【NBA背番号外伝】デュマース、ウェバーらが袖を通した背番号4。職人タイプやダンク王も多く着用〈DUNKSHOOT〉

【NBA背番号外伝】デュマース、ウェバーらが袖を通した背番号4。職人タイプやダンク王も多く着用〈DUNKSHOOT〉

デュマース(右上)やウェバー(左上)、ダントリー(左下)らが着用した背番号4。シェイズは(右下)は2016年にようやく欠番化した。(C)Getty Images

■職人肌や仕事人のほか、ダンク王も多く着用

 日本のバスケ界で4番と言えば、キャプテンが着けるものという印象が強いが、NBAでは誰でも自由に選択できる番号だ。これまで職人や仕事人と呼ばれたプレーヤーが多く着用し、永久欠番になった選手たちも多くがこのタイプに分類される。

 ジョー・デュマースは、1980年代後半に“バッドボーイズ”としてリーグを席巻したデトロイト・ピストンズで、唯一の良心と言われていた。執拗なディフェンスと正確なアウトサイドシュートで、2度の優勝に貢献している。

 ジェリー・スローンとシドニー・モンクリーフも好守で鳴らした名選手。シカゴ・ブルズ創成期のスターだったスローンは、4度オールディフェンシブ1stチームに選出され、引退から2年後の1978年に同番号で初、そして球団史上初の欠番となった。その後コーチに転身し、通算1221勝は史上4位。1997、98年にはユタ・ジャズをファイナルへと導いている。
  モンクリーフもミルウォーキー・バックス在籍時に4度オールディフェンシブ1stチームに選ばれ、1983年から2年連続で最優秀守備選手賞を受賞。1982年から4年連続でオールスターに出場した。

 キャリア平均5.9点、5.2リバウンドに過ぎないニック・コリソンも、オクラホマシティ・サンダーの永久欠番になっている。同球団ではオクラホマ移転後初の欠番。チーム一筋14年、汚れ仕事を厭わずひたすら献身的な姿勢でプレーした選手で、数字には表われない部分での貢献が認められた。

 エイドリアン・ダントリーとクリス・ウェバーは、前述の4人とはタイプが異なる。ジャズで欠番入りしているダントリーは頑強な肉体を武器に相手のファウルを誘い、フリースローで得点を荒稼ぎ。在籍7年間で平均30点以上を4度も叩き出し、1981、84年には得点王に輝いている。

 ウェバーは長身ながらアウトサイドでもプレーでき、パスも器用にこなしたオールラウンダーPF(パワーフォワード)の先駆的存在。全盛期を過ごしたサクラメント・キングスをはじめ、ほとんどの球団で4番を着用していたが、晩年に在籍したピストンズでは84番を選んだ。これは、甥の夢の中で彼がこの番号で活躍したというのが理由とのことだ。
  2016年には、1950年代の名選手ドルフ・シェイズの背番号が遅ればせながら欠番とされた。フィラデルフィア・セブンティシクサーズの前身であるシラキューズ・ナショナルズの大スターで、オールスターには12回出場。通算出場試合数996は、長い間リーグ記録だった。

 永久欠番になった8選手のうち、最も実績に乏しいのはウェンデル・ラドナー。ABA時代のニューヨーク(現ブルックリン)・ネッツで1年しかプレーしなかったが、1976年に飛行機事故で亡くなったことで欠番とされた。

 そのほかの職人タイプの4番を挙げると、まずはバイロン・スコット。1980年代に5度リーグを制したロサンゼルス・レイカーズで、マジック・ジョンソンとバックコートコンビを組んだ名シューターは、選手生活の晩年に在籍したインディアナ・ペイサーズとバンクーバー(現メンフィス)・グリズリーズでも4番を通した。

 レイカーズではルーク・ウォルトンも長く4番でプレー。スコットとウォルトンは、ともに引退後レイカーズのヘッドコーチになったが、評価が今ひとつだったという共通点もある。
  ジムとジョンのパクソン兄弟は2人とも4番を着けた経験があり、兄ジムは一度も番号を変えず、弟ジョンはブルズ時代は5番だったが、デビュー当時にサンアントニオ・スパーズで4番を背負った。

 ブルズ関連では、ロン・ハーパーがクリーブランド・キャバリアーズやロサンゼルス・クリッパーズ時代に着用。ブルズでは欠番だったため9番に変更し、主に守備面で1996年からの3連覇に貢献した。

 そのハーパーの控えを務めたスティーブ・カーも、スパーズなど3球団で4番。フェニックス・サンズ時代に背番号4で、2度フリースロー成功率1位になったカイル・メイシーは、1986年にブルズに移籍して24番に。オーランド・マジック在籍時に4番で1試合30アシストのNBA記録を打ち立てたスコット・スカイルズは、ヘッドコーチとして5年間ブルズを指揮した。

 現役のポール・ミルサップ(デンバー・ナゲッツ)とJJ・レディック(ニューオリンズ・ペリカンズ)も、自らの役割を堅実こなす選手という点で職人タイプに分類していいだろう。ダニー・グリーンもまさにこのタイプの選手。現在はシクサーズで14番だが、スパーズ時代に背番号4だった。
  アントワン・ジェイミソンはノースカロライナ大時代から33番をつけていたが、ワシントン・ウィザーズ移籍時にウェバーの番号だったという理由で4番に変更。現在、同球団の4番はラッセル・ウエストブルックで、長年親しんだ0番から高校時代の番号に変えた。

 ピストンズからニューヨーク・ニックスへトレードされたデリック・ローズも、以前同球団で使っていた25番ではなく、これまで馴染みのない4番を採用した。ほかの番号のイメージが強い選手では、リック・バリーとチャールズ・バークレーがヒューストン・ロケッツ時代、ショーン・ケンプとベン・ウォーレスがキャブズで4番。ピストンズで背番号1を背負い、2004年にファイナルMVPを勝ち取ったチャンシー・ビラップスも、それ以前の下積み時代は主に4番だった。トロント・ラプターズのスターだったクリス・ボッシュも、その後ヒートに移籍してつけていた1番のほうが印象が強いのではないか。
  スラムダンク・コンテストの優勝者にも多く、スパッド・ウェッブ(1986年)、ハロルド・マイナー(1995年)、ネイト・ロビンソン(2006、09、10年)が4番で王者になった。優勝者ではないが、ダーク・ノビツキー入団前にダラス・マーベリックスの大黒柱だったマイケル・フィンリーは、1997年のコンテストで珍妙な側転ダンクを披露して爆笑を誘っている。

文●出野哲也

※『ダンクシュート』2014年11月号原稿に加筆・修正

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