シャック退場の窮地を救った21歳の新鋭。コビーが真のスターになった日【コビー・ブライアント名勝負:Part.4】〈DUNKSHOOT〉

シャック退場の窮地を救った21歳の新鋭。コビーが真のスターになった日【コビー・ブライアント名勝負:Part.4】〈DUNKSHOOT〉

シャック退場のピンチをチャンスに変えて躍動。”ゴー・トゥ・ガイ”としてチームを勝利に導き、コビーは真のスーパースターとなった。(C)Getty Images

2020年1月26日、世界中に衝撃を与えたロサンゼルス・レイカーズのレジェンド、コビー・ブライアントの事故死。あれから1年……。コビーの肉体は滅びたが、その勇姿はファンの心に永遠に刻み付けられている。ここでは彼の20年の激闘譜のなかから、後世に語り継ぐべき名勝負を紹介する。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

■2000年6月14日 vsインディアナ・ペイサーズ(NBAファイナル)

 9年ぶりに進出した2000年のファイナルで、レイカーズは地元ロサンゼルスでの初戦に先勝。続く第2戦も、コビーが第1クォーター終盤に足首を捻って退場するアクシデントをはね除け、連勝を収めた。

 だが敵地インディアナポリスに舞台を移した第3戦は、コビーが欠場したことも影響してペイサーズが勝利。レイカーズにとってはまだ余裕があったとはいえ、一気に有利な展開に持ち込むには4戦目は必勝とあって、第3戦は出場を志願しながら大事を取ったコビーも先発メンバーに名を連ねた。

 それでも、テーピングとアイシングを入念に施した状態での出場であり、万全にはほど遠かった。動きも本来のものではなく、前半で3つのファウルを犯し、攻撃でもわずか6得点。相手を引きつけシャキール・オニール(シャック)へのアシストなど、チームメイトのセットアップに回る場面が目立った。

 ただ本人は「前半で勝負が決まるわけではないから、ペース配分を考えていた」とのことで、後半に入ると積極的にドライブを仕掛けていく。フェイダウェイにダンク、スピンムーブからのジャンパー等、次々に得意技を繰り出して14得点を稼いだ。
  だが負けられないペイサーズも、エースのレジー・ミラーが第4クォーターだけで13得点。104−104の同点でオーバータイムへもつれ込むと、ここまで36得点、21リバウンドをあげていた大黒柱のシャックが残り2分23秒でファウルアウトしてしまう。1点を追う状況ではあっても、ペイサーズの選手たちが「この試合はもらったと思った」(ジェイレン・ローズ)と感じたのも無理はなかった。

 そんなペイサーズの思惑を嘲笑うかのように、コビーは自身に集中するディフェンスをかわしてロングジャンパーを立て続けに沈める。延長だけで8得点をあげ、これはファイナル史上2位の記録となった。1点リードの残り7秒、ブライアン・ショウの放ったシュートがリムに弾かれた際には、空中でリバウンドを掴みながらレイアップを決め、勝利を手にした。
 「こんな試合を毎日夢に見てきたんだ」と試合後に笑顔で語ったコビー。レイカーズは次の第5戦で大敗しており、もし第4戦を落としていたら、12年ぶりの優勝は危うかったかもしれない。

「肉体的なタフさと決断力、プレッシャーのかかる場面を望む精神的な強さ、そしてスキルの高さ。コビーの偉大さをすべて詰め込んだような試合だった」(NBA.comのスコット・ハワード・クーパー)。
  コビーは当時21歳、NBA4年目のこの年はレギュラーシーズンでも平均22.5点をあげ、2度目のオールスターに選ばれるなど、すでにスター選手の地位を確立していた。カンファレンス優勝を決めた試合でも25得点、11リバウンド、7アシスト、4ブロックの大活躍だった。けれども世界中が注目するファイナル、そしてシャック退場の後を受けて輝きを放ったこの一戦で、コビーは真のスーパースターになったと言っていいだろう。

文●出野哲也
※ダンクシュート『コビー・ブライアント追悼号』原稿に加筆・修正

【PHOTO】「Mr.レイカーズ」&「Mr.NBA」史上最高のスーパースター、コビー・ブライアント特集!
 

関連記事(外部サイト)