは攻守のバランスに優れた万能タイプであったが、背番号を13に変えた旧シャーロット・ホーネッツ(現ペリカンズ)時代の2000年1月、自動車事故で死亡。フィルズと同様に交通事故で亡くなったマリーク・シーリーも、デトロイト・ピストンズ在籍時の97年にこの番号をつけた。
  そのほかでは、指揮官としても成功を収めたレニー・ウィルケンズが、アトランタ・ホークス時代の後半5年間14番を背負い、この間4度のオールスターに出場を果たしている。NBA初期の名センター、アーニー・ライゼン、ジャズ時代の84年にスティール王となったリッキー・グリーン、90年代の武闘派PFアンソニー・メイソン(ニックス、ホーネッツ)、マジックの通案アシスト記録保持者ジャミーア・ネルソンも14番の歴史を築いた選手たちだ。

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2014年3月号原稿に加筆・修正

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