補欠登録で「僕は、必要なのか?」と苦悩も。宇山賢が振り返るフェンシング男子エペ団体の金メダル

フェンシング エペ・宇山賢インタビュー(前編)

 東京五輪のフェンシング男子エペ団体で、日本は史上初となる金メダルを獲得した。

 アメリカ、フランス相手の大逆転勝利など、頂点に上り詰めるまでのドラマティックな快進撃。それには、途中出場で流れを引き寄せた宇山賢の活躍なしでは語れない。3人制で行なわれる団体戦の4人目、「交代選手」という難しい立場で挑んだ宇山の東京五輪への思い、活躍の裏側を聞いた。


「交代選手」として臨んだ東京五輪で活躍し、エペ団体の金メダルに貢献した宇山賢

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――五輪は無観客で開催されましたが、パフォーマンスに影響はありましたか?

「観客が少ない国際大会を経験することも多いので、無観客であることは気になりませんでした。逆に、ボランティアの方などが会場を盛り上げてくださって、海外の選手たちからは『すごかった』と言われることもありましたよ。

 試合前の会場には、太田前会長(太田雄貴/フェンシング協会前会長)の『オリンピックだ! 人生を変えるぞ!』という声が響き渡っていましたね。『今のタイミングで言いますか』と思ったりしましたが(笑)、それでも普段どおりのコンディションで試合に臨むことができました」

――宇山選手は3人制で行なわれるフェンシング団体の「4人目の選手」として登録されていましたが、初戦のアメリカ戦で途中出場。6点リードを許した第8試合(※)で7−3の勝利を収め、その後の大逆転劇を呼び込みました。交代選手の出場は、どのように決まるのですか?

(※)3分間の試合×9セットのうち、45点を先取したチームか、試合終了時に得点が多かったチームが勝利

「『2試合前までに出場を申告する』というルールでした。ただ、ワールドカップや世界選手権などでは、交代選手の再出場が認められているのに対して、五輪では1回しか選手交代ができません。

 普段と異なる戦い方をしなければならない難しさもありましたが、僕自身は『チームがピンチになった時に出場する』と、気持ちを整えていました。実際に出場が決まった時も、『"交代選手"から、ようやくオリンピック選手になった』という充実感と共に、落ち着いてピスト(フェンシングの試合場になっている細長い台)に入れましたね」

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