バスケと料理の“二刀流”。ミシュラン三つ星を獲得した、アレクサンドル・マズィアの異色のキャリア〈DUNKSHOOT〉

1月下旬、毎年恒例のミシュランのレストランガイドのフランス版が発行された。

「レストラン?バスケットボールとどう関係あるの?」と疑問に思われたかもしれないが、2021年度版でただひとつ、最高峰である三つ星を獲得したレストラン『AM』のシェフ、アレクサンドル・マズィア氏は、フランスリーグで10年間プレーし、同国のユース代表に選ばれたこともある元プロのバスケ選手なのだ。

 父親の仕事の関係で、アフリカのコンゴで生まれたマズィア氏は、14歳までそこで育った。海沿いで暮らし、地元の漁師が採ってきた魚を干す匂いや、自然の草花に囲まれた野性味あふれる生活に馴染んでいた彼は、フランスに帰国後の都会生活で、カルチャーショックに陥ってしまう。そんな彼を救ってくれたのがバスケットボールだったという。

 プレーにのめり込むことでほかのことは忘れられたし、仲間もできた。そうして移民の少年たちと一緒にストリートバスケをしていた時にスカウトされ、南フランスのチームを中心に、選手として計10年間プレー。マルセイユのSMUCでは、1980年のドラフトで9位指名を受けてサンディエゴ(現ロサンゼルス)・クリッパーズなどで計6年間プレーした、元アメリカ代表のマイケル・ブルックスともチームメイトになった。
  1番(ポイントガード)から4番(パワーフォワード)までこなしたなかでも、マズィア氏が特に秀でていたのはシューティング力。そのためシューティングガードとして起用されることが多く、1回の練習で最高67本の3ポイントを沈めたというから、なかなかのシューターだ。

 プロ選手として活動している最中から、以前から興味があったパティシエの学校にも通うという、二足の草鞋を履いていたマズィア氏。パティシエの師匠もバスケのクラブ側も「パフォーマンスに支障がないなら問題ない」と容認してくれていたから「その好意に報いるためにも、両方で人の2倍努力した」と語る。

 しかしやがて、料理の方でより責任あるポストを任されるようになったことで、彼はバスケを辞めて料理の道に専念することを選んだ。
  彼が料理に興味を持ったのは、祖父の影響が大きいという。大好きだった祖父は大西洋に浮かぶイル・ド・レ(レ島)で漁師をしており、子どもの頃からバカンスのたびに祖父の元を訪ねていた。祖父は昔ながらの漁師で、地元の人たちから尊敬される存在だった。多くは語らないが、たまに口から出る言葉には、いつも深い意味があった。

 祖父はいつも、珍しい素材を持って帰ってきた。アフリカでも祖父の家でも、彼の周りは新鮮で面白い素材にあふれていた。生まれ持った味覚センスに加えて、興味をそそられる素材に囲まれていたことが、彼を食の世界へと導いたのだ。

 選手を引退してから1年半ほど、富豪のお抱え料理人として世界中を周り、日本を含めた世界各国のハイレベルな食に触れたことも、今のマズィア氏を作る上で大きな経験となっている。いくつもの小皿料理を出す彼のレストランのスタイルは、大阪で味わった懐石料理から得たアイディアだそうだ。調理にも、ワインの代わりにみりんや日本酒を使ったり、味噌などの発酵食品、貝で出汁をとるといった、和食の手法を取り入れている。
  そして2014年、マズィア氏は38歳で南仏マルセイユに『AM』をオープンした。日本代表の酒井宏樹や長友佑都が所属するサッカークラブ、オリンピック・マルセイユの本拠地ベロドロームのすぐ近くで、選手たちも常連らしい。とりわけ酒井はマズィア氏のお気に入りのプレーヤーだそうだ。

 “AM”は自分のイニシャルであるだけでなく、フランス語で“魂”を意味する“Âme”にもかかっている。“自分の真心を料理してお出しする”という気持ちを込めたものだ。

 彼の店にメニューはなく、料理はいわゆる“即興”。仕入れ先にはなんの注文もせず、届けてもらった旬の素材でその日の気分で作る。なので、同じものが出てくることはまずない。

 スモークしたうなぎとチョコレートを合わせたり、食用花を散りばめたり、見た目にも素材にもオリジナリティがある。“これまでにない体験をしてもらう”というのが『AM』のコンセプトで、ある料理ライターは「料理を食べて美味しさのあまり涙したのは、どれくらいぶりだったろう」とレビューしていた。
  オープンから4か月という異例のスピードでミシュラン一つ星を獲得した『AM』は、2019年に2つ星、そして今年は3つ星となり、ついに料理界の頂点に立った。レストランを格付けすることに異論を唱える者や、自ら辞退するシェフもいるが、料理人の多くにとってミシュランの星は、腕を磨く上でのひとつの大きな目標だ。

 フランスは現在、コロナ禍によりレストランやバーはすべて休業しているが、マズィア氏は祖父ミシェルの名前をつけたフードトラックで、お手頃なテイクアウトミールを販売している。

 その傍ら、今でも時間があれば地元のコートでシュートを打ち、子どもチームの指導を手伝うこともあるという。日々の厨房での戦いを“今日の試合”だと捉えている彼にとって、バスケ人生はキャリアの原点だ。

 スポーツと料理には、多くの共通点があるとマズィア氏は語る。

「チームで取り組むということ、反復練習の積み重ねが大事だということ。常に高い要求と向き合い、求められた時に決定的な仕事をするという責任感とプレッシャーのなかで結果を出すこと、そして、お客様の前で最高のパフォーマンスを発揮すること」

「そして情熱。バスケットボールを通じて学んだこれらのことが、今のシェフとしての自分に生かされているんだ」
  彼は今日も『エア・ジョーダン』を履いて厨房に立つ。現役時代195cmあった身長は、今では180cm台まで縮んだというが、それでも歴代のスターシェフのなかでは、一番の高身長ではないかというくらい堂々とした体格だ。

 ミシュランの受賞式には、彼がかつて修行した、日本でもおなじみのパティシエのピエール・エルメ氏も祝福に駆けつけ、「彼のレストランでの食事は、一生の記憶に残るような素晴らしい体験だった」とはなむけの言葉を贈った。

 嬉しさで思わず涙が込み上げたマズィア氏は、家族やこれまでお世話になった人々、ミシュランの関係者などにお礼を述べたあと「今日、『私は料理人です』と名乗れることを誇りに思います」とスピーチした。

 マズィア氏は、取り組んだものはとことん突き詰めるタイプだという。だからバスケを始めた時も徹底的に練習し、1日2000本のシュートを打つ日もあった。それと同じ勤勉さと努力、情熱を、今は料理に注いでいる。それが彼に、まったく別の世界で頂点を極める道を拓いたのだ。

文●小川由紀子

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