「メダル以外は価値がない」新谷仁美が“頼れるパートナー”と共に東京五輪へ!32歳の進化を見せられるか?

「メダル以外は価値がない」新谷仁美が“頼れるパートナー”と共に東京五輪へ!32歳の進化を見せられるか?

昨年12月4日に行なわれ日本選手権の10000mで優勝し東京五輪代表に内定した新谷仁美。(C)Getty Images

1年前までは夢物語に思えた女子長距離トラック種目のメダル獲得が、32歳のカムバックランナー、新谷仁美(積水化学)の成長で現実的になった。

 12月の日本選手権10000mで、3位選手を周回遅れにした30分20秒44の優勝タイムは、従来の日本記録を28秒も更新した。リオ五輪翌年の2017年以降では、19年世界陸上金メダルのS・ハッサン(オランダ)の29分36秒67、17年世界陸上金メダルのA・アヤナ(エチオピア)の30分16秒32に続き3番目のタイムである。

「久しぶりに自分の中で満足できるレースができました。世界ではタイムよりも勝負を考えないといけませんが、タイムが同じレベルになかったら、ペース変動の大きい世界のレースに対応できません。世界は29分台なのでまだまだですが、今回のタイムでその第一段階はクリアできました」

 新谷は13年世界陸上モスクワ大会で5位に入賞したが、そのレースでさえ「メダル以外は価値がない」と自身の結果を斬って捨てた。その大会を最後に競技から遠ざかり、18年に約5年ぶりに現役復帰した。「ブランドもののバッグを買うこと」が現役復帰の理由だったが、走るからにはメダル獲得を一番の目標とする。

「国民の皆さんはメダル以外は評価しない」が、新谷の口癖になっている。だから「走ることが好きなわけではない」と公言しながら、結果を出すことに異常ともいえるこだわりを見せる。復帰1年後の19年世界陸上ドーハでは31分12秒99で11位。入賞まで約7秒という好成績を残すことができたのは、新谷のプロ意識のなせるワザだった。
  それでも新谷はモスクワと同様に、「日本の恥」とドーハの走りを酷評した。客観的に見れば評価される結果でも、新谷自身は銅メダル(30分25秒20)から46秒、200m以上も引き離されたことが許せなかった。モスクワでは銅メダルとの差が約10秒だったのだ。「世界は進歩している」と、現実を突きつけられた。

 そこで手を差し伸べたのが男子800mの前日本記録保持者、横田真人コーチだった。現役復帰後、形の上では横田コーチが指導者だったが、練習は新谷が13年までやっていたことをベースに行なっていた。13年当時の新谷は所属チームの指導者を信用できず、誰にも頼らずに走っていた。ドーハまではそのスタイルで、競技結果の責任全てを自身が負って走っていたのである。
  ドーハ後は横田コーチが、負荷が大きく週に2〜3回行なうポイント練習のメニューを考え、本格的なウェイトトレーニングも取り入れた。新谷にとっては長めといえる距離に取り組み、昨年1月にはハーフマラソン(21.0975km)の日本記録を更新。トラックではつねに力を入れて走っていた新谷が、力を抜いてもスピードが出せることを理解できた。

 さらに1500mでは、7月に4分20秒14と15年ぶりに自己記録を更新。5000mでも2月に15分07秒02と8年ぶりの自己新をマークし、練習中のスピードを楽に出せるようになった。9月の全日本実業団陸上5000mでは14分55秒83の日本歴代2位と記録を短縮。国内では初めて、レース前半を人の後ろを走り、2400mで前に出て自分のペースに持ち込んだ。最後の1周を66秒8と、苦手だったラストスパートのタイムも上がってきた。

 20年シーズンの新谷は、人の後ろで力をセーブして走ることと、レース終盤のスピードアップ、そして世界トップレベルのタイムと、東京五輪で戦うために必要なパーツを手に入れた。

 そして何よりの成果は、人を信頼することが走りにつながる、という精神状態に新谷がなれたことだ。試合前には常に緊張して、精神的にも自分を追い込んでいた新谷が、日本選手権前は「失敗したらメニューを考えている横田コーチの責任です」と、冗談交じりに話すまでになった。
  1つ誤解のないよう記しておくと、ポイント練習以外のメニューは新谷が考えている。新谷の一番の特徴は中間走の速いペースを維持することだが、1日30kmを走ることを自身に課し、スタミナ養成の主要部分を自身の責任で行なっている。

 13年までとの違いを問われた新谷は「強い味方がいること」と答えた。練習メニューなど全体的な統括を横田コーチに任せ、ウェイトトレーニングはトレーナー、栄養指導は管理栄養士と、専門分野別にスタッフを付けて取り組む。そうした分業制自体は珍しくないが、彼らへの信頼が新谷の理解を深めている。

 結果にこだわる新谷が、結果を出すためのプロセスに自信を持ち始めた。それが、東京五輪の新谷に期待できる一番の理由である。

取材・文●寺田辰朗
 

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