「おまえ、今、この時のように泣けるか」。恩師の言葉から生まれた、梅崎司の覚悟と自信

 プロ生活17年目で初めてキャプテンとなり、2021年シーズンを迎えた梅崎司。

 7月17日、電撃的に湘南ベルマーレから古巣の大分トリニータへの移籍を決めたが、湘南でチームの顔になれたのは2018年浦和レッズから湘南に移籍して完全復活を証明し、さらなる活躍を期待されていたからに他ならない。


湘南ベルマーレではキャプテンを務めた梅崎司


 浦和レッズからの移籍について、梅崎はこう語る。

「湘南への移籍が大きなターニングポイントになりました」

 浦和では、入団して3年目まではケガなどで苦しみ、なかなか活躍することができなかった。だが、4年目の2011年にJ1残留に貢献すると2012年は左ウイングバックとして開幕スタメン出場を果たし、2015年までレギュラーとしてプレーした。しかし、2016年、左膝前十字靭帯を損傷し、2017年もその影響を受け、出場はわずか10試合に終わった。

「当時、レッズは3−4−2−1で僕は2シャドーと左右のウイングバックを任されることが多く、攻守にいろんな役割を求められていました。それができるようになったのは自分の成長だと思うんですけど、少し便利屋っぽい感じだったんです」

 梅崎が試合に出始めた頃のレッズは、ペトロヴィッチ監督が指揮を執り、動きや役割がオートマティック化され、徹底されていた。それがミシャのサッカーの根幹となり、結果も出ていたので、選手はその役割を果たすプレーを求められた。組織の中でいかに個を出していくのかはいつの時代も選手が思い悩むところである。ましてや年齢が上がっていき、試合に出られなくなっていくと、「このままでいいのか」と思うことが増えてくる。

 梅崎にとって、2017年は、そういうシーズンだった。

「年齢的に30歳を超えて、レッズで10年プレーさせてもらって、自分がやりたいゴールに向かって行くプレー、仕掛けていきたいプレーと、自分に求められているプレーにギャップを感じていました。でも、求められていることをやらないとサッカーで生きていけない。自分の生きる道を探した結果、その選択をしたので後悔はないんですけど‥‥やっぱり自分の本来のプレーで勝負したい気持ちはずっとあったんです」

 思い悩んでいた時、湘南から声がかかった。

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