ストックトンの鉄人ぶりを象徴する“エルボー事件”を相棒マローンが回顧「痛々しくて最悪の気分になった。だけど彼は…」〈DUNKSHOOT〉

ストックトンの鉄人ぶりを象徴する“エルボー事件”を相棒マローンが回顧「痛々しくて最悪の気分になった。だけど彼は…」〈DUNKSHOOT〉

ストックトンは史上最高峰の司令塔であると同時に、“鉄人”としても知られた。(C)Getty Images

ユタ・ジャズのレジェンド、ジョン・ストックトンとカール・マローン――。彼らは、“史上最高のデュオ”と呼ばれるマイケル・ジョーダン&スコッティ・ピッペンや、シャキール・オニール&コビー・ブライアントに負けずとも劣らない強力コンビだった。通算アシスト(1万5806本)とスティール(3265本)で歴代トップに立つ名司令塔のストックトンは“鉄人”としても知られるが、それを表わすような武勇伝を相棒のマローンが回顧している。

 ジョーダンと同じ1984年のドラフトでジャズに入団したストックトンは、キャリア序盤こそ控えだったが、先発に定着した1987−88シーズン以降は16年にわたって不動のレギュラーとして君臨。85年入団のマローンと共闘した18年間では通算925勝519敗(勝率64.1%)を誇り、すべてのシーズンでプレーオフに駒を進めたのに加え、97、98年にはファイナルに進出して王者シカゴ・ブルズを苦しめた。
  ケガにも強く、19年のキャリアで欠場したのはわずか22試合。それも97−98シーズンに開幕から18試合を休んだのが大半で、17シーズンでフル出場を果たしている。92年のバルセロナ五輪で一世を風靡した“ドリームチーム”のメンバーにも選ばれ、大会前に行なわれたカナダ代表戦で右足の腓骨を骨折しても本大会に出場した。

 マローンは『The Players' Tribune』のポッドキャスト“Knuckleheads with Quentin Richardson and Darius Miles”で、ストックトンの“不死身の強さ”について、「コーチ・スローンは、ストックトンがレザーブーツのようにタフだと言っていた。俺が今まで会った中でも最もタフな男の1人だ」と名将ジェリー・スローンの言葉を引用しながら言及。そして、ある試合を振り返っている。

 舞台は99年のプレーオフ1回戦。ジャズはクリス・ウェバーとジェイソン・ウィリアムズを擁するサクラメント・キングスと対戦し、ホームで先勝して第2戦を迎えた。その試合で、ストックトンがトップの位置からマローンのスクリーンを使ってゴール下に飛び込もうとした際、ウェバーに“ショルダーチャージ”を食らってコートに打ち付けられたのだ。ウェバーの悪名高い“エルボー事件”として語り継がれているが、この時マローンはキレる寸前だったという。
 「俺はクリス・ウェバーのことが好きだが、一度だけアイツのことをぶっ飛ばしてやろうと思ったことがある。俺たちはホームでキングスを疲弊させていた。そして、ウェバーはハーフコートでストックトンを探し始めた。俺たちのプレーブック(戦術)を研究していたんだろう。彼は肘でストックトンの胸骨付近を攻撃した。痛々しくて、最悪の気分になったから、コーチ・スローンの下へ行って、『コーチ、もうあのプレーは実行させないでくれ』と言ったんだ。だけどストックトンは俺を見て、『大丈夫。さあ、次のプレーだ』と言ったよ」

 ストックトンのタフさと精神力に関しては、ウェバーも過去に「俺たちは若かったから、試合前にコーチのリック・アデルマンに、序盤でストックトンを痛めつけるつもりだと言ったんだ。実際、最高のスクリーンの餌食になった。だけど、彼は起き上がって、俺のケツを叩きながら『ナイススクリーン』と言ったよ。彼は最もタフな男の1人だった」と語っており、逆に士気をくじかれたことを明かしている。
  シリーズはジャズが1勝2敗から逆転で1回戦突破を果たしたが、第1戦でシュートを11本中7本成功(63.6%)させていたストックトンは、その後94本中35本成功(37.2%)に数字がダウン。ブレイザーズとのカンファレンス準決勝敗退後には右肘の手術を受けた。

 昨年5月、マローンはポッドキャスト『Pardon My Take』でウェバーについて、「ウェバー、デリック・コールマン、そしてチャールズ・バークレーは俺よりも才能に恵まれていた。俺よりもいい仕事をすることはなかったけどね」とコメント。同じパワーフォワードとしてポテンシャルを認めつつ、“自分の方が上”との姿勢を崩さなかったのは、相棒ストックトンへのワンプレーの因縁も関係しているのかもしれない。

構成●ダンクシュート編集部
 

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