70~80年代唯一の70点超え達成者、ジョーダンが憧れた“悲劇のレジェンド”とは?…チーム別1試合得点ランキング【ノースウエスト編】〈DUNKSHOOT〉

70~80年代唯一の70点超え達成者、ジョーダンが憧れた“悲劇のレジェンド”とは?…チーム別1試合得点ランキング【ノースウエスト編】〈DUNKSHOOT〉

圧倒的な跳躍力を誇ったトンプソン(左)は78年に当時歴代3位の73得点を奪取。ブレイザーズはリラード(右上)、サンダーはウエストブルック(右下)ら現役選手がトップに。(C)Getty Images

連日のようにハイスコアゲームが展開されるNBAでは、1人の選手が大量得点をあげることも珍しくない。そこで今回は、それぞれのチームにおける1試合最多得点の記録保持者を紹介。第5回はナゲッツ、ブレイザーズ、ジャズなど近年競争力が高まっている「ノースウエスト・ディビジョン編」をお届けする。

■デンバー・ナゲッツ
1位デイビッド・トンプソン/73得点(1978年4月9日vsデトロイト・ピストンズ)
2位アレックス・イングリッシュ/54得点(1985年11月19日vsヒューストン・ロケッツ)
2位マイケル・アダムズ/54得点(1991年3月23日vsミルウォーキー・バックス)
4位キキ・ヴァンダウェイ/51得点(1983年12月13日vsデトロイト・ピストンズ)
4位アレックス・イングリッシュ/51得点(1989年3月10日vsマイアミ・ヒート)
4位モックムード・アブドゥル・ラウーフ/51得点(1995年12月7日vsユタ・ジャズ)
4位アレン・アイバーソン/51得点(2007年12月5日vsロサンゼルス・レイカーズ)
  1位のトンプソンは、あのマイケル・ジョーダンが幼少期に憧れた選手として知られる“悲劇のレジェンド”だ。ライバルリーグのABAで1年プレーし、1976年にNBA入り。圧倒的な身体能力を武器に1年目から平均25.9点をマークすると、2年目にはさらに数字を伸ばし、リーグ2位の平均27.2点を奪取した。

 球団史に輝く73得点を叩き出したのは、そのシーズンの最終戦。フィールドゴール28/38、フリースロー17/20と高確率でシュートを決め続け、ウィルト・チェンバレンの100得点、78得点に次ぐ、当時歴代3位タイとなる大記録を打ち立てた(現在は4位タイ)。

 リーグの歴史でも70点超え達成者は6人しかおらず、とりわけ70~80年代はトンプソン1人だけ。にもかかわらず、その名が現在まで浸透していないのは、ドラッグ中毒により短いピークのままキャリアを終えてしまったから。82年にナゲッツを放出されると、その2年後、30歳を前にリーグを去ることとなった。

 そのトンプソンと入れ替わるようにエースに就任したイングリッシュは10年以上にわたって主軸を務め、83年にリーグ得点王、85年と89年に50点超えを記録。同時代に活躍したヴァンダウェイは、83-84シーズンに2度の50点超えをマークした。90年代には、178cmのアダムズ、185cmで日本でもプレーしたアブドゥル・ラウーフらスコアリングPGの活躍も光った。

 2000年以降では、03年入団のカーメロ・アンソニーが50得点を2回記録。06年に76ersから移籍してきたアイバーソンは、07年12月のレイカーズ戦で球団4位タイの51得点をマークしている。

 現役ではニコラ・ヨキッチが今年2月6日のキングス戦でキャリアハイ&球団史上8人目の50得点を達成。昨季のプレーオフで2度の50得点をマークしたジャマール・マレーともども、今後のランキング入りが期待される。
 ■ミネソタ・ティンバーウルブズ
1位カール・アンソニー・タウンズ/56得点(2018年3月28日vsアトランタ・ホークス)
2位モー・ウィリアムズ/52得点(2015年1月13日vsインディアナ・ペイサーズ)
3位ケビン・ラブ/51得点(2012年3月23日vsオクラホマシティ・サンダー)
3位コーリー・ブリューワー/51得点(2014年4月11日vsヒューストン・ロケッツ)
5位デリック・ローズ/50得点(2018年10月31日vsユタ・ジャズ)

 ナゲッツとは対照的に、ウルブズは上位5人すべてが2010年以降の達成者となっている。トップに立つのは、2015年ドラフト1位で現エースのタウンズ。18年3月のホークス戦で6本の3ポイントを含む56得点、15リバウンドをあげて、22歳の若さで球団記録保持者となった。

 2位と3位には、やや意外な2人の選手が名を連ねる。ウィリアムズは14-15シーズンの前半戦だけの在籍ながら、1月のペイサーズ戦で大爆発。同シーズンは平均14.2点だったにもかかわらず、フィールドゴール19/33とシュートの雨を降らせて当時の球団記録を打ち立てた。3位タイのブリューワーも13-14シーズンは平均12.3点にすぎなかったが、4月のロケッツ戦で突如覚醒。キャリアで1度も30点超えを記録していないジャーニーマンが、30本中19本のシュートを成功させる驚愕のパフォーマンスを見せた。

 3位タイで並ぶラブは、エースとして定着した4年目のシーズンにキャリアハイの51得点を奪取。5位には元MVPのローズがランクイン。度重なるケガを乗り越えて達成した“涙の50点ゲーム”は、大きな感動を呼んだ。なお、球団最高のレジェンドと言うべきケビン・ガーネットは、2005年1月4日のサンズ戦で記録した47得点が自己最多で、6位タイにランクしている。
 ■オクラホマシティ・サンダー
1位フレッド・ブラウン/58得点(1974年3月23日vsゴールデンステイト・ウォリアーズ)
1位ラッセル・ウエストブルック/58得点(2017年3月7日vsポートランド・トレイルブレイザーズ)
3位ラッセル・ウエストブルック/57得点(2017年3月29日vsオーランド・マジック)
4位レイ・アレン/54得点(2007年1月12日vsユタ・ジャズ)
4位ケビン・デュラント/54得点(2014年1月17日vsゴールデンステイト・ウォリアーズ)
4位ラッセル・ウエストブルック/54得点(2015年4月12日vsインディアナ・ペイサーズ)

 1位は1970~80年代前半(当時のチーム名はシアトル・スーパーソニックス)にかけて球団一筋で活躍したブラウンと、ソニックスとして最後のドラフト選手であるウエストブルックが同数で並ぶ。ウエストブルックは初の得点王に輝いた2015年に当時自己最多の54得点をマークすると、2度目の得点王を手にした16-17シーズンには4度の50点超えを記録。同シーズンはリーグ史上2人目のシーズン平均トリプルダブルも達成し、シーズンMVPに輝いた。

 4位タイのアレンは2003年2月にバックスからトレードで加入。在籍中はすべてのシーズンでチーム最多の得点をマークし、07年1月のジャズ戦では12本中8本の3ポイントを決めて延長での勝利に導いた。

 アレンは同年オフにセルティックスへ移籍したが、入れ替わるように今度はデュラントが入団。在籍9年で4度の得点王に輝いた稀代のスコアラーは、14年1月のウォリアーズ戦でキャリアハイの54得点を記録。2年後にそのウォリアーズへ移籍した際にはバッシングも浴びたが、2年連続でファイナルMVPを勝ち取り、今季は新天地のネッツで再び輝きを放っている。
 ■ポートランド・トレイルブレイザーズ
1位デイミアン・リラード/61得点(2020年1月20日vsゴールデンステイト・ウォリアーズ)
1位デイミアン・リラード/61得点(2020年8月11日vsダラス・マーベリックス)
3位デイミアン・リラード/60得点(2019年11月8日vsブルックリン・ネッツ)
4位デイミアン・リラード/59得点(2017年4月8日vsユタ・ジャズ)
5位デイモン・スタッダマイアー/54得点(2005年1月14日vsニューオリンズ・ホーネッツ*)*現ペリカンズ

 ブレイザーズは1~4位までを現エースのリラードが独占。2012年の入団からチーム一筋のスコアリングガードは、これまでアレン・アイバーソンと並んで歴代8位タイとなる11回の50点超えをマークしている。

 特に昨季の爆発ぶりは凄まじく、ウィルト・チェンバレン以来史上2人目となる1シーズン3度の60点超えを達成。その3試合ではそれぞれ3ポイントを7/16、11/20、9/17、フリースローに至っては15/15、16/16、18/18と100%で沈めており、ゾーンに入った時の爆発力は歴代最高クラスだ。

 5位のスタッダマイアーは1998~2005年にかけて在籍したポイントガード。リラードほどの安定感はなかったものの、05年1月のホーネッツ戦では8本の3ポイントを含む54得点を叩き出して当時の球団記録を更新した。ブレイザーズではそのほか、アンドレ・ミラー(52得点/2010年1月30日)、ブランドン・ロイ(52得点/2008年12月18日)、クライド・ドレクスラー(50得点/1989年1月6日)らが50点超えを達成している。
 ■ユタ・ジャズ
1位ピート・マラビッチ/68得点(1977年2月25日vsニューヨーク・ニックス)
2位カール・マローン/61得点(1990年1月27日vsミルウォーキー・バックス)
3位エイドリアン・ダントリー/57得点(1982年12月4日vsシカゴ・ブルズ)
4位カール・マローン/56得点(1998年4月7日vsゴールデンステイト・ウォリアーズ)
5位エイドリアン・ダントリー/55得点(1981年2月6日vsデンバー・ナゲッツ)

 ジャズの記録保持者は、独創的なプレーで70年代のNBAを彩った“ピストル・ピート”ことピート・マラビッチ。77年2月に達成した68得点は、当時ではウィルト・チェンバレンの100得点(ほか70点超え5回)、エルジン・ベイラーの71得点に次ぐ最多記録だった(現在は13位タイ)。同年は4試合で50点以上をマークし、平均31.1点でリーグ得点王に輝いている。

 2~5位は2人のレジェンドが交互にランクイン。3位と5位に名を連ねるダントリーは76~91年にかけて7球団で活躍したスモールフォワードで、全盛期だった79~84年には6試合で50点超えをマークし、2度のリーグ得点王に輝いた。

 85年にNBA入りしたマローンは、ダントリーが移籍した2年目からエースに就任。90年1月のバックス戦ではフィールドゴール21/26、成功率80.8%という驚愕のパフォーマンスを演じ、キャリア唯一の60点超えを果たした。同年は自己最高の平均31.0点をマークするなど、89~92年は毎年リーグの得点ランクで2位につけたものの、マイケル・ジョーダンに阻まれて得点王は1度も獲得できず。それでも17年連続で平均20点超えとキャリアを通じて抜群の安定感を誇り、通算得点では歴代2位に君臨している。

構成●ダンクシュート編集部

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