元Jリーガーの事業家・嵜本晋輔氏が「アスリートのためのデュアルキャリア採用」を打ち出した狙いと近未来の壮大な夢

元Jリーガーの事業家・嵜本晋輔氏が「アスリートのためのデュアルキャリア採用」を打ち出した狙いと近未来の壮大な夢

アスリートは「みずからの可能性にフタをしてしまっている方が多いな、という印象」があると嵜本は言う。(C)Valuence Holdings Inc.

その言葉に説得力が宿るのは、Jリーガー時代の経験と大きな後悔が土台にあるからだろう。ガンバ大阪に入団するも、わずか3年で戦力外通告。その後ビジネスマンに転身し、ブランドリユース業で成功を収めた嵜本晋輔氏は、「アスリートは競技生活以外の選択肢を持つべきだ」と力説する。昨年9月、同氏が率いる『バリュエンスグループ』が、アスリートのためのデュアルキャリア採用を打ち出し、さまざまな理由で競技をあきらめざるを得ない人たちに手を差し伸べている。今回は嵜本社長本人に、このプロジェクトの狙いや企業としての理念、さらには今後の展望を聞いた。

──バリュエンスグループ(以下、バリュエンス)では、アスリートのデュアルキャリア、つまり競技生活と社会人生活との両立を支援する取り組みに積極的ですね。昨年9月にはアスリートのためのデュアルキャリアプロジェクトとして、『アスリート100人採用』というものを大きく打ち出されましたが、その後の進捗はいかがですか?

嵜本晋輔(以下:嵜本) これまでに30〜40名のアスリートの方と、弊社人事部の担当者が面談をさせていただいて、実際に採用に至った方が現時点で4名、前向きに検討いただき、選考中の方が3名ほどいらっしゃいます。まだ人数は少ないですが、これまでアスリートと接点のなかった人事担当者が、彼らの抱えている問題やニーズを、面談を通して知ることができたという意味でも、非常に価値があったと思います。

──アスリートの方からは具体的にどんな声が聞かれましたか?

嵜本 自分は競技の世界しか知らないと、みずからの可能性にフタをしてしまっている方が多いな、という印象がありますね。採用に際しては、こちらから業務を押し付けるのではなく、それぞれの適性に合ったお仕事を提案させていただいていますが、確かに我々のブランドリユースビジネスというのはアスリートにとって無縁の世界で、ちょっとイメージが湧きづらい部分はあるのかもしれません。ただ、さまざまな事情で競技を続けたくても続けられないアスリートの方々に手を差し伸べる弊社の取り組み自体は、高く評価していただいています。今後、デュアルキャリアという働き方に対する認知が深まっていけば、より多くの方に入社していただけると考えています。
 ──現時点で4名にとどまっているのは、採用の基準が厳しいからでしょうか?

嵜本 決して基準は高くありません。競技を続けられずに困っている方々に対して、いかに私たちが寄り添えるかというスタンスで面談をさせていただいていますが、ただ現時点では、弊社の人事担当者がしっかりとアスリートの立場や意向を汲み切れていないという課題もあります。現在、人事担当者がアスリートキャリアコーディネーターの資格を取得しようと自発的に行動してくれていますが、そうして受け入れ側の態勢が整っていけば、自然と採用も増えていくはずです。

──デュアルキャリア採用は、いわばアスリートを救い上げる取り組みですが、御社にとってのメリットは?

嵜本 バリュエンスのミッションは、「らしく、生きる。」世界の実現です。ありのままの自分をさらけ出しても認められ、尊重される世の中。幸せとか豊かさをひと言で表わすと、それは一人ひとりが自分らしく生きられるということなんじゃないかと。なかなか自分のやりたいことに手を伸ばせず、人生をかけて夢中になれるものを見つけるのが難しい社会ですが、しかしアスリートというのは、すでにそれを見つけられている状態にあるんです。そういった人たちが、なんらかの理由で夢や目標を手放さなくてはならないとしたら、それは機会損失に他ならない。やはり何かに夢中になっている人のほうが、ビジネスの世界でも成果は出やすいものなんです。
 ──既存の社員の方にも良い影響を?

嵜本 弊社内にも、まだ好きなものを見つけられていない社員はいます。ですが、例えば隣の席の人がサッカーと仕事を両立していれば、その社員にとってはすごく大きな刺激になる。そうした既存社員とアスリート社員の融合も、実は裏テーマとしてあるんです。

──競技と仕事を両立させるのは、口で言うほど簡単ではないように思いますが、何かコツはあるのでしょうか?

嵜本 要するに、ビジネスに対する興味、関心が薄いから、両立は難しいと片付けてしまうのでしょう。スポーツとビジネス、それぞれにシナジーがあるのだと気付き、双方に興味を持てば、両立はできるんです。これまでアスリートはビジネス感覚など持たなくてもよかったのかもしれませんが、今の世の中で重宝されるのは、双方の立場に立って、例えばビジネスモデルをアスリート視点で設計できるような人材なんです。Aというひとつの能力を磨くだけでなく、AとBの能力を掛け算できる方ですね。
 ──アスリートは基本的にスペシャリスト。嵜本社長が求めるのはゼネラリストということですか?

嵜本 アスリートはアスリートとして生きていくべきだという考え方が、従来のスタンダードでした。しかし、今は本田圭佑選手や長友佑都選手のように、トッププレーヤーでありながら、ビジネスの世界にもアンテナを立てているアスリートが少なくありません。基本的にアスリートは短命で、3年とか5年でその立場を手放さなくてはならないケースも多い。重要なのは、人生で最も注目されるその時期を、いかに有効に使うかなんです。サッカーだけに専念するのか、それとも先々のことを考えて、ビジネスの世界に足を踏み入れておくのか。やはり現役時代から将来を見据えて時間を使っている人間のほうが、セカンドキャリアはよりポジティブなものになる。
 今はまだスタンダードな考え方ではないかもしれませんが、間違いなく今後は変わっていくでしょうね。「サッカーが中途半端になる」という人もいるでしょうが、アスリートとしても100%コミットし、空いた時間でビジネスであったり、自分の趣味であったりにも100%コミットすればいい話なんです。

──それは、ガンバ大阪を3年で戦力外となった、ご自身の経験も踏まえた考え方ですね。

嵜本 私自身がサッカー選手から、こうして事業家へ転身して強く抱くのは、ガンバ時代の3年間に、もっとあんなことやこんなこともしておけばよかったという後悔ばかりなんです。振り返ってみても、当時は社会のことなんて何も分かっていなかった。読み物といえばスポーツ新聞くらいで(笑)、ビジネス関連のニュースなんかも避けて通ってきた。今生きているその1分1秒が、投資なのか浪費なのかを理解しているかどうか。それによって、同じ時間を過ごしても得られるものはまったく違うんです。アスリートは基本的に、空いている時間が一般の方より多いわけですから、有効にその時間を使って自己投資をすれば、必ず将来の運命は変わっていく。私はそういうことを、少しでも多くのアスリートたちに伝えていきたいし、それによって1人でも多くの方が行動を変え、結果的に新しい何かを手に入れてくれたらいいなと思っています。
 ──本田選手、長友選手はキャリアの終盤になってデュアルキャリア的な動きを強めましたが、サッカー選手ももっと若いうちから行動を変えるべきですか?

嵜本 間違いないですね。早ければ早いほうがいい。もちろん、プロに入って1、2年はサッカーに専念すべきだという意見も否定しませんし、私の考え方を押し付けるつもりもありません。ただ、ガンバ時代の自分にアドバイスをするとしたら、やっぱり「今のうちからもっと視野を広げておけ」とアドバイスするでしょうね。

──採用された4名の方についてもう少し詳しく教えてください。年齢はどのくらいで、実際にどんなお仕事をされているのですか?

嵜本 みなさん25歳前後の若い方で、現在は店舗で買取り業務を行なっているメンバーが2人、あとの2人には倉庫での検品作業をお願いしています。

──それぞれどういった事情を抱えていて、このデュアルキャリア採用に応募されたのですか?

嵜本 練習の時間が十分に取れない、仕事で土日の試合に出られないといった悩みを抱えて、なかなか競技に専念できない状況にあったようです。ただ、我々のデュアルキャリア採用では、アスリートとしての練習時間に合わせて働く時間を自由に選べますから、やはりそうした点に魅力を感じてもらっていますね。
 ──サッカー選手もいらっしゃるそうですね。

嵜本 JFLの選手が1名。その方も土日は休みという契約条件なので、週末は上司や同僚たちに気兼ねすることなく、アスリートとして活動していただいています。さらにK−1の選手も2名いるのですが、その方の場合はスポットで2〜3時間、オフィスで商品の仕分けなどの作業をしてもらい、それ以外の時間はすべて練習に充てるアルバイト的なシフトを組んでいます。一日2〜3時間の働き方を許容しているアルバイト先もなかなか見つからないそうで、入社した方からは感謝の言葉もありました。

──昔の社会人スポーツのイメージかもしれませんが、そうした働き方をするアスリート社員が肩身の狭い思いをしたり、一般の社員から冷たい目で見られるようなことはありませんか?

嵜本 そこは企業文化次第かな、と思っています。実際、そういった旧態依然とした考え方を持った組織が、まだかなり多く残っているのは事実ですが、しかし「らしく、生きる。」を企業理念に掲げる当社としては、それこそ「らしく生きている人」を尊重するようなカルチャーを築き上げていかなくてはなりません。ある意味、「らしさ」というのは他者によって引き出されるものでもあるんです。チームの仲間たちがらしく生きている状態でないと、自分自身もらしく生きられない。主語で言えば、「I」ではなく「WE」。この「WE」という言葉を自然に、無意識に扱えるのが、当社が理想とする企業としての在り方なんです。
 ──そのために、どのような取組をされているのですか?

嵜本 そうした考え方になってもらえるよう、私自身が毎月2日間、4時間ぶっ通しで理念浸透研修を行ない、その中で「バリュエンスとして評価する人材はこうで、我々の行動理念はこうだ」と言い続けています。
 私が求めるのは、自分の考え方に固執し、貫き通す人間ではなく、時代の変化に適応できる人間。例えば50代とか60代の人にとって、『TikTok』の良さってなかなか分かりづらいですよね。でもそれを、分からないからといって否定するのではなく、若者にはそういった考え方もあるんだと、尊重してあげられる上司が必要なんです。そうでなければ、きっと理想と現実のギャップに気付いた優秀な若手から、どんどん辞めていってしまいます。やりたいことに手を伸ばそうとする社員に対して、自分のことしか考えないような上司は、出る杭を打っちゃうんですよね。新しい才能を潰してしまう。ですから最近は、マネジメントのレイヤー(階層)をすごく意識していて、柔軟に組織変更も行っています。
 ──「謙虚で素直な人間」がバリュエンスの人材採用要件というのも分かります。

嵜本 アスリートは基本、いい意味で素直。周りのアドバイスを受け入れながら、幼い頃から成長してきたわけで、一般の人よりも間違いなく傾聴力は高いはずなんです。なので、競技以外は何もできないというような考え方は改めていただきたいですし、成長のプロセスを熟知するアスリートの方であれば、それを横展開するだけですぐにビジネスにも応用できる。コツさえ掴めば、この世界でも即戦力になれると思っています。

──それでもビジネスの世界でやっていけるのか、なかなか自信が持てないアスリートも多いのでは?

嵜本 アスリートの方がプロとして競技にこだわり続けるというのは、とても素晴らしい生き方だと思っています。ただ一方で、これだけ小中高と自分に投資してきたのだから、サッカーを続けなくては損だという感覚を持たれている人も多いのではないでしょうか。しかしビジネスの世界では、毎年1億の赤字を出すような事業を3年も5年も続けません。普通は「前向きな撤退」という判断を下します。
 アスリートであり続ける理由を、アスリート自身が明確に答えられるのであれば続けるべきだと思いますが、多くの現役選手は、他に選択肢がないからアスリートをやる、なんです。それが、負のスパイラルに陥ってしまう理由。ですから私は、アスリートである時に、いかに新たな選択肢を見つけ、どれだけ別の世界を見るかということがとても重要だと考えています。
 ──サッカー選手のセカンドキャリアにはネガティブなイメージがありますが、そうやって意識が変わっていけば、状況も変わっていくのでしょうか?

嵜本 意識が変われば、劇的に人生は変わりますし、前向きな撤退ができます。私自身も22歳の時に引退できたからこそ、今があると思うんです。あの時、中途半端に活躍して、サッカーの世界に漫然と身を置いてしまっていたら、今の人生は絶対にない。早くに見切りをつけたことで、手にしたものがある。しがみつくのではなく、手放すという生き方は、アスリートに限らず、非常に大切だと感じています。

──では最後に、今後の展望についてお聞かせください。

嵜本 バリュエンスとしては、ブランドリユース業界で日本一に近づいているので、今はいかにして世界に影響力を与えられるような会社になるかというところにフォーカスしています。一方、スポーツとアスリートの可能性を広げるために、2019年12月に設立したデュアルキャリア株式会社に関しては、我々が生み出した新しいサービスを実際に使っていただける方を増やし、「アスリートの持続可能な未来を創る」というミッションを、なんとしても実現したいですね。
 ──例えば、バリュエンスグループとして、サッカークラブを持つような考えはないんですか? そうすれば、アスリートのデュアルキャリア採用も加速するかもしれません。

嵜本 もちろんありますよ。クラブチームを持つというのは、私の夢のひとつでもありますから。ただ、チームを持った上で、サッカー以外の教育の部分もしっかりと整備したいですね。教育制度が充実しているクラブを作れたら、弊社を選んでくれる方も増えると思うんです。

──それはどのくらい先のお話ですか?

嵜本 早ければ早いほうがいいですね。もしかすると、公私混同をしているんじゃないかと受け取られてしまうかもしれませんが、これって、実はサスティナブル経営の一環だと思うんです。これからは単純に営利目的で会社を成長させるだけでは、企業価値は上がっていきません。大きな意味でのサスティナブルな世の中を作っていくなかで、その事業のポートフォリオとしてクラブチームを持つというのは、今後、ひとつのスタンダードになっていくのではないかと。目先の利益だけを追い求めるのではなく、人がまさに「らしく生きられる」経営ができている会社こそが、企業価値という点で評価される時代になると思っています。

──思い描かれているのは、やはりサッカークラブなんですね。

嵜本 私が急にバスケチームを持ったら、きっと違和感しかないと思いますから(笑)。

取材・文●吉田治良(スポーツライター)

■プロフィール■
嵜本晋輔 Shinsuke SAKIMOTO
1982年4月14日、大阪府出身。関西大学第一高校卒業後、ガンバ大阪に入団。3年で戦力外通告を受けると、JFLの佐川急便大阪SCを経て、2004年に引退。その後は父が経営していたリサイクルショップで経営のノウハウを学び、2011年に株式会社SOU(現バリュエンスホールディングス株式会社)を設立。代表取締役に就任する。2018年3月に東証マザーズへ株式上場。さらに2019年9月には、アスリートやスポーツの可能性を広げる目的で、FAN AND株式会社(現デュアルキャリア株式会社)を設立。アスリートたちのデュアルキャリアを支える取り組みを進めている。

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