ジーコが「日本人のようだ」と評した「黄金の中盤」の元鹿島監督

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第15回トニーニョ・セレーゾ(前編)

 トニーニョ・セレーゾは、Jリーグに所属したブラジル人選手や監督のなかでも、現役時代の活躍レベルが最も高い部類に入るだろう。

 世界チャンピオンにはなっていない。しかし、まぎれもなく「O Patrao(支配者)」であり、ブラジルサッカー界の英雄だ。ファルカン、ジーコ、ソクラテスとともに、ブラジルサッカーの歴史のなかで、最も愛された中盤のひとりだった。

「Bigoda(ひげ)」のニックネームで親しまれている彼のサッカー人生は、2時間の映画を作っても語りつくせないだろう。トニーニョ・セレーゾはテクニックと闘志と、一歩先を読める才能を持った選手だった。ブラジルとイタリアとイングランドのスタイルを併せ持った選手とでも言おうか。

 クラブでも代表でも、どこでプレーしてもチームのリーダー格だった。ディフェンスラインの前に立つディフェンシブハーフだったが、敵味方すべての不意を突いてゴールも決めることができた。それも多くは重要な、ゲームを左右するゴールだった。彼のような選手がチームにいることはすべてのサッカー監督の夢だろう。

 彼がボールを失うのをほとんど見たことがない。その足元からボールを奪うのはほぼ不可能に近かった。ブラジルサッカーの歴史の中でも、最もボールを失う回数が少なかった選手ではないかと思う。また彼は相手のプレッシャーにも決してひるむことはなかった。それらはすべて彼のある資質から来ている。

 その資質とは冷静さである。トヨタカップ(現在のクラブワールドカップ)だろうが、全国リーグの重要な試合だろうが、チャンピオンズカップ(現在のチャンピオンズリーグ)の決勝だろうが、彼は常に落ち着きを払っていた。


ブラジル代表のほか、クラブではローマ、サンプドリアなどで活躍したトニーニョ・セレーゾ photo by Yamazoe Toshio

 やはりブラジルのレジェンドで、彼のチームメイトでもあったソクラテスは、かつてトニーニョ・セレーゾのことをこう評していた。

「この試合には何が何でも勝たなくてはいけない、最高の闘志をもってぶつからなければならない。そんなアドレナリンが噴き出すような時でさえ、セレーゾはとても冷静で、まるで彼の周りだけ次元が違うようだった。そんな彼にめちゃくちゃ腹が立つときもあったが、その冷静さは常に正しいものだった。彼は正しい判断をし、チームの勝利に貢献したのだからね」

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