南葛SCの不動のボランチ・布施周士が、“デュアルキャリア”という生き方を選んだ理由

南葛SCの不動のボランチ・布施周士が、“デュアルキャリア”という生き方を選んだ理由

布施さんは、南葛SCでプレーしながら、ブランド買取専門店『なんぼや』で、コンシェルジュ(鑑定士)としても働く。(C)Valuence Holdings Inc.

日本のブランドリユース業界をリードする『バリュエンスグループ』(以下、バリュエンス)では、アスリートのデュアルキャリア、つまり競技生活と社会人生活との両立を支援する取り組みに積極的だ。

 昨年9月にはアスリートのためのデュアルキャリアプロジェクトとして、『アスリート100人採用』をスタート。さまざまな理由で競技をあきらめざるを得ない状況に置かれた人たちや、引退後の生活に不安を抱く現役プレーヤーに救いの手を差し伸べている。

 同グループを率いるのは、元Jリーガーの嵜本晋輔社長。自身も現役時代、ガンバ大阪からわずか3年で戦力外通告を受け、その後ビジネスマンに転身した経緯があるだけに、アスリートたちの苦悩が手に取るように分かるのだろう。

 すでに同プロジェクトによって、数名のアスリート社員が誕生しているが、では、彼らはどのような思いを抱いてバリュエンスの門をたたき、そして現在、いかなるデュアルキャリアを歩んでいるのだろうか。

 今回は関東サッカーリーグ2部の南葛SCでボランチとしてプレーしながら、昨年9月からバリュエンスのブランド買取専門店『なんぼや』で、コンシェルジュ(鑑定士)としても働く布施周士さんに、話を聞いた。
 ──これまでずっとサッカーを?

「はい。兄の影響で小学1年生から地元(栃木県)のサッカーチームでプレーして、中学の時に東京ヴェルディの小山支部(ヴェルディSS小山)に入りました。高校時代は東京ヴェルディユースに在籍し、その後、関西大学に進学。大学在学中には二度、関西学生サッカー選手権で優勝することもできました。卒業後はJFLの奈良クラブに加入し、昨年2月から現在の南葛SCでプレーしています」

──同期にはどんな選手が?

「ヴェルディユースでは中島翔哉(アル・アイン)ですね。一個下にも安西幸輝(ポルティモネンセ)や畠中槙之輔(横浜マリノス)など、将来の代表クラスがひしめいていて、結局トップチームに上がることは叶いませんでした」

──関西大から2017年に加入した奈良クラブは、3年で退団されたんですね。

「チームの成績はなかなか振るわなかったんですが、個人としては入団から2年間、ずっとレギュラーで試合に出させてもらっていました。ですが、監督が代わった最後の1年はベンチを温める機会が多くなって……。最終的には契約を解除されてしまったんです」

──そこから南葛SCに入った経緯は?

「奈良クラブを退団するタイミングで、ちょうど大学時代にお世話になった島岡(健太/元関西大サッカー部監督)さんが南葛の監督になられて、声を掛けていただいたんです(島岡監督は昨季終了後に退任)」
 ──「葛飾区からJリーグへ」を目標に掲げる野心的なクラブですが、実際に入ってみていかがですか?

「(漫画『キャプテン翼』の作者である)高橋陽一先生がオーナーで、Jリーグでも活躍した有名な選手をたくさん獲得していますからね。カテゴリー的には昨年、東京都社会人サッカーリーグ1部から関東サッカーリーグ2部に昇格を果たしたばかりですが、レベル的にはかなり高いですし、とても良い環境でプレーさせていただいています」

──1年目の昨季は、十分な出場機会を得られましたか?

「全試合にフル出場させてもらいました」

──これからもレギュラーでやっていける自信が付いたと思いますが、それでも、バリュエンスのデュアルキャリア採用に応募し、サッカーと仕事を掛け持ちされようと思われたのはなぜですか?

「奈良クラブをクビになった時、本気でサッカーを辞めようと思ったんです。サッカーでは必要とされなかったけれど、これからは社会で必要とされる人間になろうって。そして、実はそのタイミングで、バリュエンスの前身である株式会社SOU(20年3月1日に社名変更)の採用試験を受けたんです」
 ──そうなんですね。SOUという会社のことはご存じだったんですか?

「関西大時代にガンバ大阪と練習試合をする機会がよくあって、ユニホームの背中に『SOU』のロゴが入っていたので(バリュエンスはSOU時代の17年2月からG大阪をスポンサードしている)、社名だけは知っていました」

──それで応募を?

「これも本当に偶然なんですが、サッカーを辞めて就職活動をしようと、履歴書を買うために立ち寄った書店で、たまたま嵜本社長の著書が目に入ったんです。手に取ってみると、22歳でガンバ大阪を戦力外になって、そこからいかにして経営者として成功を収めたかが書かれていました。もちろんレベルは全然違いますけど、僕と境遇が一緒だなって。しかも、起業された会社が大学時代から知っているSOUだった」

──なかなか運命的ですね(笑)。それで、採用試験の結果は?

「一応、受かったんですよ。でも、ほぼ同じタイミングで南葛SCに入ることが決まってしまったので、こちらからお断りさせていただいたんです」

──なるほど。それでも一度はサッカーを辞める決断をされたわけですよね? 奈良クラブを解雇されたのは何歳の時ですか?

「25歳ですね」

──将来のことを考えれば、サッカーに見切りをつけるにはいい年齢だった?

「サッカーだけがすべてではないと、その時はそう思ったんですが……。でもJリーガーになるのは小さい頃からの夢でしたし、やっぱりあきらめきれないところもあって」
 ──しかし結局、昨年9月にアスリートのためのデュアルキャリア採用でバリュエンスに入られるわけですよね? その経緯は?

「バリュエンスにお世話になる前に、チームからの紹介である建設会社に入ったんです。そこもサッカーを続けながら働けるというお話だったんですが、実際はちょっと違っていて、時間的な縛りが結構きつかったんです。それで、改めて紹介していただいたのが、バリュエンスでした」

──前に受けたあの会社だと?

「最初は以前のSOUだとは気付かなかったんです。でも本社に行った時に、『あ、ここ見たことがある!』って(苦笑)。奇遇というか、ありがたいことにここでもご縁がありましたね。南葛SCでサッカーをやりながら、社会人としての経験を積んで視野も広げられる。本当に良いお話をいただきました」

──バリュエンスで働く環境はいかがですか?

「サッカーと両立させるうえで、一番の障害となるのは時間的な部分なのですが、今は17時ピッタリであがらせていただき、サッカーに集中できる環境を整えてもらっています」

──具体的な業務内容とシフトを教えてください。

「(バリュエンスジャパンが運営する)ブランド買取『なんぼや』北千住マルイ店で、平日の10時〜17時までコンシェルジュ(鑑定士)として毎日お店に出ています。試合がある土日はお休みをいただいていますね」
 ──残業はまったくなく?

「僕、パソコンを打つのがまだめちゃめちゃ遅くて、ご迷惑をお掛けすることも多いんですが、周りのみなさんが本当に優しくて」

──もともとリユース業に興味はあったんですか?

「正直、ブランドにはあまり興味がなかったし、まだ読み方さえ分からないものもあるので、日々勉強中です」

──両立していくうえで、難しさは感じていませんか?

「奈良クラブ時代も午前中に練習をして、午後は保育園で保育士さんのお手伝いをしていましたから。サッカー一本でやっていきたい気持ちもありますけど、両立に抵抗はありません。それに、これだけサッカーに集中できる環境を整えてもらっているは初めてですし、特に大変なこともないんです」

──実際に働いてみて、驚きや発見はありましたか?

「これまで自分の周りにはサッカー選手しかいなかったので、新鮮な驚きばかりです。ほとんど知らないことばかりだし、それに先輩たちの接客に対する考え方とか、数字へのこだわりとか、すごいなと日々感じています」

──楽しいと感じる瞬間は?

「最近は先輩から接客のコツを教えていただいて、『こういうお客様にはこんな接客をしよう』と考えながらできるようになりました。以前は毎日送られてくる成約率を見るのが怖かったんですが、それが少しずつ楽しみになってきましたね」
 ──こうしてデュアルキャリアを重ねながら、どのような将来のヴィジョンを描かれていますか?

「南葛SCをJリーグに押し上げるという目標は、なんとしても達成したいですね。ただ、サッカーだけが人生ではないし、いつかは辞めなくてはいけない時が必ず訪れます。ですから、こうしてバリュエンスで経験を積ませていただきながら社会人としても成長し、その時に備えることも考えなくてはなりません。これまで僕の中では、『セカンドキャリア』という言葉にネガティブなイメージがあったんですが、それをポジティブなものに変えていけたらなと思っています」

──しかし、奈良クラブを解雇されていなければ、セカンドキャリアについて深く考えることもなかったかもしれませんね。

「クビになったのはすごく悔しかったんですが、確かにあれがあったからこそ、もっと視野を広げなくてはいけないと思えた部分はありますね」
 ──ずっとサッカー一本でやっていける選手は、やはり一握りですからね。

「これから関東1部、JFL、J3と、とんとん拍子でカテゴリーを上がっていけたらいいですけど、そうすんなりはいかないでしょうし、いつかJリーガーになれる保証もありません。そこは目指しながら、なれなかった時のことも考えながらやっていきたいですね」

──J3まで最短で3年。布施さんがちょうど30歳くらいですね。

「30歳でJリーグデビューができたら最高ですけどね」

──その頃には、バリュエンスでも十分なキャリアを積まれているのでは?

「はい、そのはずです(笑)」

──もし、バリュエンスに入っていなかったら、今頃は?

「そうですね……、がむしゃらに筋トレをして、とにかくサッカーが上手くなろうと頑張っていたとは思いますけど、きっと視野は狭いままだったでしょうね。将来への不安も抱えて」
 ──ところで、嵜本社長とは直接お話されたんですか?

「いえ、コロナ禍ということもあり『Zoom』の画面越しでしかお会いしたことがなくて」

──会ったら聞いてみたいことは?

「めちゃくちゃあります。ガンバを戦力外になってからどう気持ちを切り替えたのか、現役時代の経験で今の仕事に役立っていることはあるのか、現在のサッカー選手に足りないものは何か……。本にも書いてあったことですけど、サッカー選手、そして社会人としても大先輩である嵜本社長に、できれば直接お会いして聞いてみたいですね」
 ──では、布施さん自身は、これまでのサッカー経験をどう生かしていきたいですか?

「僕はサッカーが上手くなるために、ミスをしてもいいから、とにかくチャレンジしようといつも考えてきました。監督に厳しいことを言われても、それをプラスの言葉に変換して、自分の成長につなげる努力をしてきました。だからバリュエンスでも、ミスを恐れず、ポジティブにチャレンジしていきたいですね。もちろん、ミスはしないほうがいいんですが(笑)」

■プロフィール■
布施周士(ふせ・しゅうと)
1994年10月19日生まれ。栃木県出身。ヴェルディSS小山から東京Vユースに進み、その後、関西大へ。卒業後の2017年からJFLの奈良クラブでプレー。20年2月に東京都社会人サッカーリーグ1部の南葛SCに加入すると、昨季はボランチの定位置を確保し、チームの関東サッカーリーグ2部昇格に貢献した。昨年9月にバリュエンスに入社。現在は南葛SCの選手として活動する一方で、バリュエンスジャパンの運営するブランド買取『なんぼや』北千住マルイ店で、コンシェルジュ(鑑定士)としても働く日々だ。
 

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